第119話 【補足事項】神様のキャリアプラン



「ほんっと! 神様もひとが悪いよ! ても別に死ぬわけじゃない、って……そんな大事なこと、もっと早く教えてくれてよかったじゃん!」


『まァ人間ヒトでは無いからな。そもそも貴様が先走り、勝手に思い込んだだけであろうに。他神タニンへの責任転嫁など誉められたモノでは無いぞ?』


「えっと…………わたくしは、ワカメ様に拾っていただけて……その、とても嬉しく思って居りまする」


「………………んフフ……えへへ」


『あぁ、ノワ……キミって…………やっぱチョロいよね』


『チョロいな』


「うるさいな! このマスコットどもが!!」



 日付が変わって早々たたみ掛けられた怒濤の第一波を凌ぎきり、おれとシロちゃん……改め、霧衣きりえちゃんは現在休憩をいただいている。

 おれは日付が変わる前にもちょこっと参戦していたので、そろそろいい感じに慣れて来た感覚がある。


 鶴城つるぎさんの助勤アルバイトは、一時間半のおつとめの後に小休憩が三十分でワンセット。この合計二時間を延々繰り返すことになるらしい。ちなみに食事や仮眠の時間はこの流れとは別に、それぞれちゃんと確保されているんだとか。

 とはいえなにぶんかなりの長丁場、しかも夜勤込みになるので……同僚の助勤アルバイトの女の子たちの中には『もぅマヂ無理』『ヤバイつらたん』『マジ卍』『ぴえん』と感じる子も勿論いるだろう。

 時間の経過と共に疲労は蓄積していくだろうし、彼女たちはまだ若い。中には未成年の子だって居るのだ、泣き言が出たって当然責められることではない。


 だが……一方で。おれが前世で男だった頃に勤めていた職場は昼夜交互の二交代制の現場だったため、おれはそもそも夜勤に対して耐性がある。

 前職は八時から十時まで働いて、小休憩10分を挟んでその後は十二時まで。昼休憩一時間の後は一時から三時まで働いて、10分の小休憩を挟んで五時まで。残業が発生すればそれプラスアルファで労働時間が加算されるという……まあ、割とよくあるタイムテーブルだと思う。

 おれの元・職場は、それが二週間ごとでローテーションしていた。昼勤二週間のあとに夜勤も同様に二週間、それぞれ丸十二時間ズレるタイムテーブルとなる。おかげで夜勤にも適応できる身体になったわけだが……こんなところでそのときの経験が役に立つとは。


 つまりは、まぁ…………あんまり疲れていないのだ、おれは。

 だからこそこうして『一般人には見えないから』ってはしゃぎ回っているマスコットどもラニと神様と、他愛もないお喋りに興じる余裕もあるわけだ。

 一方で霧衣きりえちゃん以外の同僚の女の子たちは、早くも表情がやばい。やっぱりまだ若い女の子なので、気温的にも体力的にも厳しいんだろう。無理はしないでほしい。




「じゃあ、なに? 今まで『お役目』を終えた先輩シロさんたちは……今もふつうに、ばっちり生きてるの?」


『応とも。大抵は国の職員……『神社庁』とか云ったか? 籍を適当にこしらえてな、悠々と第二の人生を歩んで居るよ』


「せ、籍を適当にこしらえて、って……」


其処ソコは……ホレ。の国の役所やら中央にはが潜り込んで居るからな。其奴達そやつらさせるだけの事よ』


「え……ぇえぇ? じゃあなに、おれってばつまり……単にワガママをゴリ押して、転職とキャリアアップの邪魔しちゃっただけ……っていう?」


! ……否定は出来ぬな』



 休憩室として割り当てられた大広間の手前。そこかしこに慌ただしく関係者が往来する廊下の片隅にて、おれたちは長椅子に腰掛け言葉を交わしていた。

 顎に手を当てて、落ち着いて記憶を掘り起こしてみると……確かに、『神力(=魔力)の供給は途絶える』とは言っていたが、それが『死亡』に繋がるとは一言も言っていない。

 『ぐに死ぬわけではない』と言われたから『なんとかしないと命の危機なのだ!』と勘違いしてしまったが……ぶっちゃけ依代シロさんじゃなくとも、飲まず食わずでいればそりゃいつかは死んでしまうだろう。だが今日じゃない。


