第118話 【謹賀新年】つまりはこれからも



 ………………




 …………………………




 …………………………………………





「お待たせいたしました。明けましておめでとうございます。…………はい、……はい、……はい。承りました。御初穂料二千五百円、ご用意をお願いいたします。……はい。確かに。どうぞお納めください。……はい。お疲れ様でございました」


「ようこそお参りでございまする。……はい。……はい。承りましてございまする。御初穂料千五百円、お納めをお願い致しまする。…………はい。こちら三体、お納めくださいませ。失礼致しまする。……はい。ようこそお参り下さいました」




 …………おかしい。

 これは…………おかしい。


 なにかあったに……違いない。




 とりあえず、現状を説明させていただこう。


 現在の時刻は……なんと、てっぺん回って零時五分。

 そう、何を隠そう(隠してないけど)ついさっき年が明けたばかりなのだ。


 なにはともあれ……あけましておめでとう、親愛なる人間種諸君。


 夕方頃に予定外の急務こそ入ったものの、今は予定通りおしごとの真っ最中である。新年を迎えたばかりの鶴城神宮は、一斉になだれ込んできた参拝者の波によって見渡す限りの人・ヒト・ひとアンドHITO。境内は大まかに一方通行の区画整理がなされ、混雑を可能な限り緩和しようと誰も彼もが頑張っている。

 おれが座る授与所の窓口から見た限りでは……廻り方の、たしかアザマルさんだっけ。彼が比較的すいている窓口へと参拝客を割り振ろうと奮闘している様子が見てとれる。

 …………まぁ、残念ながらあまり功を奏していないんだけど。



「ようこそお参りでございます。……はい、……はい!? ……えっと、はい、承りました。……御初穂料……いっ、一万二千五百円、ご用意をお願いいたします。……はい。確かに。どうぞお納めください。……はい。お疲れ様でございました。良い一年でありますように」



 SNSつぶやいたーで事前に宣伝した甲斐あってか、おれ目当てで来てくれたという参拝客の方々が(驚くことに)何人も居た。

 握手して『ありがとうございます!!』って言いたいところだけど……今のおれは巫女さんなのだ。研修三日か四日かそこらの新参ぺーぺーだけど、その意識だけはプロ並みなのだ。

 おまけにおれには、エルフとして生を受け生まれ変わったときに備わった反則チート的語学力がある。アザマルさん始め参拝者誘導係の方々には『日本語が得意じゃない方々は、なるべくおれに回してください。何とかします』と伝えてあるので、国外からお越しの参拝者さんたちは優先的におれに回される。

 ……よって、おれのところに並んでいる方々は……必然的に多い。


 つまりはおれを見ている目の数も当然多くなるので……巫女さんとしてお勤めする以上は、ふさわしくない行為は慎まなければならない。

 なんてったっておれの仕事の様子は参拝者さんたちだけではなく、神様だって見ているのだ。初詣に来る人だって次から次へと尽きることは無いだろうし、てきぱきとこなさなければいけない。



 …………まぁ、それは良いんだ、別に。最初からそのつもりだったし。シロちゃんから仕事内容を聞いてある程度覚悟していたことだし。


 だけど……だけど、さすがにはおかしいと思う。




 なんで、どうして、おれの窓口に並んでいる参拝客の方々が!

 というか……おれの窓口だけじゃなく! 周囲に並ぶ方々までもが!


 全員! スマホを! カメラを! 当然のようにコッチへ向けて構えているのか!!





『ノワのエルフ耳が珍しいからじゃん? それか……あれだよ、やっぱ黒髪でも『カワイイ』は目立つんだって』


(境内って撮影禁止だったりするんじゃないの!? ちょっと神様どうなってんの!?)


『ねぇ神様、境内カメラ禁止じゃないの、ってノワがおキレになられてるんだけど』


! 良いのか? 貴様のカメラも取り上げる事と成るぞ?』


(ぐ…………それは、やだ)


『やだって。じゃあ仕方無いね』


『応とも。仕方無きことよ。なァに魂を吸われるでも在るまい、我慢せえ』


「ンアー…………!!(小声)」


「わ、ワカメ様!? 大丈夫でございまするか!?(小声)」


大丈夫大丈夫じゃないです!!(小声)」



 参拝者さんたちや手前、さすがに大きく取り乱したりは出来ないが……かといって受け流せるほどおれは大人じゃないので、小さく取り乱す。

 本来であれば、私語は当然誉められたもんじゃないだろうが……今日に限ってはまるで戦場のような有り様なのだ。補給兵……もとい頒布品供給役の子や、通信兵……もとい在庫管理係の子と業務連絡していてもおかしくないので、つまりはギリギリ許される。そう思うことにした。


 そんな感じでいっぱいいっぱいになっているおれの様子を暖かく見守る、大小様々なレンズとソレを構える人々の群れ。……その中にはカメラもろとも姿を隠した白谷さんの姿もあるのだが……それ自体は別に良いとしよう。そもそも、自分たちの活動報告用としての映像記録は、打ち合わせの段階で許可は貰っている。これは別に良いのだ。


 問題は……白谷さんの、すぐ隣。

 そこに存在するモノを認識してしまって、ちょっと頭を抱えたくなる。



しかし……棒振は未々まだまだだが、仕事の手際は中々なかなかに見事では無いか。……あー、ワレらも優秀な働き手をさらわれたからなァ、優秀な長耳の化生ケショウを巫女に欲しいところだがなァ……』


『それは言わない約束だよ神様。シロちゃ…………キリちゃん本人が望んだんだから。それにノワにはでのお仕事……を請け負わせるんでしょ?』


! ……そうさな。さすがに大人気おとなげ無かったか』



 ……ちくしょう。比喩でもなく中での助勤アルバイトなんて、まったくもって冗談じゃない。

 芸が細かいというか何というか……わざわざ白谷さんと似たり寄ったりな背格好になって、白谷さんとツルんでおれを冷やかしに来るだなんて……本当に冗談じゃない。

 見た目妖精か小人かなのに、その中身はアレだぞ。恐ろしいったらありゃしない。

 おれの精神的不調の元凶を睨み付けて不満を訴えてやりたいところだが、今のおれは接客中だ。こんな寒い中わざわざ足を運んでくれる彼らの心境を鑑みると、不誠実な対応なんてとてもできない。


 結果としておれは、自由気ままな神様とおれの相棒との世間話を聞き流しながら……しかし精神の安寧を得るべく、すぐ隣でにこにこ笑顔でお仕事をこなすシロちゃん……改め、霧衣きりえちゃんをそっと横目で伺い……



 お仕事中なので控えめながら、それでも心からの安堵の表情を浮かべたのだった。






 その瞬間の表情をラニカメラだけではなく参拝者スマホにもすっぱ抜かれて、やれ天使だやれ慈愛だやれ聖母だなどと好き勝手に祭り上げられることになるだなんて。

 オマケにその副次的効果で、国内外含めてチャンネル登録者数が倍率ドン! することになるだなんて。



 霧衣きりえちゃんの横顔に見惚れていたこのときのおれには、まったく予想できるハズも無かったのだった。






――――――――――――――――――――



どうかよろしくね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る