第199話 【日曜某日】熟練スキルのなせる技



 霧衣きりえちゃんに持たせるつもりで買ってきたお手頃タブレット、『Apollon Helios 7』。

 昨日のうちに充電と初期セットアップを済ませ、一通り使い心地を確かめてみたのだが……ハード的にも、使う子の技術的にも、どうやら問題なく使えそうだった。

 さっそくラニが先輩風を吹かせてくれて(いや実際先輩なのだが)、インターネットブラウザの使い方を手取り足取り教えてくれていたらしい。

 おれはといえば……QWERTY配列のキーボードは慣れない(というかローマ字表記がいまいちわからない、たとえば『き』を『KI』に変換できない)らしい彼女にあわせ、入力をテンキー形式に設定し直したくらいだ。


 ……いや、だって…………超絶美少女のすぐとなり、それこそ息が掛かりそうな近距離に密着してのレクチャーなんて……エルフになる前から魔法使い実績達成済三十代だったおれには、ちょっとレベルが高すぎるわけで。いや決して霧衣きりえちゃんが嫌いなわけじゃないしむしろ好きなんだけど。いやいやそうじゃなくてゴニョゴニョ。



 まあともあれ、無事に使い始めることができたようで、その成果は今日のお昼ごはんにもさっそく現れていた。

 なんとなんと……音声認識とタブレットでのレシピ検索を駆使して、霧衣きりえちゃん人生において初となる洋風メニューを用意してくれたのだ!




「ええっと……『しーふーどぴらふ(?)』と、『おむれつ(?)』と……『みねすとろーね(?)』にございます」


「「おおおおおおー!」」


「…………おぉ……これは」



 最大六人まで座れるひろびろダイニングセットには、現在四人(うち一人は小さなラニちゃん)が腰を掛けている。

 本格的に家事やらなにやらを手伝ってくれることになったテグリさんに『せっかくなのでどうですか?』と食事をお誘いしたところ……鼻をひくつかせるような所作を行ったかと思うと、大きく頷いて同意してくれた。……きっといいにおいを嗅ぎとったんだと思う。


 というわけで、いつもよりも心なしか賑やかなランチタイム。本日のメニューは霧衣きりえちゃんいわく『しーふーどぴらふ(仮)』と『おむれつ(仮)』と『みねすとろーね(仮)』とのことで……やはり基本的な料理スキルが高レベルなおかげなのだろう、たいへん美味しそうに見える。



 ……ええ、そう見えるのだが……おれは気づいた。

 この中で恐らく唯一、現代日本人としての標準的な味覚と知識と経験を備えている、おれだけが気づいた。



 これ、たぶん…………コンソメの代わりに出汁ダシ使ってるわ。


 チキンストックの代わりに……いりこと昆布のあわせ出汁ダシだわ。




「いただきまーす!」


「アッ、いただきます」


「…………戴きます」


「はいっ。……お口に合いますでしょうか」




 ……ほほう、なるほど。なるほどなるほど……いや、これは……すごい。


 結論からいおう。滅茶苦茶おいしかった。



 恐らく彼女は……レシピや調理動画を見て勉強していく中で、『コンソメ』というものが洋風の出汁ダシであることに気づいたのだろう。見慣れぬ粉末・聞きなれぬ言葉であっても、『どういった場面でどのように使われているか』という情報をもとに、長年の調理経験から正解にたどり着いたのだ。


 確かに、先日の買い出しの際は『コンソメ』の類を購入した記憶は無い。つまり現在このおうちには、レシピにおいて必要とされている食材が不足している状況だった。

 そんな中で……動画を視聴する中で『コンソメ≒出汁ダシ(※霧衣きりえちゃん感覚)』であることに気づき、初心者向けであろう洋食レシピに挑戦し、そして見事に成功してのけた。

 なるほど確かに、調理経験と食材の知識が充分であれば……たとえ初めて見るレシピであっても、既存のレパートリーをベースに応用を効かせる形で盛り込めば、充分に活かすことができるのだろう。

 こまめに味見を行い、少しずつ味を整えていけば……いや、それでもちょっとやそっとの経験でなせる技じゃない。



 つまり、本日の献立……『しーふーどぴらふ(仮)』と『おむれつ(仮)』と『みねすとろーね(仮)』の三品。


 これらは霧衣きりえちゃんフィルターを介した結果、それぞれ『海鮮炊き込みご飯』『きのこと薫製肉入り出汁だし巻き卵』『とまとと馬鈴薯と玉葱のお吸い物』として誕生し……




「「んまーーーーーーい!!」」


「……大変、美味にございます」


「…………ほぅっ。……良かった……でございます」



 見事、大成功を納めたのだ!



