第291話 【第二関門】続・はじめまして



「んー……今聞いたような条件で『魔法』を構築すること自体は……色々と技術的な課題はあるけど、不可能じゃない。あくまで表層に限って再現するだけであれば、ノワやミルちゃんみたいな『根本的な改竄』を受ける危険も無いだろうね」


「その……技術的な課題、というのは?」


「大きく分けて、二つかな。一つは、術者がその『キャラクター設定』を忠実に表現する必要があるっていうこと。もうひとつは……単純に、コストの問題」


「コスト……というのは、その……『魔法』を行使して頂く際の……?」


「んんー……報酬ギャラ、とは少し違うかな。いやまぁ、ボクらもやってやれないことは無いけど、その都度ボクらに『発注』して報酬ギャラ払ってーってするのは、スズキさんがわも色々と面倒でしょ? 最終的には外部からの魔力供給を無く……は、難しいか。供給の手間を極力減らしたいなって。バッテリー方式、っていうのかな?」





 鈴木本部長さんがおれたちへ……というか、ラニへと持ち掛けた相談というのは、ほかでもない。ミルさんのように、キャラクターアバターを実際の人間に投影することは、果たして可能なのか。……というものだ。


 仮にそんな魔法が確立されれば……3Dアバターモデルを新たに製作せずとも、演者に直接アバター情報を投影することで、様々な活動に対応することが出来る。

 おれこと木乃若芽ちゃんが、仮想配信者ユアキャスの枠に収まらない様々な演目をこなしてきたように……既存仮想配信者ユアキャスの子たちも、より『映える』動画を公開することが可能となるのだ。


 ……まぁとはいえ、今回のお話であった魔法は、あくまで『外見』を投影するのみに効果を絞る形になりそうだ。

 なので、おれやミルさんのように特殊技能(=魔法)をも含めた『キャラクター設定』まで再現できる……というわけでは無いだろう。そこまで再現するには、どうしたって不安要素が多すぎる。



「魔力の供給源に関しては……うーん、相談してみないと。ボクら以外の協力者の助けが必要だと思う」


「では……そちらの折衝はお任せしても? 仮に費用が生じるようであれば、弊社としてもご相談に応じられるかもしれません。勿論、技術開発に関する投資も吝かではありません」


「オッケー話がわかるぅ! そういうコトならボクも魔法開発がんばるよ! じゃあじゃあスズキさん、REIN交換しよREIN。トモダチ申請しよ」


「妖精さんとREIN交換とは、光栄ですね。同業者に自慢してやりたいところですが……」


「それはまた別料金で。ボクは高いよぉー? ひゃくおくまんえんくらいかな!」


「はっはっは! これはまた手厳しい」


「はっはっはっは!」



 …………ぇえ、なんなのこのコミュりょくオバケ。あっという間に業界最大手の上層部とお近づきになりおったぞ。

 そりゃあ、他に類を見ない『魔法』というアドバンテージがあったにしろ……さほど不快感を抱かせずにグイグイ潜り込んでいく積極性には舌を巻くしかない。……広報担当のモリアキ氏もドン引きである。




「えーっと……部長さん、横からすみません」


「はい。何でしょう? 村崎さん」


「……あの、つまり…………あたしも『うに』に、あたしたちも『ユアキャス』の姿になれる、かも……ってことっすか?」


「ご期待に沿うようボクがんばるよー! 期待しててねウニちゃん!」


「ラニちゃんんんんんん!! すき!! けっこんしよ!!」


「はっはっは。照れるね」


「ただ、この情報はまだ内密にお願いします。……なにぶんまだ不確かなものなので」


「そうだね。ウニちゃんはしかたないけど……他の子には、ぬか喜びさせたくない。ヤシロさんたちも……もちろんノワも、気を付けてね? この後ミーティングだろ?」


「アッ、ハイ!!」


「……そうですね。ありがとうございます」



 そ……そうだ。そうだった。あまりにも内容が濃すぎたせいで忘れていた。

 こんなに重要な会談の場が設けられていたわけだが……これはあくまで『ちょっと早く着いてしまったために起きた予定外の会議』に過ぎないのだ。


 おれたちの本来の目的……おうたコラボに向けた顔合わせは、まだなにひとつとして始まっていないのだ!





