第216話 基礎環境の改竄算段
時系列的には少し前、
自称・勇者が少女の身体に接触、誘拐しようとする事案が発生した頃の出来事です。
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薄暗い部屋の中央付近に据えられたプロジェクターが唸りをあげ、排熱ファンの機械音が静まり返った室内へと響き渡る。
Uの字形に配された総木製の長机と、それに合わせずらりと配された上質な椅子。そこに座る人々もまた、身につけるもの全てが上質な品々で揃えられた、名だたる企業・組織の重鎮といって差し支えない立場の者である。
しかしながら……そんな名だたる経営者達が今や、皆一様に口を閉ざしてしまっている。
その一室に居合わせた人々は――ただ一人の例外を除き――手元に配されたA4サイズのコピー用紙数枚、そこに記された情報に釘付けだった。
「…………にわかには……信じられませんな」
「ですな。あまりにも突拍子が無さ過ぎる」
「各分野……それこそ世界中の最先端技術の粋が、これじゃまるで子供の遊びだ」
「全く新しい素材、見たことも無いアプローチ、そしてこの数字。これ程の技術……何処から湧いて出たものやら」
やがてちらほらと、ひそひそと小声で会話をし始める聴衆を前に……この一室にあってただ一人平静で居た人物は、満足げに頷いた。
資源力に乏しいこの国において、自給可能な高効率エネルギー源とは永遠の課題である。産業分野の事情に詳しい者共であれば、そもそも食いつかぬ筈が無いのだ。
『試算では……発電機構一基当たりの出力は、およそ百キロワット。これは現行の沸騰水型軽水炉にほぼ相当し、加えて特筆すべきはその小ささ。……仮に既存原発の炉を廃し、空いた敷地に
「…………ただの『葉っぱ』が、ねぇ」
スピーカーから響く落ち着いた声に、茫然とも感嘆ともとれる声で聴衆が呟きを溢す。
埋蔵資源に乏しく燃料の長期自給が不可能であり、また温室効果ガスの発生で環境被害が叫ばれている火力発電。
少資源高効率である反面、昨今の情勢で風当たりがより一層強まり、世間からは悪し様に罵られる原子力発電。
クリーンなエネルギーとして一時は期待されたものの、天候に大きく左右され、また森林被害も深刻な太陽光発電。
その他にも水力発電や風力発電など、我が国を取り巻くエネルギー問題は尽きることがなく……だからこそ、この玉虫色の『次世代エネルギー源』は尚のこと魅力的に映るのだろう。
南米の某国で発見されたというサンプルを特殊な環境下で栽培し、光合成効率を飛躍的に高め品種改良を施した『植物』……それを原料とする特殊燃料を燃焼させることでエネルギーを取り出す、新型発電機構。
設備的には火力発電施設がほとんどそのまま流用可能である上、原料となる『植物』は生育力も高く、LED照明を用いた水耕栽培であれば、複層構造による省スペース・全天候での培養も可能。当然国内で自給できるため、海外から運んでくる必要も無い。
また副次的な効果として……光合成における二酸化炭素吸収率が非常に高く、発電の際に生じてしまう二酸化炭素を充分吸収して余りある。栽培面積あたりの吸収効率で言えば、杉のおよそ二十四倍。
つまりは……燃料まわりのランニングコストがほぼ掛からない上、燃料となる『植物』を生産すればするほど、また発電すれば発電するほど、
いかに魅力的なプレゼンテーションとはいえ、持ち込んだのが名も知れぬ科学者などであれば、名だたる参列者とて一顧だにしなかっただろう。
だが……今回のこのプロジェクトを持ち込んだ者の
日本という国のエネルギー問題を根底から覆す、次世代エネルギープラントの発案者……その名は、山本五郎。
難病療養のため一線を退いていた、日本屈指の総合建設業『ヒノモト建設』の先代代表取締役社長であり……今もなお各界に太い繋がりを持ち、今回のように名だたる面々を招集出来る人物。
しかしながら……そんな『山本五郎』の内に潜む、もう一人の人格。
異なる世界からの技術と、知識と、計略を持ち込んだ『招かれざる客』の存在に気づけた者は……
神秘から長らく離れた、この平和な国には……ことこの場においては残念なことに、誰一人として存在しなかった。
「…………さて、言われた通り焚き付けたが……これで良かったかな? 『魔王』よ」
『いや、まぁ……正直何を言っているのか、私にはサッパリだったがね。……だから私は、ゴローの判断を信じるとするよ』
「承知した。君にとっては……例の『植物』を大量に栽培できれば、それで良いのだろう?」
『そうだね。……性能もゴローの提案通りに仕上げた、この『魔王』渾身の傑作だよ。陽光を分解変換すると共に大量の
「ああ、申し分無い。……プレゼンは済ませた、サンプルも配布した。後は彼らが動き出すのを待つだけだ。……大人しく待つつもりは無いがね」
『……仕事熱心なのは美徳だが……まだ動くつもりか? 可愛い『娘』達が恋しくは無いのか?』
「一挙手一投足を見張るだけが愛情では無いさ。あの子達も無力な子供じゃ無い。何かあれば連絡を寄越すだろう。……単身赴任、だからね。今は私に
『ほお……良い父親なのだな、ゴロー』
「…………まさか。……私は『親』としては……最低最悪の部類だよ」
血の繋がった血族ではない、新たに迎えた
自分の、そして『魔王』の目的を果たすためには……この国の中枢に根を伸ばす必要がある。以前の自分が築いた人脈、そして『魔王』謹製の『土産物』があれば、そう労することもなく成果は得られることだろう。
世界の狭間を抉じ開けた
これでは
だからこそ……先ずは何よりも、環境中の
「……今のままでは、あの騒々しい『神』とやらの助力を得た
『急ぎすぎるなよ、ゴロー。……案ずるな、
「……ご忠告、痛み入る。……心優しき『魔王』よ」
首都東京の夜景さえも眼下に見下ろす、都心高層物件の一室。
仄かな月明かりに照らされる、向き合った二つの影は……彼らいわくの『悪巧み』成就のための計画を、着々と詰めていくのだった。
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