第205話 【観覧見学】新人の悪あがき



 仮想配信者URキャスターたちの間において、麻雀配信は結構な高頻度で見かける、つまるところ『定番』と言って差し支えない演目だろう。

 特に近年では、手軽にネット対局が行える基本無料麻雀ゲームの台頭などもあり、ネットも含めればその競技人口はじわじわ伸びてきているのだとか。


 複数人での対局が標準仕様なので、自然とコラボの形式になりやすい。基本的なルールを覚える必要はあるが、複雑難解な『上がり役』なんかはコンピューターが自動で判別してくれる。熟練者ならではの戦略やノウハウで左右される部分もあるが、最終的には運任せなため初心者でも勝機はそれなりにある。そしてなにより……仮想配信者URキャスターに興味が無い年齢層の視聴者にも、麻雀対局動画という形でならばアピールできる。

 また、世の中には単純に『麻雀に興味はあるけどルールよく解んないから、とりあえず他人の打つとこ見て覚えていきたい』という若年層視聴者さんも数多く居るため……なんだかんだで一定の視聴数とコメント数は狙える、手軽な安全牌なのだろう。



 仮想配信者URキャスターどうしでの対局では、だいたい打ちながら雑談に興じることも少なくない。最近のマイブームや自身の『やらかし』を面白おかしく紹介したり、玄人にもなると麻雀を打ちながら質問を消化していったりする猛者もいる。


 かくいう今回の……『にじキャラ』第Ⅱ期生刀郷剣治とうごうけんじさん主催の麻雀対局も、どうやらそういう趣向らしかった。

 この対局の参加メンバーは事前に告知されており、刀郷さん含め参加者に答えてもらいたい質問を事前に広く募集し、当日は対局中に集まった質問を公開、全員に答えてもらいながら麻雀を打ち続ける……という企画らしい。

 麻雀は突き詰めると、広い視野や判断力や推理力などなどを総動員する、高い集中力を必要とする競技だ。質問の消化を行いながら対局を行うともなれば、集中力を大いに乱れさせ、判断力の低下は避けられないだろう。




『俺様が思うによ、やっぱ今日の対局刀郷トーゴーの趣味出てると思うんだよな』


『だッ、だからちがいますって。ティー様と生徒会長が好みなのは否定しませんが……』


『ちょっと……刀郷くん、今の発言大丈夫なんですか? 坂元さんに怒られません?』


『やぁー怒られるかもしんねっす。ウチのマネージャーさんめっちゃ怖いんで』


『それは単に、トーゴーくんの日頃の行いのせいどすやろ?』


『いやいやいやそんなそんなそんな』


『あぁそれだわ。悪ィな刀郷トーゴー


『ウッソォ!!? うわ痛ぁ!!』




 向けられた疑念を逸らすことに集中力を割きすぎて周囲の警戒を怠ったがため、他のプレイヤーが狙っている上がり牌をうっかり捨ててしまったことによる……非常に手痛い失敗。

 それを目の当たりにした一同は、コメント欄も含めて大爆笑の模様。気心の知れた仲間内ならではの罵声や揶揄する言葉が飛び交うが、その雰囲気は極めて和気あいあいとしたものだ。

 対戦相手の足をあの手この手で引っ張り精神をかき乱すために、容赦ない追及と心理戦が繰り広げられるのも、この麻雀対局配信の見所のひとつであるという。



「おもしろそうなゲームだね……相手が何を欲してるのか、ちゃんと把握ないし予測しないといけないのか」


「そうそう。自分は高得点を狙いつつ、かつ自分の狙いを悟らせず、それでいて相手の役を完成させず……それでも結局最後は運任せ」


「運任せだからこそ、素人でも勝てる余地が残ってるわけだ。……うまくできてるなぁ」


「でしょお」



 ほんのわずかな見学だけで、このゲームに興味津々といった様子を見せる相棒妖精ラニ。おれと彼女がおもしろ半分に見守る先、対局とそれに伴う場外心理戦はどんどん進んでいく。

 しかしながら、やはり仮想配信者ユアキャスを多数抱える大手事務所の売れっ子さんたちだ。ゲームと平行しているのにもかかわらずトークの勢いは落ちることなく、おれたち含め視聴者をいっこうに飽きさせない。トークテーマのベースである質問箱を活用しながらも、あくまで自然に(それでいておもしろそうな方向に)話題をどんどん拡げていく。



