第168話 【披露配信】序列わからせ戦・破



 現在絶賛ライブ放送中のスタジオ、そのフローリングの床にて……二つの人影が正座で向かい合い、静かに佇んでいる。


 西側に座す一人は、おちついた和服を着こなす白髪の美少女。正座の姿勢も堂に入っており、その姿もその表情も大変落ち着いている。

 一方で東側に控えるのは、魔法使いふうのローブを纏う若葉色の髪の少女。表情こそ余裕を形作ろうとしているものの……頼りなさげに揺れる姿勢を見るまでもなく、いかにも自信なさげな様相を呈している。……まぁおれなんだけどね。



 両者の間には、厚紙で作られたカードがずらりと並べられている。

 それぞれ十五字程度のひらがなのみが書き綴られたそれらのカードは……画面向かって左側の美少女の前には、四段組の七十枚。少しの空白を隔てた対岸、画面向かって右側のおれの前には……三段組の、三十枚。


 比率にして、まさに七対三。なかなかに圧のある勢力差であるにもかかわらず、大勢を前にした白髪美少女は穏やかな笑みを崩そうとしない。





「えーっと、なかなか大人げないことになってるけど……あらためてルールを説明するね」



 審判兼進行役であるラニが音頭を取り、おれたちはカメラ方向へと視線を向ける。

 小さくたって高性能なアシスタントさんはカメラの死角から、タブレットPCとにらめっこしつつ口上を述べていく。



「ルールは標準的な『ゲンペーカッセン』。ランダムで読み上げられる『カミノク』を聞いて、対応する『シモノク』のカードを取り合うゲーム。相手の陣のカードを取ったら、自陣から好きなカードを相手の陣へ押し付けることが出来る。逆に自陣のカードを取られたら敵陣から一枚受け取らなきゃいけないし、『オテツキ』したときにも相手からカードを貰わなきゃいけない。先に自陣を空っぽにしたほうが勝利。……合ってる?」


「はいっ。万事問題ございませぬ」


「合ってる合ってる。すごいねラニ」


「えへへー」


「えーっと……This game is called Genpei Gassen, and it's a competitive game using Japanese tanka poems――」



『おとなげないのわちゃん』『エグい戦力差』『ハンデでかすぎじゃね……』『しゃーねーだろのわちゃんなんだから』『ラニちゃんえらいぞ』『このハンデを抱えて涼しい顔よ』『リアルタイム通訳ぱねぇ笑うしかねえ』『赤ちゃんをのわちゃん呼ばわり草』『コレどっちが年上なんだろうな……』『きりえちゃんマジお姉さん』



 ラニが『百人一首読み上げソフト』のスタンバイを行い、おれが海外ニキネキ向けに簡単にルール説明を試みていく間、おれはディスプレイを盗み見てコメント欄を確認する。

 恥も外聞もかなぐり捨てたおれの『七対三』に呆れる声が散見されるが、こうでもしないと一方的な展開になってしまうことをおれの直感が告げていた。


 源平合戦……というか骨牌かるた百人一首は、記憶力はもちろん反射神経と瞬発力と体捌き、長時間に及ぶ集中力と体力などなどを総動員する……意外とハードな種目なのだ。

 その激しさや、一部では『畳上の格闘技』と呼ばれることもあるとかないとかあったとか。


 まあ、つまりはですね……いくら記憶力に自信がある叡知のエルフとはいえ、まともに当たって勝てる気がしないわけです。




「……っというわけで、そっちは準備良い?」


「はい。いつでも」


霧衣きりえちゃんなんでそんな余裕なの……! あぅぅ……いいよ! 始めよう!」


「オッケー! それでは……第一回『のわめでぃあ』杯……いざ尋常に!」






 合図とともにラニがタブレットを操作し、ランダムで選ばれた一句が今まさに読み上げられようとしている。


 札の列を覗き込むように上半身を乗り出すおれに対して、霧衣きりえちゃんは綺麗な正座姿勢のまま……目蓋を閉じて精神集中を図っているようだ。


 思わず見とれてしまいそうなその姿は、とても戦闘開始前には見られないのだが……もしかして序盤はおれに花を持たせてくれようとしているのかもしれない。それはそれで助かるような恥ずかしいような



『――――ほ「はいっ!!」


「「は?」」



『は??』『は!??』『ふぁ』『アッだめだこれ』『うそやろ』『はっえ』『は……?』『やべえ』『何この』『あっこれ負けたわ』『うせやろ』



『――――不如帰ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば……』


「『ただ有明ありあけの 月ぞ残れる』……頂戴致します」



 静かながら、どこか嬉しそうな霧衣きりえちゃんの宣言に我に返ると……おれの自陣の上段が一枚欠けており、そこへ霧衣きりえちゃんの自陣から一枚が差し込まれるところだった。

 それの意味するところは……至極単純。前のめりに構えていたおれの遥か上をいく反応速度と瞬発力で、決まり字『ほ』を認識した霧衣きりえちゃんのてのひらが『たたただ』の札目掛けて飛んできた。

 そしておれは……ろくに反応できなかった。



「まッ、……まぁまぁ、まだ始まったばかりですし……」


「おっ、そうだね。……じゃあ次いくよ」


『――――ふ「はいっ!!」


「「!!?!?!??」」



 またしても、たった一文字。

 タブレットが無作為に選び出した一句、その一文字目が発せられた次の瞬間には……今度は霧衣きりえちゃんの自陣最上段、カメラから見て手前から四番目の札が勢いよく弾け飛んでいった。



『――――吹くからに 秋の草木の しをるれば……』


「『むべ山風やまかぜを あらしと云ふらむ』……頂戴致します」



 すっと立ち上がり、飛んでった札を回収し、しずしずと元の場所へ戻って座り直す。

 タブレットから流れる読み上げの、反復する二順目に被せるように……またしてもどこか得意気な微笑みとともに、霧衣きりえちゃんは文字札を掲げた。



 ……あっ、これだめだ。



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