第117話 【年末騒動】彼女の選択
「さァ、て……訊きたい事が在るのだろう?
敵となるもの全てが消え失せた『カクリヨ』の結界内で……シロちゃんの身体に宿った『剣神』フツノさまは、タクシーのボンネットにどっかりと腰を落として胡座をかくと、堂々たる口調でそう言っ……
「今の
機嫌が良い、というのは本当なのだろう。普段のシロちゃんとは方向性がやや異なるとはいえ、その顔に浮かぶのは晴れ晴れとした笑顔。……控えめに微笑む普段のシロちゃんも尊いが、この青空のような笑顔もなかなか捨てがたい。
違う、そんなこと考えてる場合じゃない。
おれのなかで渦巻いている、ある
「…………さっき、『せっかく大切なシロを投じたのに』って言ってましたよね。……シロちゃんは、今どうなってるんですか? フツノさまって、本当にあの鶴城さんの主神のフツノさまなんですか? ……シロちゃんは、大丈夫なんですか?」
「良かろう。順に答えよう。此の
「っ…………!?」
……以前と同じ状況へは、戻れない。
今確かに、はっきりと、鶴城の主神その
震えそうになる喉に無理矢理平静を繕わせ、絞り出すように問いを続ける。
「……どう、なっちゃうんですか、シロちゃんは。……フツノさまが離れたら、シロちゃんはどうなっちゃうんですか」
「
「な……ッ!? そんな!! そんなの、」
「
「!? ちょ…………ま、まって……『シロ』って……名前、一族、って……」
「……
「…………そん、な」
あの子が……おれにいろいろと教えてくれた、小さくて可愛らしい頼れる先輩巫女である、シロちゃんが。
自分自身の、本来の名前さえ名乗ることを許されない……そんな『使い捨て』の道具のような扱いを受けていただなんて。
鶴城神宮が。この国の神々が。それに連なるひとたちが。
そんな、
「あぁ、勘違いするで無いぞ?
「っ、……なんとか! 何とかならないんですか!?」
ほんの数日、ほんの数回顔を合わせていただけだったが……ほんのわずかに、彼ら彼女らの間柄を垣間見ただけだったが。
控えめで大人しいながらも、優しく笑うシロちゃんが。
無愛想で不器用ながらも、その実はとても思慮深いマガラさんが。
どこか底知れぬところもあるが、心穏やかで調和を尊ぶリョウエイさんが。
彼らの関係が、今日これ限りで終わってしまうということは……『残念』なんていう一言では、到底表しきれない。
「業腹だが……我には何も出来ぬな。結界から出て
「…………………………え?」
落ち着け。考えろ。冷静になれ。
今フツノさまは……何といった。
神様との縁が絶たれても。神様から神力を授かることが出来なくなっても。
そう言ったのではないか?
「………………」
「………………」
おれと同じ結論に辿り着いたのだろうか。おれと深い深い
「……フツノさま」
「…………小娘が。
「はい。…………気に入りませんか?」
「
「え、ちょっ……」
シロちゃんに収まるフツノさまは、そう言うと
……それと同時に、シロちゃんを取り巻いていた神力が、あっという間に霧消する。
その
しばし周囲へと巡らされた瞳が、間近で見つめるおれに焦点を合わせる。
「っ、ぁ…………ワカメ、さま……?」
「シロ…………ちゃん」
「……わた、くしを……シロ、を……いえ…………『
「…………シロちゃん」
やはり……彼女は全てを知った上で、こうしておれを助けに来てくれたのだ。
おれにこの事態の解決を依頼したのはリョウエイさんだけど、そもそもリョウエイさんが察知して対策を打ってくれなければ……年末年始の大にぎわいな鶴城神宮を襲われ、尋常じゃない被害が出ていただろう。
名も知らぬ多くの人を守るために、シロちゃんはこの辛すぎる役割を引き受けたのだ。
こんな良い子が死ななきゃいけないなんて……そんなのは絶対に、絶対に間違っている。
「『御役目』を終えた、わたくしを……受け入れて…………くださる、ので、ございまする……か?」
「シロちゃんが……良いなら。…………おれは、シロちゃんを……『シロ』じゃなくなったとしても、
「っ……!? わ、ワカメ……さま……」
清らかさが形になったかのように綺麗な純白の髪と、未だ幼げながら浮世離れした風貌を備えた……神の導き手として生を受けた、神狗の少女。
周囲の誰もが想定していたよりも遥かに早くにその御役目を終え、御役御免となった……小さな女の子。
おれの提案、おれの求めに対して……彼女が下した回答。
生まれも役目も関係無く。彼女本人の口から発せられた、他の誰にも……それこそ神様にも強いられない、彼女の希望。
………………それは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます