第298話 【第四関門】コクーンコート



 さてさて。


 撮影許可をいただいたお店へとお邪魔し、とりあえずくろスタイリストさんと一緒に店内をぐるーっと見て回る。

 今まで着たことのない現代衣料の数々を目の前に、そもそも好奇心が旺盛な霧衣きりえちゃんは早くも興味津々といったところだ。うふふ、今から着るんだよ。


 カメラの撮影範囲外でくろスタイリストさんが真剣に目を光らせている間、おれたちはうにカントクさんの指示のもと、興味深げにアレコレ品定めするを撮られている。まぁ実際霧衣きりえちゃんは興味津々でいてくれてるので、『やらせ』っぽさは少ないのではないだろうか。

 おれの『演じる』スキルのほうは、いまさら語るまでもないだろう。ふふん。



 くろスタイリストさんがコーディネートを纏める間、どうやらもう少し時間がありそうなので……話はちょっと逸れるけど、われわれの近況をご報告しておこうと思う。

 というのもですね、最近タブレットの扱いもじわじわ上達してきている霧衣きりえちゃんなんですけどね……このたびついに、通販を駆使して現代風の下着デビューを果たしまして。


 というのも元々、彼女がお引っ越ししてくるときに持っていた下着類は……その、おれが昨年末に鶴城つるぎさんへ初めてお邪魔してちょっとビビっもらしてしまった際に工面して頂いたような、伸縮性にやや乏しい真っ白の紐下着オンリーだったのだ。

 ゴムの代わりに結び紐でつけ心地を調整する紐下着は、当然おれにとっては違和感の方が強かった(そもそも女の子用の下着ぱんつの時点で……いや、これ以上言うまい)のだが、幼少の頃から紐下着に慣れ親しんだ霧衣きりえちゃんにとっては、のものだったようだ。

 そんな中で、わがやの家事全般を進んで引き受けてくれた霧衣きりえちゃん。当然その『家事全般』の中にはお洗濯も含まれており、つまりおれの下着ぱんつに日常的に触れていたわけであり……そんな中で、自分が愛用しているものとは伸縮性も手触りも構造も異なる現代の下着に興味を持ったらしく。


 あとは……タブレットPCの指南役であるえっちな妖精さんの助言のもと、通販サイトを駆使して見事お買い物をやってのけた。

 ちなみにブラは……スポブラとか、チューブトップっていわれるやつみたいだ。おれはよくしらない。……おれは、しらない。


 ああそういえば、支払いはおれのカードからだった。ラニから事前に相談は受けていたので、霧衣きりえちゃんには謝られたんだけど、おれとしては問題ない。……むしろ、そういえば霧衣きりえちゃんもラニちゃんも『お小遣い』に関しては全く考えてなかったなと、おれは逆に申し訳ない気持ちになってしまった。



 ……ということを、展示されているスッケスケの上下下着パンツとブラセットを眺めながら思い出していた。

 この撮影が終わったら……服以外にも、雑貨屋とか寄ってあげたいな。




「おったおった。んには……やない、ちがう。『カントク』や」


「そうそう、よく覚えとったなぁー、えらいでク……やないな。『スタイリスト』ちゃん。どや、コーデ出来上がった?」


「んふふゥー。ちゃんと一式揃えたで。の色に合うと思うし、サイズ違いのもばっちりあるて」


「よっしゃでかした! のわっちゃーん霧衣きりえっちゃーん! 試着はじめるでー!」


「はぁーい!」「は、はひっ!」



 衣類を物色している様子を撮られながら、おれが霧衣きりえちゃんの下着に思いを馳せていた間に……心強い助っ人のくろスタイリストさんは務めを果たしてくれたらしい。

 カゴいっぱいにアースカラーの衣類が詰め込まれ、どうやら準備は万端のようだ。


 さて、くろさ……もとい、スタイリストさんよ。

 霧衣きりえちゃんの、すーぱーうるとら可愛らしいコーディネート……見せてもらおうではないか。


 果たしてこのおれを……満足させることができるかな?







