第297話 【第四関門】街頭オープニング



 正直おれは、お世辞にも『若者』って歳じゃないという自覚はある。


 つまり、よく『若者の街』なんて言われる東京都渋谷区、特に渋谷駅周辺なんて……おれにとっては全くもって未知の領域なのだ。



「やっぱトーキューはまず行かなきゃっしょ。あとモディとマルマルに」


「んにはん、んにはん。うちマグネットって一度行ってみたいねんけど」


「なんやクロはマグネったこと無いんか。じゃあそこも行くとして……あとはヒカエリくらい?」


「六時までやろ? あんま盛り盛りして遅れてもダメやよ」


「そやなぁ……これくらいにしとこか。のわっちゃん霧衣きりえっちゃんは何処からいきたい?」


「アッ、アノ、エット……お、おまかせ……します」


「わ、わたくしも……」



 トーキューまではかろうじてわかった。テレビで見たことあるやつだ。だけどそれ以降、文脈から察する限りは服が買えるお店なのだろうが……マグネットってなんだ、磁石じゃないのか。くろさんは磁石がほしいのか。……違うよなぁ。

 とにかくおれたちにとっては、完全に未知の領域なのだ。この場に慣れているであろうお二人に、全てを委ねるしかない。


 ちなみにミルさんに関してだが、ちょっと『にじキャラ』さん内での諸々で話のすり合わせやら打ち合わせやらが緊急で舞い込んだらしく……ラニ経由で召還要請が下されたので、事務所ビルの入り口前で別れてきた。

 霧衣きりえちゃんファッションショーに立ち会えないことを悔いながら、ラニと二人で不承不承打ち合わせへと戻っていった。……すま○こ。








「はいじゃあいくでー! ハイさーん! にーい! (いーち!)」


「……ッ、ヘィリィこんにちは! 親愛なる視聴者の皆さん! 魔法情報局『のわめでぃあ』局長、叡知のエルフ木乃若芽きのわかめとー…………?」


「し、ししっ、しんしんしんりんれぽーたーの……きりえ、でひゅっ!」


「はい、よくできました! ……えっと、うん……しょうがないね。すっごい人が多いからね……」


「わわ、わっ、わっ、わかめさまぁ……!」


「ヨシヨシ大丈夫、こわくないこわくない」



 第一目的地である『トーキュー』さんの、よくテレビとかで見る特徴的な看板をバックに……それなりの人通りがある幅広い歩道のすみっこで、とりあえずオープニングの撮影を慣行する。

 いままで収録を行っていた屋内スタジオとは異なり、霧衣きりえちゃんにとっては初めてとなる街頭収録だろうに……しかも初っぱなから高難易度の東京ど真ん中だ。スパルタってレベルじゃねえぞ!



「本日わたしたちはですね……みなさんご存じ! 若者の街『シブーヤ』にやって来ました!」


「わ、わわわわ、わわわうわうわう」


「なんでもこの『シブーヤ』はですね……若者向けファッションがなんでも揃う、そんなステキな街らしいんですね! こないだウニさ……アッ、えっと……お友だちに、教えてもらいまして!」



 実際……おれたち以外にも、スマホやアクションカメラを回している若者はたくさんいる。

 街並みや人波を撮影したり、観光に来た記念を残そうとしていたり、あるいはごく稀におれたちのような動画配信者ユーキャスターが動画撮ってたり……その理由は様々だろう。


 だが、まぁ、なんというか……おれたちの場合、ぶっちぎりで人目を引いているんだよな。まぁあんなハイテンションで口上述べてたら仕方無いか。髪色も日本人離れしてるしな。

 霧衣きりえちゃんには申し訳ないが、例によって『のわめでぃあ』の宣伝のためだ。埋め合わせはちゃんと今夜、ベッドの上で存分にかわいがってあげよう(※誤解を招く表現)。




「……っというわけで! 本日はこちらの和装美少女霧衣きりえちゃんに、プロの目線でコーディネートを施していこうと思います!


 ……題して! 『きりえクローゼット』! オープンです!」


「で……ですっ!!」


(((かわいい……)))



 ……ええ、大変お待たせしました。忘れてたわけじゃないんです。ほんとです。


 『のわめでぃあ』街頭収録企画第二弾、出張先の東京はシブーヤ駅前にて、ついに企画始動です。





「…………はいカットぉ! いやーいやーいやー……良いねぇ! 可愛いねぇ二人とも!」


「ふひぃ……ありがとうございます、うにさん」


「おーよしよし。りえっちゃんもよう頑張ったなぁ。ええこええこ」


「わうぅぅぅぅぅ」


(なんなんあの子。正直たまらんのやけど)


(でしょう。そうなんですよ。わかっていただけましたか)



 オープニング部分を撮り終え、臨時カントク(自称)の村崎さんにオッケーサインを貰い、おれたちはいそいそと場所を移動する。このあとはお店へと身分を明かして企画内容を説明して撮影交渉を行うという、重要な交渉が待っているのだ。

 飲食店へお邪魔するのは幸いにも何度か経験があり、正直だんだん慣れてきた感じもあったのだが……それが果たして衣料品店となると、いったいどうなってしまうのだろうか。果たして無事に許可を頂くことはできるのだろうか。



「大丈夫ですよー。他のお客様のご迷惑にならないようにお願いしますねー」


「えっ? アッ……ありがとうございます!」


「うーわ、シュンサツやんっわ。ああいう子を『人たらし』って言うんやろなぁ」


「やだぁあたしこわーい。あたしもたぶらかされちゃーう」


「人聞きの悪いこと言わないでもらえますか! うにさ…………っと、。……それと、さん」


「いやぁ……すまんすまん」


「んふふゥー」



 理不尽な言われようもあったけど……幸運なことに、うにさん行きつけのお店で撮影許可を取り付けることができた。これで前提条件はほぼすべてクリアできたので、晴れて撮影を始めることができる。


 なお……うにさんとくろさん。このお二人は現在、おれの手で【認識阻害】系統をマイルドにした魔法を掛けている。

 効果としては、いくらか限定的。姿そのものを偽るのではなく、どちらかというと『意識されづらい』『記憶に残りづらい』ことを優先した、周囲に違和感が生じづらいタイプだ。

 そこにことは認識できる。会話をすることもできる。しかしいざ意識の焦点を外へ移すと、途端にその人物の詳細記憶が薄れていくという……もともとは『敵対国家の市街地への潜入工作用』の隠蔽魔法、とはラニの談。いつの時代もモノは使いようだ。



 というわけで。

 村崎うにさん改め『カントク』、玄間くろまくろさん改め『スタイリストさん』、心強い二人のバックアップのもとお送りする『きりえクローゼット』。


 最初のコーディネート……張り切っていってみましょう!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る