 改めて思うのだが、この子は非常に頭が良い。学習意欲も応用力も、そしてもちろん真面目さや積極性も。

 もしこの子がこの先、いろんな経験をすることが出来れば……それはきっと彼女の将来に、大きな可能性をもたらしてくれることだろう。


 やっぱり……彼女という逸材をこのままおうちの中で埋もれさせておくのは、それは非常によろしくないと思う。




「…………ねぇ、霧衣きりえちゃん」


「はいっ。なんでございましょう、若芽様」


霧衣きりえちゃんさ……料理教室、とか……行ってみたくない?」


「……りょうり、きょうしつ…………お料理の、教室……? 習い事のたぐいでしょうか?」


「そうそう。……霧衣きりえちゃん日本料理は得意でしょ? それ以外の……今日のオムレツ(仮)とかみたいな洋食もそうだけど……イタリア料理とかインド料理とか中国料理とか、ロシア料理とかブラジル料理とかトルコ料理とかベトナム料理とか、とにかくいろんなジャンルのお料理があるのね」


「そんなにあるのですか!?」


「そうなんですよ、正直おれも全然知らないお料理とかもあるし……とにかく、せっかくそんなにすごい料理スキルがあるんだから、もっと腕を磨いてみて……いろんな国のお料理に触れてみても良いと思うんだ。……実際、楽しいと思う」



 嘘ではない。実際霧衣きりえちゃんほどの手際の良さなら、三ツ星シェフとまでは行かずともかなり高レベルな料理人になれる可能性は秘めていると思う。


 だが……それ以上に。彼女にとっての『一般常識』が……おれたちだけの間で形成されてしまうのはちょっとよくないのではないかと、おれは懸念している。

 つまりは彼女には……おれたち以外の知人を、友人を、仲の良い人を……人とのつながりを作るべきだと、おれは思う。



 ……思っていたのだが。





「若芽様、は……」


「うん?」


「……若芽様は、わたくしのために……そう仰ってくださっているのです……よ……ね?」


「っっ!! ももっ、もちろん!! 霧衣きりえちゃんのことは大好きだし! おれたちが霧衣きりえちゃんを手放すとかあり得ないから! 単純にいろんなお料理を勉強して、ここ以外の『外』でいろいろ経験して、先生とかと仲良くなって…………あと、おいしい料理作ってほしいなぁ、って」


「……!!」




 ……さすがに、切り出し方が唐突すぎたのかもしれない。

 今の一瞬、おれに向けられた霧衣きりえちゃんの視線。……そこには、まぎれもない『悲嘆』と『恐怖』の感情が垣間見えていた。


 つまり、彼女は……『おれに捨てられてしまうかもしれない』と、そう考えてしまったのだろう。



 だがしかし、それは無い。ありえない。

 フツノ様から預けられた大切なだから、というのもあるのだが……たとえそんな来歴が無かったとしても、今のおれは彼女との日々をなんだかんだ気に入っている。

 気立てがよくて、控えめで、お料理はじめ家事全般が得意で……とびっきりの美少女。しかもやわらかいし温かいしいいにおいがする。嫌うことのほうが難しい。


 とはいえ彼女にとっては、おれのこの気持ちなんて知る由もない。突然距離を置かれようとすれば、不安を感じてしまっても仕方ないことなのだろう。……悪いことをしてしまった。



「お料理教室っていっても、たぶんお昼の数時間だし。送迎と護衛はラニちゃんがなんとかしてくれるから、不安も少ないと思う」


「もへ!? ングッ。……まぁいいか。まかせて!」


「……そういうことでしたら……お任せください。…………皆様のためにも……わたくし、がんばります!」


「いい子だなぁ……ありがとうね。……とりあえず料理教室はおれのほうで探してみるから……」


「あの…………御屋形様」



 突如、いままで無心で『和風洋食セット』を(顔は見えないけど)おいしそうに攻略していたテグリさんが口を開く。……いや食事のためにお口は開閉してたんだけど、そういう意味ではなく。

 そんなテグリさんの口からこぼれ出たのは……おれにとって、意外も意外な申し出だった。




「……その……霧衣キリエ様の料理教室……手前も御一緒させて頂くことは、可能でしょうか?」


「えっ? あ、う、うん……空きがあれば大丈夫だと思うから……予約できるか調べてみる」


「……感謝致します。……あぁ、勿論費用は手前で用意致しますゆえ、ご心配なさらず」


「いや、それくら…………アッ、はい。了解です」




 おれとしては正直なところ、霧衣きりえちゃんが寂しい気持ちを味わわなくて済むし……なによりも彼女の安全が確保できるため、非常にありがたいのだが。

 それにしてもテグリさん……完全無欠の万能キャラかと思いきや、もしかするとお料理は不得手なのかもしれない。


 なるほど……ギャップもえ、ってやつだな!




 そんな感想を表情に出さないよう細心の注意を払いながら……おれたちは普段よりもちょっと賑やかな昼食を、おなかいっぱい満喫したのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る