第229話 【納車記念】たのしい暗雲
聞きなれた携帯のアラーム音に、深い眠りに落ちていたおれの意識が引き上げられる。
ぱちりとまぶたを開き、自分の身体が置かれた周囲の環境から読み取った情報にて、今現在の状況を確認し把握する。
少しずつ慣れてきた自室のベッド。すぐ傍には丸まって眠る小さな相棒。一見いつもと変わらない朝の光景だが……徐々に働き始めたおれの思考は、いつもと違う状況を思い出す。
そうだ。きょうは……いや昨晩は。
引っ越してから初めて、モリアキがうちに泊まりに来てくれたのだ。
「おはよう霧衣ちゃん! あとモリアキ!」
「オ゛ッ!? ……おはようございます先輩」
「……?? おはようございます、若芽様!」
おれがそこまで
おまけに二人ともかなりの料理好きにして、またかなりの料理上手なこともあり……既にダイニングテーブルには当たり前のように朝ごはんの準備が整い始めていた。
準備をほぼすべて丸投げしてしまうことを詫びながらも、二人からは『好きでやってることですし』と返される。いつものことながらとてもありがたいことだし、とても良い子たちだと思う。
「先輩……昨晩のこと覚えてます?」
「え? どれ?」
「いやあの、ですから……夜っす。酒盛りしたときの」
「おれの同類がいるかも、っていう?」
「いえ……えっと…………そのもっと後、っていうか」
「……………………え、何? わかんない」
「いやいやいやいや! 覚えてないなら良いんす! 大したことじゃないんで! 絶対!」
「??? そう? へんなの」
勿体つけた彼の言葉に気になるところが無くはないのだが……本人が『大したことじゃない』というのだから、気にしなくても良いのだろう。
言われた通りに軽く流し、おれは朝ごはんの準備を手伝おうとして……
「あっ! 若芽様! モリアキ様が居られますゆえ、あさげのお力添えは大丈夫でございます!」
「えっ!? アッ、ハイ……スマセン」
「じゃあ先輩、出発の……車の準備と、あと窓の閉め忘れ無いかチェックした方が良いんじゃないっすか? 今日たぶんずっと雨っすよ、空模様が悲惨っす」
「ま、まじで!? わかった窓みてくる!」
せっかくのお出掛けなのに、雨だなんてついてない。まるで何かよくないことの前触れなんじゃないかとも一瞬だけ思ったが、さすがにそれは考えすぎだろう。
雲が出るのも雨が降るのも、当然ごくごくありふれた自然現象に過ぎない。大雨が降り豪雨に見舞われることだって当然のことだと、おれは自分の思考にツッコミを返したのだが。
勘が良い……というよりはむしろ『フラグ』と呼ぶしか無さそうな自分の
あわただしくも平和な朝のひとときは過ぎていき……おれたちにとって大きな転機となるその一日が、こうして始まろうとしていた。
「いやー……結構降ってきたね」
「ですねぇ。先輩の魔法のお陰で助かったっすよ、濡れずに乗れたの」
テグリさんを呼んで寝ぼけ
必要な準備は前日のうちに済ませていたので、あとは各々の手荷物を抱えて車に乗り込むだけだ。らくちん。
「申し訳ございませぬ……わたくしの裾まで気を使っていただき……」
「
「うんうん。作ってもらった寝床もふかふかで気持ちいいし」
「そう? 良かっ…………座席だからね!?」
「えー、いいじゃんべつに」
おれのエルフとしての全方位知覚能力と反射神経をもってすれば、万が一にも事故ることなどあり得ないと思うけど……その『万が一』が起こってしまった際には、シートベルトを締めているかいないかで生存率は大きく変わってくる。
車外に投げ出され、固い道路に叩きつけられる悲惨な事態を防ぐための座席なのだが……空中で制動を掛けられる
「ほら、隣の
「やだよ苦しいもん。ボクは胸まっ平らだから。キリちゃんと違ってクッション無いし」
「ひゃう!?」
「
「あっ、あっ、あっ、あのっ、」
「ノワは服着るとペタンに見えるけど、ちゃんとやわらかいってボク知ってるし。ノワは自分が思ってる以上にオンナノコの身体だってこと、ちゃんと自覚して? モリアキ氏も何か言ったげてよ、昨日思い知ったろ?」
「オレは何も知りません! 記憶にございません! リアクションに困る話題なんでそろそろやめてもらって良いっすか!?」
「えっ? あっ……ハイ」
……まぁ全てにおいて、おれが事故らなければ良いだけのことなのだ。
妖精である彼女に人間用の法律が適用されるとは思えないし、そもそも検問を受けてもバレる可能性は絶無。そもそも空中で自在に制動が掛けられる上にパッシブ防御魔法も働いているので、投げ出され怪我する危険は無いのだが……それでも、安全運転は絶対である。なにせモリアキや
友人よりも濃い間柄である面々、彼らの命を預かっていることを改めて念頭に置き……おれは運転に集中する。
短くない
……そう、高速道路。
ひとたび本線に乗り入れてしまえば、サービスエリアやパーキングエリアを除いて一切の駐停車が不可能。
最高時速一〇〇キロで走り続け、信号や踏み切りによる途中停車も一切無い……逃れる
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