第225話 【納車記念】たのしいじゅんび



 お昼の小休憩を挟んで、おれたちの車は再び動き出す。

 ただでさえ普通自動車よりは高く、そして嵩増しクッションによって更に高さを増している運転席からの眺めは……なんというか、非常に心地がいい。


 視点の高さでいえば、普段の倍は高いかもしれない。この高さはまるで高身長モデル体型イケメン成人男性になったかのようで、ちょっとだけ現実逃避が出来るのだ。




「先輩先輩、今横切ったお父さんの顔見ました? スゲェ見事な二度見でしたよ」


「見た見た。そりゃ見ちゃうでしょ、あんな綺麗な二度見だもん……ほんとお手本のような二度見だったね」



 現在地点から岩波市滝音谷までは、あとおよそ一時間弱。目的地すぐ近くにスマートインターがあるので、残りはほぼ高速道路だ。サービスエリアの駐車場を離れて本線に合流してしまえば、あとはずーっとアクセル踏みっぱなしである。

 多治見たじみさんが取り付けてくれた拡張ペダルのおかげで、アクセルもブレーキも違和感なく操作できる。思っていた以上に疲労も少なかったので、後半も問題ないだろう。



「スピード出すよー。霧衣きりえちゃんシートベルト大丈夫ー?」


「んぅ、っ……大丈夫にございまする!」


「先輩こそ大丈夫っすか? やっぱ代わった方が良かったんじゃ」


「大丈夫大丈夫。いざとなったら疲労トバす魔法もあるし」


「そ…………そっすか……」


「…………?」


「………………」


「……………………あぁごめん! もしかして……運転したかった?」


「……えぇ、その…………まぁ」


「ならそう言ってよもぉー! 本線出ちゃったじゃんー!」


「いやぁー……スミマセン」



 しょうがないなぁモリアキくんは……なんてふざけあいながら、おれたちは二人ならんで前方景色を堪能する。

 いつもはモリアキが運転手、おれは助手席にお邪魔していたので……逆となるこの配置はけっこう貴重なパターンだろう。


 ここから先、道路は市街地エリアを離れ、山間部へと進んでいく。進行方向には折り重なるような山々と、どこまでも広く青い大空が広がっており……空気の澄んだこの季節、抜けるような青空は非常にすがすがしい。




「助手席っつっても……特にヘルプすること無いっすよね?」


「いやあるだろ。降りるインター見逃さないように気を配ったり、車内を盛り上げるためにおうたを歌ったり、運転手を褒め称えたりとか……色々あるだろ」


「ぇえマジっすか……ひと眠りしようと思ったのに」


「アッずりい! おれだってお昼寝したいわ!!」


「だーから代わろうとしたんすけどね? 魔法で疲労トバせるし大丈夫なんでしょ?」


「そんなこと…………言いましたね!! わーん!!」


「はっはっは! ……ヤバかったら適当なPASA入ってください。マジで代わりますんで」


「まぁたぶん大丈夫だと思うけど……そんときゃ甘えるわ。ありがとな」



 マネージャーさんの心遣いに感謝しながら、今はおれに与えられた役割を全うする。

 ほかでもないおれが獲得した企業案件、その報酬の一環としておれが貸与された、期間限定とはいえおれの車……こいつを自宅まで届けるのは、おれの役目だ。



「ねえノワ! ボク気付いたよ! コーソク道路で飛ぶのめっちゃしんどい!!」


「おとなしく椅子に座ってなさい!! おばか!!」


「シラタニさま、よろしければ……わたくしの膝へ」


「オホッ!? あ、ありがとキリちゃんでもそこは膝っていうか……おま」


「ねえラニわかってるよね!? 霧衣ちゃんに変なことしたら二度と一緒にお風呂入んないからね!!」


「い、イェス! マム!」



 小さなラニの身体を、いい感じにホールドできる座席設備。どうにかして考えておかないといけないようだ。

 載せたい小道具と、追加したい設備と……に備えて調達しておくべきものを脳内メモに追加しつつ、おれたちは時速一〇〇キロでオウチめがけて突き進んでいった。






 …………というわけで。


 その後順調に進んでいき、あっという間に誉滝ほまれたきインター――おうちの最寄りであるスマートIC――へと到着する。

 搭載されていたETCのおかげでスムーズにバーが開き、高速を降りてそのまま一般道へ。何はともあれまずは自宅裏手、先日新たに造成した砂利敷き駐車スペースへと向かう。



「モリアキモリアキ、な。んトコに板渡して橋架けたから」


「ぅえマジっすか!? あ本当だ道ある!! 先輩が作ったんすか!?」


「んでこっちに乗り入れて……そうそうおれ頑張ったの。ここから一応もうウチの敷地みたいだからね。魔法でヒュバババって草刈りして、ズモモモって地面固めて、ポゴゴゴって石どけたり橋架けたり」


(((ポゴゴゴぽごごご……??)))



