第180話 【案件商談】最初から解ってたよ



 かちこちに強張っていた肩から一気に力が抜けてしまうほどに、おれにとっては予想外だったのだが……よくよく考えてみれば、今回の案件は配信サイトユースクのフォームからのコンタクトだったわけで。


 おれのチャンネル概要ページのメールフォームからの問い合わせだったということは……そこへ至るまでにはおれのチャンネルを見てくれていたという可能性だって、そりゃ当然あって然るべきであって。



 しかし……びっくりしたのは確かだけど、同時にとても嬉しいのもまた確かなのであって。




「えーーーーっと…………うわ、めっちゃ恥ずかし……ええ…………ほ、ほんとに……わたしの、視聴者さん、なん、です……か?」


「『故代の唄うたってみた』から追っています。……年末年始は、大変お疲れ様でした」


「私は大田さんに提案を受けてからの視聴者になります。……昨年末の、鶴城神宮三部作のあたりからですね」


「私も……昨年末くらいでしたかな。多治見から『案件候補者見つかりました!』と紹介されまして。どんなもんかと見てみたら、年甲斐もなく……楽しませて貰っております」


「あわわわわわはわわわわ」


(めっっちゃコアなファンじゃん……)



 順に……大田さん、多治見さん、関さん。

 きりっとしていて真面目一辺倒だと思っていた大田さんが火付け役だったのも驚いたが……失礼だが、けっこうご年配である関さんまでおれを知ってくれていたのには驚いた。


 そ、そっかあ。おれの動画、楽しんでくれてたのか。




「……という訳でして。職権濫用と取られるかもしれませんが……決して私情のみでの判断では無いこと、しっかりとした理由ありきで提案させていただいたことを、御理解頂けたでしょうか」


「は、はいっ! ……恐縮です」


「オレ……あいえ、自分の方からも…………ありがとうございます。ちょっとこの子、自己評価低すぎるところありまして。自分も気にしてたとこでしたので……」


「むむむ……」


「いえ、謙虚であるところは美点かと。……評価が伸びてくると、それに伴い……何といいますか…………気が強くなる配信者キャスターも大勢居ますので」


「で、ですよね! ほら! やっぱ調子のっちゃダメなんですよ!」


「いやぁ、『のわめでぃあ』さんはもっとバズって良いと思いますけどね」


「ほええ!?」



 掛けられたはしごを昇ろうとしたら、そのはしごをいきなり外され……ここが商談の場であるにもかかわらず、おれは思わずのような、どことなく間抜けさ漂う悲鳴を上げてしまう。

 しまった、と思うも時既に遅し。周囲を見回すと、その場の全ての人々の(心なしか生暖かい)視線がおれに注がれ……なんというか、とてもいたたまれない気持ちになる。


 率直にいって……めっちゃ恥ずかしい。



「さて。他疑問点が特に無いようでしたら……とりあえず、一旦みますか?」


「ホェ!? いいんすか! ……何ほっぺプクーしてんすか若芽わかめちゃん。見学行きたくないんすか?」


「いきたい。見たい。…………あっ! ……見たい、です」


「そうですね。せっかくご足労頂きましたので、是非ご覧下さい。お返事はぐでなくても結構ですので。……じゃあ多治見、案内してあげて」


「わかりました。……では、どうぞコチラヘ。お荷物は置いといて頂いて構いませんので」


「「よろしくおねがいします!!」」


(まーす!!)









「……というわけで、コチラがPRして頂きたい商品……兼、報酬として貸与させて頂く車両になります」


「おおーー! カッコいい!!」


「……ベース車はハイエースっすか? ロングの」


「そうですね。スーパーロングの特装車になります」


「な、なるほど。でよく見かける車両っすもんね」


「ええ。やはりトップクラスのシェアを誇る車両ですので、走行性能も安全性能も申し分ありません。居住性も拡張性も高く、良い車両ですね」


「そ、そうっすよね……」


「多治見さん中! 中見て良いですか!!」


「ええ勿論。鍵は開いてますので、どうぞご覧下さい」


「やったーーーー!!」


「…………子どもっぽいところも……あるんですね」


「ははは……仕事のときは精一杯取り繕ってるんすよ」



 モリアキがなにやら諦めたような表情をしているが、とりあえずそんなことは後回し。それどころじゃない、まずはこっちだ。


 眼前に鎮座する大きな車両……といってもギリギリ普通車の括りに入れられるだろう。高さ制限には気を付けなければならないだろうが、町乗りしていても違和感が無いバン車両だ。

 外観では、天井高と後席の窓のあたりに手が加えられているのが見て取れるが、それ以外はほぼほぼふつうのバンに見える。ボディは暖かみのあるウォームベージュで染められており、やはりふつうの商用バンとはひと味違うのだろう。……しらんけど。



(めっっちゃ興奮してるじゃん。そんなにこのクルマが気に入ったの? 確かに大きくて頑丈そうだけど……)


(うふふふラニちゃんや……余裕ぶってられるのも今のうちよ)


(な、なに……なんなのこわい)



 そして……いよいよ、キャンピングカーがキャンピングカーたるゆえんの、キャビンスペースを拝見させていただく。

 ドキドキしながらスライドドアに手を掛け、思いきって取っ手を引く。ドアはおれの手を離れゆっくりと開いていき……予想以上の光景が、おれたちの目に飛び込んでくる。



「「おおーーーー!!」」


(なにこれ……すっご……もう家じゃん)



 出入り口正面には、セカンドシートのベンチを利用したダイネットが備わる。折り畳めそうなテーブルを挟んだ反対側には、どうやら反転してこちらを向いているらしい運転席と助手席。

 つまり駐車時にはテーブルを囲んで、四人向かい合ってくつろげる配置になっているのだ。

 多治見さんや関さんに『屋外で活動するときの拠点に』とか『出先で撮影するときのスタジオ代わりに』とか言われていてから、どんなもんかと気にはなっていたけど……なるほど、これなら余裕で撮影できるわ。


 加えて……車両後方には横向き配置のロングソファ兼二段ベッドと、それに向き合う形のコンパクトなギャレー。据え付けのコンロこそ無いものの、小型軽量のカセットコンロでも持ち込めば何も問題ない。その更に隣、車両最後部には……なんと小さいながらも、シャワーが使える防水ルームまでついている。

 なんというか……至れり尽くせりだ。比喩ではなく『住める』だけの装備が整っており、これがあれば活動の幅も大きく広がることだろう。




「ねえモリアキ……おれこれほしい」


「気をしっかり保ってください先輩。地が出てます(小声)」


「!! ……あぅ」


「……まぁ、気持ちはわかります。……ぶっちゃけオレも同じ感想ですし」


「…………んへへ」



 もともと乗り気だったけど……現物を見せてもらって、より一層気持ちが高まった。

 魅力的きわまりない移動拠点を(一年間の期間限定とはいえ)借りることができ、おまけに『のわめでぃあ』をアピールするためのお仕事もさせてもらえる。


 どう考えても、トクしかないだろう。

 それに……配信者キャスターとしてのお仕事事情に詳しい広告ウィザーズ代理店アライアンス社の大田さんとは、可能な限り良いお付き合いをさせていただきたい。あわよくば今後ともごひいきにお願いしたい。



 …………と、いうわけで。





「受けよっか」


「そっすね」


(やったー!)



 はい、満場一致でございます。


 わたくし木乃若芽きのわかめ、誠心誠意お勤めさせていただきます!



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