 お役目を終えたシロちゃんが死んでしまうと早合点して、その後に用意されていた彼女のための人生プランを部外者に御破算ごはさんにされれば……さすがにそりゃあ『気に喰わぬ』といわれても仕方ない。いや、正直すまないと思っている。



「ごめんシロちゃん!! ……じゃない! 霧衣きりえちゃん!!」


「おっ、お顔をお上げくださいワカメ様! 此度はわたくしが自ら選んだことにございまする! 微塵も後悔して居りませぬ!」


「ヴゥッ……ぎりえぢゃん……!!」


『はいはいご馳走様。やったねノワ。家族が増えるよ』


! 我としても異存は無い。……確かに、貴様等の存在は何かと便だからな。貴様達と良きえにしが結べた事は、まっこと僥倖で在った』



 聞くところによると……フツノさまがシロちゃんの身体を使用し出陣することを決めたのは、おれがリョウエイさんに対処を依頼される直前の出来事だったという。

 フツノさまにしてみても、可能であればシロちゃんを使いたくは無かったのだろう。『おれにどうにか勝利してほしい』という考えは嘘偽りないものだっただろうし、だからこそリョウエイさんに『カクリヨ』の行使権を預けたり『豊穣』の御守りを回してくれたりと、至らぬおれのフォローをしてくれていたのだろう。……まぁ結局おれの手には負えなかったんだけど。



 彼女は依代(厳密には候補)としてのお役目に加えて、鶴城神宮の内務も幾らか請け負っていたとのこと。神使として『裏』の業務に通じつつ、チカマ宮司との連絡を請け負ったりと『表』の方々とも関わりがある。

 いくら命を落とすことが無いとはいえ、神力を喪っては『裏』の方々と接することが出来なくなってしまうため、鶴城神宮がわとしても苦渋の決断だった……らしい。


 そこへ来てふらりと現れたのが、何を隠そうこの世界で(たぶん)唯一のエルフ種である、おれだ。途方もない魔力神力を秘めたおれに(おれ本人が知らないところで)白羽の矢が(いつのまにか)立っ(てい)た。

 おれと魂の契約を結び、おれの持つ魔力を授かる妖精種族……白谷さんの存在が決め手となった……らしい。


 加えて、ほかでもないシロちゃ……霧衣きりえちゃん本人と、おれとの関係が良好だったこと。

 おれの人となりを観察していく上で……身内として抱き込むことのメリットが多いと判断されたこと。

 というか……霧衣きりえちゃん本人には、前もってこの案が打診されていたのだという。……あの、ちょっとまちたまえ君たち。



『まァ……順は前後したがな』


「多少? ねぇ多少?」


『年始の祭事が片付いたら、あの娘の当面の生活費と……そうさな。此度の報酬に加えて、として幾らか包ませよう。期待して居れ』


「えっ!? そっち!? いや、嬉しいけど……あの、『ごめん』とかそういうのは」


呵々々カカカ! 我は鶴城ツルギの神なるぞ? 神とはそもそも身勝手なモノよ。そう易々と頭を下げると思うてか』


「ぇえ……ブレないなぁ神様……」



 ……まぁ、おれとしても失ったものが特にあるわけでも、何か被害を被ったわけでも無い。

 一回軽く死にかけたとはいえ、それはおれがこの副業を続ける限り避けられない危険なのだ。鶴城さんのせいでは無い。


 おれ抜きで話を進められていたという点も……リョウエイさんからはちゃんと謝罪の言葉を貰ったし、結局のところおれも同じ結末を選択したのだ。霧衣きりえちゃん本人も含めて全員が納得しているなら、これ以上波風を立てることでも無いだろう。





「えっと……で、では……ワカメ様」


「んへ?」


「ふつっ、不束者ふつつかものではございますが……この霧衣キリエめを、どうか宜しくお願い致しまする」


「…………んっ。よろしくね、キリエちゃん」


「……っ、はい!」


『まぁ……とりあえずは、この繁忙期を乗り越えないとね』


ゆめ忘れるな、少なくとも今日一日は我のしもべ。貴様達二人はわば『奥の手』『秘蔵』と云う奴よ、途中離脱は認めぬ。く休み、く励むが良い』


「うへぇ…………がんばります……」





 あぁ……そうだ。そうとも。


 おれたちの長い長い戦いは、まだまだ始まったばかりなのだ。



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