第227話 【納車記念】たのしいおとまり



 こんなこともあろうかと、余裕のあるサイズの六人掛けダイニングセットを買っておいて良かった。

 テグリさんとモリアキを交えての、いつもよりも賑やかな夕食の席……今日も今日とて霧衣きりえちゃんが腕によりをかけて作ってくれた、自慢の和風洋食(?)メニューである。



 なんでも聞くところによると、霧衣きりえちゃんの種族である【白狗】……どうやら外見に現れているように、狗としての性質も幾らか引き継いでいるらしい。

 真面目で忠実、しかし好奇心旺盛……といった性格的な部分だけでなく、たとえば聴覚や嗅覚が非常に敏感だったり、人間離れした運動神経を発揮できたりといった身体機能的な部分においても、それは顕著のようだ。

 歴代の【白狗】は対魔のために振るっていたその能力、神様の御遣いとして用立てられた人外の力を……このハチャメチャ可愛い上に桁外れの女子力を誇る霧衣きりえちゃんは、なんと『お料理の味見にもってこいだ』ということに気づいてしまったらしい。

 先日の『はじめての洋食』の成功に味をしめた彼女は、今となっては積極的に試行錯誤を繰り広げている。



 というわけで、今晩のメニューは白米と豚の生姜焼、ほうれん草(とベーコン)のバター風味おひたし、そして具だくさんポトフ(※合わせ味噌仕立て)である。

 例によってコンソメの代わりに和風ダシ、おまけに味噌で調味された和風洋食だが……うん、めっちゃうまいんだよな。野菜の茹で加減もちょうど良い。



「おいしい!」


「すごいおいしい!」


「うわめっちゃウマ」


「……大変美味しゅう御座います」


「ふふっ。……なによりでございまする」



 気心知れた仲間と囲む……ではないをさらけ出せる、とても気楽な夕食。


 それは美味しくて暖かくて……こんな可愛い子にこんな美味しいごはんを作って貰えるおれは、きっと特別な存在なんだと思いました。




 というわけで、たいへん楽しい夕食のひとときを堪能し終え……なんと本日、わがやは初の宿泊客であるモリアキ氏をお迎えすることとなっている。

 満面の笑みで引き受け譲ろうとしない霧衣きりえちゃんと、手伝う気満々のテグリさんにお片付けを任せ、おれたち三人はお客様の寝床の準備を開始する。


 まだ少し閑散としているリビングダイニング片隅の引き戸を開き、二間続きの和室へ。南側の和室にはラニの【蔵】から取り出された品々が並んでいるが、北側の和室はまるまる空いている。

 本日お客様には、こちらのお部屋をご利用いただく予定となっております。



「いやいやいや……一人で使うには広すぎっすよ……」


「……うん、普通六畳とか……場合によっちゃ四畳半だもんな」


「でっかい寝台ベッドでもあったほうが良かったんじゃない?」



 これまたラニの【蔵】に収まっていた、つい先程調達してきてもらった新品の布団セットを開封しながら……おれたちは今更すぎる感想を溢していた。

 なにせ……十畳だ。さっき言ったように、普通の客間の二倍近い広さなのだ。ふとんを六人分は敷けそうな広さに、たった一人ぶんのふとんが『ぽつん』と敷かれた状態は……なんというか、非常にもの悲しい。



「やっぱさ、おれの部屋で一緒に寝る?」


「以前ならともかく今は断固拒否します」


「なっ……なんでよぉ!」


「なんでじゃありません! いい加減『女の子』の自覚持ちなさい!」


「いやだね!! ことわるね!! おれは今でも『男』だもんね!!」


「……などと意味不明な供述をしており」


「うん……さすがに無理があると思う」


「グヌヌーーーー!!」




 おれの名案は断固として断られてしまったが……まあ、広すぎて落ち着かない以外は、実際申し分ない環境だと思う。

 こちらの北側和室であれば、直接玄関ホールへと出ることができる。他の部屋やリビングを経由する必要がないので、おトイレやお風呂場にもアクセスし易い。


 広すぎて落ち着かない、というデメリットに関しては……今度どこかで衝立のようなものでも調達しておこう。

 彼が気軽に泊まってくれるようにするために、いろいろと環境を整えていかないと。



「とりあえずふとん敷いたけど……あぁ、コンセントそこにあるから。電気のスイッチそこで、トイレは階段横ね。……大丈夫? こんなんで」


「充分っすよ。ありがとうございます」


「ん。あぁあと、一階のお風呂モリアキ使って良いよ。スゲーぞあの浴槽」


「正直楽しみなんすけど……先輩いつ入ります?」


「気にしなくていいよ。おれ二階のシャワー使うし」


「…………本当この物件ハンパ無いっすね」


「そうだよね……」



 正直この物件、おれたち三人だけで使うにはかなり持て余している状況なのだ。

 しかも年頃の女の子である霧衣きりえちゃんはまだしも、ラニに至っては私室を必要としていない。広さあたりの人口密度は非常に低く、この広さでは逆に寂しさを感じてしまう。


 以前のように一緒の部屋で、すぐ隣で就寝するのは無理だとしても……モリアキが『お泊まり』してくれるのは正直嬉しいし、また泊まりにきてほしい。あわよくば頻度を上げてってほしい。




「よしじゃあ……寝床も用意できたし」


「うっす。ありがとうございます」



 レジャー十割の旅行……とまでは行かずとも、実質ほぼである遠出を翌日に控え、しかし時刻はまだ二十時そこら。

 健全な成人男性ともあろう者らが、こんな状況で寝付けるわけもない。



 ……よって。




「よっし! 飲むか!!」


「良いね良いね! いやーボクも買い出しのときから楽しみでさ」


「相変わらず犯罪的な組み合わせっすね……幼女と酒」


「失礼な! 子ども扱いしないでくれる!?」


「飲み過ぎないで下さいよ……明日ドライバーなんすから」


「子ども扱いしないで……あっドライバー! 大人オトナ扱いだ! やった!!」



 就寝の支度が整った和室の片隅、畳の上に直で座り込んで、白谷さんの【蔵】からお酒とおつまみを取り出していく。少々お行儀が悪い自覚はあるが、学生時代を思い出して非常にワクワクするので仕方ない。

 テーブルクロスがわりのフロアシートを拡げ、おつまみとポテチをパーティー開けする。各々手に取った酒の封をカシュッと開け(ラニは紙コップから自分用カップで汲み取って)……一同は片手で掲げつつ、定番の掛け声を上げる。




「じゃあ……程ほどに楽しみましょう! 乾杯!」


「「かんぱーい!!」」



 成人男子どうし(強調)の楽しい宴が、幕を開けた。


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