 つい先日整備したこの敷地内私道……幸いまだ雨に降られていないので耐候性は不明だが、少なくとも車両重量は問題なく支えることができるようだ。

 表面には小石や砂利を敷き詰めて転圧し、幅も車一台が通るぶんには充分余裕があるといえる。仮に雨に降られてぬかるんだとしても、脱輪やスタックの危険は少ないだろう。


 対向車など来るはずもない、おれが一人で整備したとは思えない道を進むことしばし。

 おれの運転するハイエースは……ついにおれたちの自宅へと到着したのだ。





「先輩ホント車庫入れ、ってかバック上手いっすね」


「やだいきなりセクハラですか!? やめてくださいマネージャーさん!!」


「ノワの魔法は『自然環境』と親和性高いからね。まわりの空気を媒介にして、目で見なくても障害物の場所や距離がわかるみたい」


「なるほど……狭い路地とか駐車場でも安心っすね」


「ねえスルーされるのはつらい。ゆるして。あやまるから」



 口では下らない冗談を飛ばしているが、身体と頭はきちんと働いているので許してほしい。

 ラニの説明にもあった『空気』を媒介とした魔法……それを応用して、すぐ目の前にある和室の掃き出し窓のクレセントを動かす。するとそれだけで引き違いの大窓はするすると開き、さらに障子を開ければ畳の広間が顔を出す。


 一階和室のすぐ西側に整備された駐車スペース……この位置であれば、オウチと車の間で荷物の積み降ろしも簡単だろう。……まぁ今は特に荷物もないけれど、可愛らしいお嬢様がお上品に降りてくるのを眺められたのでヨシ。



 というわけで、これで無事にお車の回送が完了した。大きく伸びをして上体をぐりんぐりんと動かし、背骨と背筋の調子を整える。

 スマホの時計を見ると、時刻はまだ十三時そこら。予定通りにを進められそうだ。



 突然だが、ここからは二手に別れての行動となる。おれと霧衣ちゃん班と、モリアキとラニ班のふたつだ。


 まずおれと霧衣ちゃんはこの場に残り、今からこの車……兼・我が『のわめでぃあ』移動活動拠点の紹介動画を撮影する。アウトドア系の配信者キャスターさんたちが自分のアウトドアギアや愛車を紹介したり、キャンピングカーのオーナーさんが愛車の内部を紹介してくれる動画なんかはある種の『お約束』のようなのだ。

 それになにより、ほかでもない『三納オートサービス』さんからの依頼内容でもある。この車両、ひいてはご依頼主三納オートサービスの商品の魅力を余すところなくお伝えするのは、立派な広告コマーシャル案件なのだ。


 そして……もう一方、モリアキマネージャーさんとラニの班。こちらは到着早々申し訳ないが、モリアキ指揮下で買い出しに行ってもらう。

 おれとは異なり完全な一般成人男性であるモリアキは、何一つやましいところが無いので気軽に動き回れるだろう。そこへラニのもつ『空間移動魔法』と『所持品格納魔法』が加われば、ごく少人数でいくらでも(もちろん予算の許す範囲で)買い出しが可能なのだ。




「んじゃあ、コッチはおれたちで始めてるから……そっちはお願いね。はいお財布」


「了解っす。とりあえずメモ通りに買ってきますが、他に買うもんあったらREIN入れて下さい」


「おっけおっけ。……じゃあラニ、お願いね」


「イェスマム!」



 お調子者の相棒とマネージャーさんが【門】の中へ消えていくのを見送り、おれは霧衣ちゃんと向き合ってお互いに気合いを入れる。あっちは彼らに任せた分、こっちはおれたちの領分だ。がんばろう。



 っとまあ、少々ドタバタしているのはほかでもない。

 モリアキたちが買い出しに行ってくれているのは……さっそく明日から予定している、車内泊旅行のためなのだ。


 気になるその行き先は……ずばり北陸地方。石河いしかわ県は金早かなざわ市。

 睦月一月も半ばなこの季節だが、まだまだ雪や凍結の心配が無いわけじゃない。しかしそんなことは最初から折り込み済み、三納オートサービスさんのほうで予めスタッドレスタイヤを装備して貰っているので、安心である。


 そしてそして、ただ旅行に行くだけが目的じゃない。もちろん旅行動画的にはそちらがメインだが……目的地を金早かなざわに定めたのには、動画には残さない『もうひとつの目的』があるからだ。




 このおれの技能を余すところなく発揮できる(見込みの)、動画映え(たぶん)間違いなしの『企画の種』。


 それを頂きに向かうのが、真の目的なのである。



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