第178話 【案件商談】本日のおすすめ


 おれがなる前も、そしてなってからも……気心知れた相手と遠出するというイベントは、おれはぶっちゃけかなり好きだ。


 高速道路のサービスエリアはやっぱりいつ訪れてもワクワクするし、仲間内以外のが居ない車内では思う存分騒ぎ放題だ。大音量でアニソンゲーソンを流したり、タブレットでお気に入りのアニメ視聴会を繰り広げたり、唐突にゲームを始めたり。


 そんな和気あいあいとした雰囲気を、おれは非常に好いている。

 その思いは当然、おれがなった今でも変わらない。




 だからこそ、今回の話が舞い込んできたとき……おれは内心、小躍りしたくなる心境だった。


 なる前ののままだったら、憧れこそすれ到底手の届かなかった存在。それは多くの人々を魅了してやまない商品ではあるが……生涯でそれを手にすることのできる人は、ごく一部に限られるだろう。


 今回の案件の依頼者『三納みのうオートサービス』さんはそんな商品を手掛けている、その筋では有名な老舗自動車用部品メーカーだ。






「うーん……ナビではそろそろのハズなんすけどねー……」


「めっちゃ田んぼだぞ……そんな工場っぽい建物なんて…………アッ、あれか!? あの左ななめ向こうがわの!」


「んー…………アッ看板ありました! あれっすね!」


「おっけーついた! ……三十分前か。ちょうどいい時間かな」



 おれたちの住む浪越市から、中日本北越自動車道へ乗って北上すること……およそ一時間。

 県境を跨いで山の方へと幾らか進んだ山あいの盆地に、目的地である『三納オートサービス』さんの本社工場は位置していた。

 動画配信者ユーキャスターとしてのおれを選んでくれた、(例外となる鶴城さんを除けば)初となる企業様。その期待に応えなければなるまいと、いやがおうにも緊張と期待は高まっていく。

 そうこうしている間にも、車は目的地へと到着する。この後は期間や費用や提案内容などを詰めていくための、大事な大事な商談が待っているのだ。





「ご足労頂き、有り難うございます。三納オートサービス取締役、せきと申します」


「同じく営業部、多治見たじみと申します」


「株式会社ウィザーズアライアンスより参りました、大田おおたです。宜しくお願い致します」


「こちらこそ。わざわざお声かけ頂きまして、ありがとうございます。若輩ではありますが動画配信者ユーキャスターとして活動しております、木乃きの若芽わかめと申します」


「マネージャー兼広報担当、烏森かすもりと申します。本日は宜しくお願いします」


(万能型アシスタント妖精の白谷シラタニです。よろしくね)


(お話中は笑わせないでよね!?)




 応接室へと通されたおれたち二人(とこっそり同席している小さな一人)は、とりあえず先方のお三方と軽く自己紹介を交わす。

 先方は順に……白髪が混じり始めたナイスミドル、良い感じに日焼けした体格の良い中年男性、そしてスーツ姿の細身の男性。対するこちらはご存じの通り、三十代一般成人男性と元・三十代一般成人男性。

 今日は基本装備の魔法使いローブではなく、失礼の無いようそれっぽい商談用コーディネートに身を包んでいるので、いつもよりもオトナな雰囲気だ。……その実体は子供服だけど。


 おれは以前の職場で身に付けていた社会人スキルを遺憾なく発揮し、見事に下手したてに出てのご挨拶をバッチリとこなしてみせた。

 見た目十歳児がなかなか堂に入ったお辞儀と名刺交換をしてのけたとあって、あちらさんも少なからず驚いてくれたようだ。


 ちなみにこちらの名刺は……烏森かすもり先生が一晩でやってくれました。まじ神。



 さて。今回俺が受け取ったお仕事依頼メールだが……案件の打診元は、何を隠そうこちらの三納オートサービスさんだ。

 同席している『ウィザーズアライアンス』社とは、つまるところ広告代理店である。こちらの大田さんが数ある配信者キャスターたちの中からおれに白羽の矢をたて、三納オートサービスさんもその提案を受け入れてくれて、そうして晴れておれと三納オートサービスさんを結びつけてくれた……という経緯になる。

