第202話 【日曜某日】集中力向上タイム



 おれはどうやら……なる前からなのだろうが、頼み込まれると強く出られない性格らしい。



 営業職時代は自分の主張を押しきることが出来ず、成績はいっつも底辺。前職時代も幾度となく『申し訳ないけど、頼むわ』の餌食となり、必要以上のタスクを抱える羽目になり。


 そして……今生。

 この愛らしいエルフの少女に籠められた設定呪いは、その傾向を容赦なく助長させる。


 おれは、助けを求める真摯な声に対して……強く出ることができないのだ。




「ノワがに注力したい気持ちもわかるし、ボク自身その必要性は理解してるけどさ……数少ない知人は大切にした方がいいよ」


「かっ……数少なくないしー!! おれにだって友達……いっぱい…………いるしー!!」


「…………………………」


「………………すみませんました」


「よろしい」



 ちょっと予想外の圧に屈してしまったけど……つまりラニは、おれのことを心配してくれているのだろう。

 奇しくも、おれがきりえちゃんの交遊関係をもっと広めるべきだと考えたように……この業務に取り組むにあたって(存在転換という非常事態があったとはいえ)非常に狭まってしまったおれの交遊関係の狭さを心配して、メグちゃん(仮名)のお誘いを受けるように後押ししてくれているのだろう。


 まあ……確かに、世の人気動画配信者ユーキャスターさんたちだって人間だ。友達付き合いだってしているだろうし、同業者以外にも知人友人は当然居て然るべきだろう。

 おれは見た目こそ奇抜な幼女だが、そんな彼らと同じ(ただし知名度は雲泥の差だけど)ひとりの動画配信者ユーキャスターであり、同じ人間だ。


 ……いや、ごめん。おれはエルフなので同じ『人間』かどうかは正直ちょっと疑問だが……だとしても『知人と交遊を深めることが悪である』などということにもならないだろう。べつに他人に迷惑を掛けているわけでも、犯罪行為に及んでいるわけでも無いのだ。



 いや、まて…………一般成人男性が年齢性別を隠して未成年の女の子と接触するというのは……もしかして、これはもしかして犯罪行為に値するのでは無かろうか。

 落ち着いて考えてみれば……これはさすがにアウトな気がしてきたぞ!



「もう何度目かわかんない指摘だけど、ノワは誰がどう見ても十歳女児だからね。残念ながら合法合法」


「し、しかし!! ラニちゃんだってわかるでしょ! アラサーのおっさんが若い女子の中に混じるとか……拷問やぞ!!」


「…………ごめん、ボクにとってはむしろご褒美なので」


「ヒュツ…………こっ、この……このパリピ妖精め!!」


「ふははは! なんとでも言うがいい! 小さく可愛い女の子『のわちゃん』よ!!」


「きぃぃぃぃっ!!」




 おれの必死の抵抗も虚しく、ラニちゃん監督のもとでおれはメグちゃんへとREINメッセージの返信を送り……明日の祝日、おれの一日の予定はおおむね決定と相成った。


 うう、今からとっても胃が痛い。







 さてさて、ちょっと予想外のダメージこそあったものの……まだまだ『うにさん』の配信までは時間がある。

 とはいえこの季節、陽が落ちるのは思いのほか早い。かくいうこの滝音谷フォールタウンにおいても既に陽は傾き始め、このままだとあと一時間そこらで一気に暗くなることだろう。

 街灯とまでは行かないまでも……ガーデニング用の照明機器や夜間灯くらい、今後買ってもいいかもしれない。


 きりえちゃんとテグリさんのお料理教室もある程度探しておきたいし、先日のスパチャに対するお礼メッセージも収録しておきたいので、おれたちは屋外での作業を切り上げおうちへと帰投する。

 靴を脱いで廊下のフローリングをぺたぺたと進んでいき、やっぱり広さに慣れないリビングへ。ソファを始めとするのんびりセットはまだ購入していないので、やや殺風景さを感じさせるのはそのせいかもしれない。



「おかえりなさいませ、若芽様、シラタニ様」


「ただいま、きりえちゃん」


「ただいま! キリちゃんお勉強中? タブレットは慣れた?」


「……うぅ……恥ずかしながら」



 お留守番していてくれたきりえちゃんはダイニングの椅子に腰掛け、彼女用のタブレットを目の前に整った眉を八の字に寄せている。

 電子機器を扱うのが初めてとなる彼女は、やはりというかタイピングが苦手で、かなりの頻度で打ち間違いをしてしまうようだ。まぁ尤も、これまでそういった類の機器に触れたことが無いのなら、ある程度は仕方ないのかもしれないが。


 なにせこのご時世、高校生はおろか中学生や小学生でさえも、自分用のスマホを持っている時代である。年齢的には中学生相当だろうきりえちゃんは、同年代の子らに比べると少々出遅れてしまっているのかもしれない。



「じゃあじゃあ、センパイであるボクが見ててあげるとしよう」


「あ……ありがとうございます! シラタニ様!」


「ノワは仕事部屋でしょ? 晩ごはんできたら呼びに行くから、がんばってね」


「うわー本当頼れるラニちゃんだ。……じゃあ、お願いね。きりえちゃんもこんを詰めすぎないようにね」


「…………ふふっ。……そっくりそのまま、お返しさせて頂きまする」


「だよねぇー」


「ぐぬぬ……」



 頼りになる同居人のことを心強く感じる反面、末恐ろしさを垣間見ながらも……おれは自分のやるべきことを片付けるべくリビングを後にし、二階の作業部屋へと上がっていった。



 きりえちゃんたちのお料理教室の候補ピックアップと、スパチャのお礼メッセージ。まずは料理教室を探すところから始めて、晩ごはんまでにはお礼メッセージも少しは取りかかっておきたい。これから第二弾の収録を始めるわけなのだが、そろそろ第一弾も発送し始めて良いかも……いやむしろ、第一弾の発送を優先した方が良いかもしれないな。新兵器TR-07Xもあることだし、録音だけならPCがなくても出来るのだ。


 よっし。まだまだやれることはいっぱいある。気合いれて頑張っていこう。


 夜はお楽しみの……配信視聴タイムが待っているのだ!










「キリちゃんはさー、泳ぐのとか得意?」


「泳ぎ、でございますか? ……未だ幼少の頃、出雲の郷にて川遊びに興じた程度でございますゆえ……」


「ほうほう、そっかそっか。じゃあさ、暖かくなったら水着着て……ノワと川遊び、してみない?」


「……!! ……? ……みず、ぎ……でございますか?」


「あれ、水着をご存じ無い? ちょうどいい、タブで検索してみよっか。…………え、じゃあ川遊びって……どんな格好で?」


「………………真裸にて……ございまする」


「ワァオ!!」


「わ、童女わらはめの頃の話にてございまする!!」


「大丈夫大丈夫! わかってるから! じゃあ今度、ノワと一緒に水着……はもう買えるのかな? ……まあいいや。ノワが水遊びできる場所つくってくれるみたい(※要出典)だから、楽しみにしててね」


「は……はいっ!」




 おれの知らぬところで、いつのまにか外堀が埋められようとしていただなんて……彼女たちのことを完全に信頼しきっていたおれには、全くもって知る由もなかった。


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