『じゃあじゃあ、仮にじゃよ? 仮にトーゴーくんの趣向十割で麻雀のメンツ揃えるとしたら、どういう顔ぶれになるんやろ?』


『まずオレサマが除けられるだろ? 姫と会長はロリだから良いとして、あと一人か。ミルとかアキとかリューあたりか?』


『なんでそうなるんすか! 全員男の子じゃないっすか!』


『でも実際のところどうなんです? 刀郷くんの好みとなると青樹あおきちとせちゃんとか花畑かはたみどりちゃんとか』


『もちろんあの子達も可愛いと思ってるんですが……僕への当たりがですね、やたら辛辣というか。殺意に満ちてるというか』


『あたりまえどす』



「むむむむ……知らない名前ばっかりだ。ユアキャスってそんないっぱいいるんだ?」


「そだね。彼ら『にじキャラ』さん以外にも『ユアライブ』とか『芸真途げいまあず』とかいくつか事務所あるし、事務所に属さない個人勢も含めると……何百人っていると思う」


「そんなに」



 まあ、かくいうおれも……そんな何百人の中の一人になろうとしていたわけだが。

 今となっては仮想アンリアルじゃない動画配信者ユーキャスター、何百人どころか何万人規模の中の一人になってしまったのだ。この絶望的でさえある分母の中で生き残ることは、決して簡単ではない。


 だからこそ、偉大なる大先輩たちの技術を、作風を、雰囲気を、取り込めるところは取り込み、自分の糧にしていきたい。

 ……そう思っての、他配信者キャスターさんの配信視聴だったが。




『べつに『にじキャラ』じゃなくても良いですので、他に誰かいないんですか? ロリソムリエ刀郷とーごーくんイチオシのロリッ子は』


『いやそれがですねぇ、居るんですよ。よくぞ聞いてくれましたって感じなんですけどね』


『うわ気持ち悪…………いや悪ィ。気にすんな。ちなみに何処の誰よ、コラボしたことある相手? 『ユアライブ』さんとか?』


『いや違うんすよ。個人勢なんすけど……『わかめちゃん』って可愛い子がいるんすよ』




「「!!!!!!!!」」




 …………いや、その……前情報としては知っていましたけど。刀郷さんがおれのことを気にかけてくれているって、情報としては知ってますけども。


 こうして実際に、リアルタイム視聴しているライブ配信で、こうして目の当たりにしてしまうと……さすがにびっくりしてしまうし、なんだかとっても畏れ多いが……だが実際、とってもうれしい。




『わちも知っとるよぉ。かいらしいエルフのろりっこやろ? みどりちいちゃい子』


『マジすかティー様! あぁ、やっぱエルフだからっすか?』


『そうそう。仮想ユアでないのにあの可愛らしさどすやろ? わちも気になっとったどす』


『え!? 仮想配信者ユアキャスじゃないのにエルフなんですか!?』


『ウッソだろお前……マジかよ』


『それがマジなんすよ。めっちゃ完成度高いリアルエルフの女の子で、主に企画系の配信者キャスターなんすけど最近はライブ配信も増えてきて』


『挨拶がこれまた愛らしいのやよね、『へいりぃ』って』


『そうですそうです! その子です!』



「…………いやぁ、おれに似た別人のことかと覚悟してたけど」


「ノワ以外に『ヘィリィ』使ってる不届き者がいたらボクが処しに行くわ」


「そこまでしなくていいよ。……でも……うわぁ、マジか。ティー様にも知って貰えてたのか」



 刀郷さんとティーリット様はその後もしばし、おそれ多くもおれの話題を拡げてくれていた。

 いわく……一生懸命さが可愛らしい、小さい子なのにお姉さんぶってドヤろうとするのが可愛らしい、たまにヘマして半泣きになるのがかわいそうで可愛らしい、などなど。

 決して少なくない、むしろおれの何十倍もの支持者を誇る成功者である彼女らに、おれのアピールポイントを褒めてもらえたことが……おれのやって来たことが間違いでは無かったと認めてもらえたことが、今は何よりも嬉しかった。


 たしかに仮想配信者ユアキャスとて、広義でくくれば動画配信者ユーキャスターの一部だ。仮想配信者ユアキャスの中には、実在の配信者キャスター――ヒカKingはじめ会長など――のファンであることを公言する子も少なくないし、それこそよくある『芸能人では誰が好きか』なんかの話題の延長線上なのだろう。

 しかし実際、いざ自分がその『好かれる側』に立ってみると……これは非常に、非常にこそばゆく、しかし決して不快ではない。なんともいえない不思議な感覚だ。



 ただひとつ確かなことは……刀郷さんと、ティーリット様。このお二人のことが、今まで以上に好きになったということ。




「ふふふふ……刀郷さん昨日赤スパくれたからね。おれからも赤スパお返ししちゃおっと」


「……思い出した、『美少女の涙たすかる』とかそんな感じのやつだ。……へぇー、彼が」


「そうそう。……よし行けっ! おれの一万円!」


「なになに……『昨夜はあついひとときをありがとうございました。つたないですが、また今度サービスさせてください』? ……昨夜なにかあったっけ? あとサービスってなに?」