 ……名前からして、やはり配信者キャスター専門の広告代理店なのだろうか。まぁ今は別にいいか。



 とりあえず重要なことは……先方はおれたち『のわめでぃあ』に広告業務を依頼したいと考えてくれており、おれたちは先方より提示された条件に魅力を感じたからこそ、直に言葉を交わす機会を設けて貰ったのだということ。

 双方歩み寄りによって実現したこの席で、おれたちは案件の内容を再確認し、これから擦り合わせを行っていくのだ。




「えっと……まず、確認させて頂きます。今回の企画内容の大筋としましては、まず御社の製品をわたくしどもで体験させていただき、その使用感および使用風景、そしてメリットを纏めた動画を作成し、御社の社名・製品名等の情報とともに公開させて頂くこと。……これが、まず


「はい。仰る通りです」


「……そして、。御社が出展予定の展示会イベント等に、販促要員として参加すること。対象は今年開催予定の四つのイベント。つまりは一年間で四回に限り、われわれは御社にスケジュールの優先決定権を賦与すること。……という認識で宜しいでしょうか?」


「はい。問題ありません。あくまで『スケジュール面での優先権』という形ですので、冠婚葬祭や疾病等の止むに止まれぬ事由に関しては、そちらを優先していただいて構いません。その際は勿論、違約金等を請求するつもりもございません」



 ここまでは、事前のメールでも教えてもらっていたことだ。

 タイアップ動画の撮影・公開だけでなく、販促会の際のお手伝いも要求されているあたりが、一般的な案件とはちょっと異なるだろうが……その販促活動についても、メールに記載された業務内容を確認してみても、特に変なところは見られなかった。

 つまりはお仕事内容としては、非常に真っ当なもの。

 むしろ……『仮想アンリアル』ではない、実体の身体を持った配信者キャスターであるおれだからこそ、今回案件のお鉢が回ってきたのかもしれない。



「……そして、あの…………わたし自身ちょっと、いまだに半信半疑なんですけど……それらの企画における、われわれの報酬が……ですね」


「そう、ここです。オレ……いえ、我々としても気になっていたのですが…………?」


「ええ。……なんでも聞くところによると、今後は旅行動画やアウトドアでの活動も視野に入れて居られるとか。その際に弊社の製品であれば、木乃きの様のお役に立てると考えて居ります」


「さりげなくほんの一言、弊社の社名を口にして戴ければ……それで充分すぎる宣伝効果は期待できると大田様に助言頂き、我々も納得の上で結論致しました」


「……補足させて頂きます。三納オートサービス様の要求としましては……メインとなる商品紹介動画に加え、今後『のわめでぃあ』様がスタジオ外での活動を行う際、そのとして本製品を可能な限り使用して頂くこと。また使用されました際には最低一回、動画内にて『三納オートサービス』社の社名を告知していただくこと。以上が『動画による製品アピール』の概要となっております」


「…………御社の要求は、把握しました。……それに対する『報酬』が…………ですか」



 広告ウィザーズ代理店アライアンス社の大田さんからの補足説明を受けて、お仕事の内容を確認したおれは……机上の資料に目を向ける。

 そこに用意された資料は、今回おれたちが宣伝する商品……であると同時。


 成約の際のとして、が約束されている、三納オートサービスさん渾身の一品。




「……4WD6ATガソリン車。乗車定員八名、就寝定員四名+小人一名、ギャレー・防水マルチルーム付」


「いわゆるバンコン、ってやつっすか……しかも特装グレード」


「ええ。弊社自慢の一品です」




 子供心と冒険心を忘れない、多くの大きなお友だちの憧れの品。

 興味は尽きないけれど……様々な理由により手にすることを諦める人が多い、贅沢品に分類されるもの。

 老舗に部類する自動車部品メーカー、三納オートサービスさんの注力商品。


 誰が呼んだか『自走する別荘』。

 それすなわち……キャンピングカーだった。


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