 ……というわけで、ここでお忙しい中同席してくれていた鈴木本部長が退出する。恐らくコトの詳細を周知したり秘匿したりするためのアレコレが待っているのだろう。今後の込み入ったお話は、ラニと直接REINメッセンジャーで行うようだ。

 また同じタイミングで、ミルさんたちのアシスタントである六丈りくじょうさんも……こちらは一旦の退出となるらしい。なんでも玄間くろまくろさんを呼びに行くんだとか。


 会議室の扉が開いた瞬間――直接は見えない角度だったが――ものすごい人々の注意が一斉にこっちへ向いたのが、探知魔法を使うまでもなく把握できてしまった。

 霧衣きりえちゃんもモリアキもミルさんもうにさんも、思わず真顔で顔見合わせちゃったもんな。……このお部屋はスッケスケじゃなくて、本当によかった。



 それにしても……ラニも『魔法開発』なんて軽々しく請け負っちゃったけど、大丈夫なんだろうか。いくら『天幻』の二つ名もちとはいえ、無から新たな概念を創造するようなものだ。

 ……でもそういえば確か、おれの尻を揉もうとして【義肢プロティーサ】とか作ってたなこのスケベ妖精。なんか大丈夫そうな気がする。




「でも、まぁ……今まで通り活動できそうで、良かったっすね。ミルさん」


「はい!! 本当にありがとうございます!!」


「ボクらは何もしてなかったけどね。スズキさんと……やっぱ『にじキャラ』さんの理解あってこそだよ」


「ですねぇ……本当あっさり。配信者キャスターさんのやりたいように演じさやらせてくれるんだなって」


「そやそや。それこそ特にクロなんか……もう、やりたい放題やしなぁ……」


「ぇえ、そんな…………えっと、すごいひとなんですか……」



 今回おれが(おそれおおくも)共演コラボさせていただく、玄間くろまくろさん……普段の配信からもなんとなく垣間見えていたが、やはりその本性はなかなかすさまじいようだ。

 ミルさんもうにさんも心なしか遠い目をしているようにも見えるし、マネージャーの八代やしろさんに至っては……なんだか溜め息をついてガックリとうなだれてしまっている。待って、ちょっと不安になってきたんだけど。大丈夫?



「いやぁ……大変だったんよ。あの子基本的に人見知りっていうか……気分屋っていうか……」


「実を申しますと……今日のこの場も『ミルクさんが久しぶりに来るから、同期生で集まったらどうか』という名目で呼び出してまして。……いやぁ、つまりですね」


「え、ちょっ!? その……つまり、わたs」


「にるにるーーーー!」



 直前になって明かされた驚愕の事態に思わず硬直する中、独特な呼称と共に勢いよく会議室の扉が開き……二つ結びにした黒髪を尻尾のように跳ねさせて、ニコニコ笑顔の女の子が会議室へと飛び込んでくる。


 身長は……見た感じでは、やや小さめ(といっても当然おれより高いのだが!)……一五五くらいだろうか。

 暖かそうなモコモコのコートに身を包んだ小柄な姿が室内をぐるりと見回し……真っ白なドレスに身を包んだ白髪ロングの男の娘を視界に収め、その目蓋を大きく見開く。



「……………………あれ、にるにるだ」


「ど、どうも………ご無沙汰です」


「……んん? …………なぁ、にるにる?」


「は、はいっ! なんでしょう!」



 久しぶりに会う(らしい)同期生を、真正面から見つめ。

 右手を顎に、左手を腰に当て。

 可愛らしく『こてん』と小首をかしげ。




「3D…………できとったん?」


「…………えー、っと……」


「……なぁクロクロ、ちょーっと無理があるって。3Dだったとしてもココにいるのはオカシイっしょ」


「んー………………そかなぁ」


「そやよぉ」


「…………そっかぁ……」



 口では理解したようなことを言いながらも、まだ色々と納得していないようだ。……まぁそれも当たり前と言えば当たり前なのだが。

 首をかしげながらもまわりを見回し、うにさんを見て、八代やしろさんを見て、六丈りくじょうさんを見て…………



「え? だれこれ」


「あっ、アッ、エット……」


「……新人さん? え、これ面接とかそうゆう感じなん? うちヤバいとこ入ってきた?」


「ち、ちちち違います、大丈夫なとこです。大丈夫ですクロさん」


「ええと、まぁ……順を追って説明しますので……とりあえずお掛け下さい」


「はぁーい」




 ……うん、まぁ……うにさんのように絶叫されるのも、それはそれでちょっと困るんだけど……しかしこれはなんというか、これはこれで調子が狂うと言いましょうか。


 前情報通りの非常にマイペースな、のほほんとした雰囲気で……玄間くろまくろさんとの顔合わせは(若干の認識不一致とともに)幕を開けた。



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