(意味深)カッコいみしんってやつだよ。『昨夜の配信でスパチャくれてありがとう、今度お礼のメッセージ送りますね』っていうのを、あえて勘違い言い回しに言い換えただけ。あと平仮名多めでつたなさアップ。わたし十さいだから」


「ははぁ……でもなんでまた?」


「ふふふふ……それはだね」



『ちょ、っ……わかめちゃんおるんすか!? え、まじ……待って、待ってオレ……ええっ!? サービスってなに!?』


『は? どういうことだ刀郷トーゴーお前……何? サービス? まさかお前、そのロリッ子にサービスさせようとしてんの?』


『うわ最低ですね刀郷くん。……えっ? つまり今刀郷くんの放送をその『わかめちゃん』が見てるってことですか? イェーイわかめちゃーん見てるー?』


『いや、ちがっ……いえ、ちがくないんすけど! いえ、赤スパチャをですね、頂いただけでして』


『年端もいかぬロリっこに赤スパ貰って、サービスまで強要するなんて……最低どすなあ』


『待ってください! これは違うんすよ! もー…………あっ、でもわかめちゃん本当ありがとうございます。嬉しいす。でも言い方にちょっと気を付けてほしかったなぁっていうか』


『トーゴーくんそれロンどす』


『ウワアアアアアア嘘おおおおお!!』



「ははぁ…………なるほど、彼おもしろいね」


「でしょう? 刀郷とーごーさんは俗にいう『弄られキャラ』ってやつでね、割と質問箱とかかすてらWEBコメントとかでも辛辣な意見多いんだけど、彼自身それをおもしろおかしく処理するのが得意だから……つい困らせたくなっちゃって」


「なるほど……悪女だなぁノワは」


「へへへ、そうかも…………っと、それ追加黄スパほーい」


「なになに……『ごめんなさい、もっとうまくご奉仕できるようがんばります』…………なるほど。ノリノリじゃんノワ」


「ふへへー」



 おれの放った第二のスパチャによって……刀郷さんは狙い通り、おもしろいように平静を欠いていった。

 視聴者さんたち(どうやらおれわかめちゃんのことを知っている方々も居たらしい)のコメントも勢いを増し、畏れ多いことに『わかめちゃんおるやんけ』も頂いてしまい、そんな中で刀郷さんの取り扱いに手慣れた視聴者さんたちにコメント欄で弄られ、また共演者の方々にもおれわかめちゃんの送った文面を追及され……四方八方から集中攻撃を浴びた彼に、もはや集中力は微塵も残っていないようだった。


 ティー様の待ち牌に気付かず振り込み、思いっきり高い役の直撃を受けた刀郷さんは……全八回半荘戦のちょうど半分あたりで削りきられトばされ、見事最下位となった。




『それにしても……パパ活、ってやつですか? 男子高校生なのに年端もいかぬロリっ子にご奉仕させるなんて……これは『全校集会』の必要ありですかねぇ?』


『いや……でも……わかめちゃんは百歳児なんで、合法かなって……』


『エルフの世界で百歳はまだまだお子ちゃまやから……有罪どすなぁ』


『オーイ坂元マネージャーさーん! 刀郷トーゴーがやらかしましたよー!』


『ウワアアアアアア!!!』




 彼のポテンシャルの高さと、流れるように言い訳を繰り出すトークりょく、リアクションの巧みさと、周囲を明るくする独特の才能に実は感心しながら……しかしおれはその後も遠慮なく、勘違いされそうな言い回しを心がけつつコメントを続けていった。


 いやぁ、でも本当……刀郷さん活き活きしてるよなぁ。




――――――――――――――――――――



にじキャラⅠ期生『FANtoSeeファンタシー』メンバー

(※一部抜粋)


【トールア・R・ティーリット】

エルフ皇女配信者キャスター。イメージカラーは白金。

和風好きで古都好き。エセ京言葉のような謎言語を操る。

容姿および口調はおっとり穏やかな癒し系。

怒ると一撃必殺『しねどす』を繰り出す。


【ハデス】

冥王系偉丈夫配信者キャスター。イメージカラーは青黒。

容姿は厳ついオレサマ系だが、頼れる兄貴分。

良い声から繰り出される囁きASMRは実質凶器。

割と何でもこなせるハイスペック万能配信者キャスター


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