「がわいい~~~~~~~~!!」


「んふゥーーーー」



 満足しました。さいこう。かわいい。すき。くろお姉さますごい。すき。


 試着ルームのカーテンがおずおずと開かれ、外で待っていたおれたち一同は……おれはもちろん、カメラを構えていたうにカントクさんと、コーディネートを手掛けたくろスタイリストさん、更にはこのお店の店員さんや一般のお買い物客の方々まで(恐らく)全員が全員、思わず見惚れてしまっていた。

 それほどまでに完璧な……見事と評するしかない、霧衣きりえちゃんの愛らしさを存分に引き出した仕上がりだった。



「きりえちゃん、こう……ぽーずを、お手々広げるみたいな。すしざ〇まいみたいな感じで」


「す、すし……? えぇっと……こ、こう、でございましょうか?」


「アアッ!! いいよぉ! かわいい!!」



 クリーム色の暖かそうなモコモコセーターに、オトナっぽい落ち着いた臙脂色えんじいろの七分丈スカート。このスカートは優雅なドレープがふんだんに入っており、ぱっと見は緋袴のようにも見える。

 スカートの裾から覗くおみあしは、清楚な白のロングソックスで防寒対策もばっちり。これは足袋タビイメージだろうか。そこにちょっとゴツめのショートブーツが合わさり、レザーのブラウンと相俟って安定感を与えてくれている……ように思う。

 そして、その更に上。モコモコと暖かそうなタートルネックセーターの上に……このコーディネートの一番のポイントなのだろう、飾り紐がかわいらしいブラウンカラーのコクーンコートが加わる。


 これによって、赤系統のカラーイメージで纏めながらも、霧衣きりえちゃんらしい落ち着いた雰囲気を強調し……それでいて全体的に女の子ならではの丸みを帯びた、可愛らしいラインを表現しているのだ。

 袖口にダボッとした余裕のあるコクーンコートは、ともすると褞袍どてらや羽織のように見えないこともないし、加えて臙脂えんじ色のスカートは緋袴に見えないこともない。つまり霧衣きりえちゃんに似合わないわけがないのだ。


 それらハイレベルなコーディネートが、微笑みながら恥じらう彼女の様子と合わさって……なかなかエグい破壊力を発揮していると思う。



 そのまま腕を広げてもらったり、腰をひねってもらったり……九十度ずつぐるりと一周、くまなく披露してもらったり。

 うにカントクさん直々にオッケーが出るまで、おれたちはその愛らしさを存分に堪能させていただいた。



 いやぁー……いいもの見せて貰いました。

 ではではそういうわけで、そろそろお会計に移ろうかとおもうんですけど……あ、あの、くろスタイリストさん? このカゴはいったい……? 見たところ霧衣きりえちゃんが着てる服がもう一セット入ってるように見えるんですが……しかもなんというか、サイズがかなり小さめっていいますか……えっと……




「…………あっ!!!!」


「ウッッソやろのわっちゃん!? マジで忘れとったん!? ボケやなくて!?」


「エッ!? えっと、あの、あの……そ、そのようなことはなくて……ですね……」


「わ……わかめ、さま……?」


「ハイ着ます! よろこんで霧衣きりえちゃんと『おそろい』させていただきます!!」





 悔しいかな、敏腕スタイリストさんの手による冬服コーディネートは……



「んふゥーいい仕事したわぁ」


「いやー……ええなぁ。コッチはこっちで、のわっちゃんの髪色のおかげでかなりポップな感じがして……子どもらしくてめっちゃ可愛カワえぇ」


「とってもお似合いでございます若芽様! 霧衣きりえめと『おそろい』にございまする!」


「うわぁーーーーい」



 緑髪で幼児体型のおれにとっても……大変すてきでいい感じに仕上げていただけたようです。


 ははっ、ちくしょう…………めっちゃ可愛いなぁ、おれ。


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