第110話 【年末騒動】緊急出動だよ!




 冬の陽は短い。夕方五時も回れば、既に太陽は高度をかなりの低さまで下げてしまう。

 それに伴い当然周囲の明るさも失われていき……まだ夕方六時かそこらであるハズなのに、鶴城神宮最寄り駅である神宮東門駅のロータリーは不気味な暗がりで満たされていた。



「ノワ……大丈夫? 無理だけはしないで」


「…………ん。まだへいき。リョウエイさんがくれた『お守り』のおかげかな? ……『苗』の場所、わかった?」



 相棒に問い掛けながら、バスの影からと姿を表した人形ヒトガタ――アンバランスな人体を模した赤黒い植物素材のカタマリ――異形の『葉』を目掛け、瞬く間に三射射掛いかける。

 およそ十メートル程度だろうか……あの『葉』との距離を一瞬で飛翔した魔力の矢は、頭と胸と腹に深々と突き刺さる。大紋百貨店のときより明らかに頑丈さを増していた『葉』だったが……ようやく動きを止めて崩壊し始めた。


 白谷さんの【蔵】から提供され借り受けた『聖命樹のリグナムバイタ霊象弓ショートボウ』。この異世界産の魔法武器をこの法治国家で振り回すことなど、平時であればそうそう許されないのだろうが……であれば大丈夫だろう。



「……正面のでっかい建物、『エキビル』っていったっけ。その上のほうに……厄介だね、よ」


「群れてるって……『苗』の保持者が!?」


「そう。……いわゆる『籠城戦』ってやつかな? 小癪なことを……!」


「徒党を組む……まぁ利害が一致すれば、そういうこともあるのか……」



 言葉を交わしつつも、射掛ける手は止めない。捕捉した端から撃ちまくって四体の『葉』を塵に返し、神宮東門駅の駅ビルむけて走りだす。

 幸いにして人波に揉まれる心配も無く、動きの緩慢な『葉』を蹴り飛ばし、ときに白谷さんが魔法で切り払い、改札フロアへと昇る大階段まで到達する。



「うーわ……なぁにこれぇ……」


「……エキビルごとぶっ壊せれば楽なのに」


「だめだよ、可能な限り穏便に済ませなきゃ。リョウエイさんに負担かけたくないし……犠牲者は、出したくない」


「…………ボクはノワのほうが大切だからね。これだけは言っとくよ」


「ん。……ありがとね、ラニ」



 ゆっくりとこちら目指して進軍してくる、大階段を埋め尽くすほどの『葉』の群れ。おれから見て距離が近い順に矢を放ち、少しずつ少しずつ削っていく。

 白谷さんの言う通り、纏めて吹き飛ばせれば楽なのだろうが……それはあくまで、本当に最後の手段。


 この戦場へと飛び込むときにリョウエイさんから言われた、ならびにここに至るまでの顛末を……おれは自らに言い聞かせるように、振り返るように思い起こしていった。





…………………………





 あれは……シロちゃんに仕事着を着付けて貰おうと、括り紐や帯や【変化】の髪留めの使用方法等を教えて貰っていたときだった。

 お着替えのために『さあ服を脱ごう!』としていたおれ達のもとへ、マガラさんいわく『重要なお客様との会談中』だったハズのリョウエイさんが、挨拶もそこそこに血相を変えて飛び込んできたのだ。

 もうちょっと入室が遅かったらおれがセンシティブなことになっていたのだが……おれの貧相でよろこぶようなリョウエイさんじゃないだろう、逆に申し訳無い気持ちになるところだった。まぁそれはべつにいい。


 珍しく焦った様子のリョウエイさんに詳しい話を聞くところによると……なんでも、鶴城さんの結界……鶴城神宮の敷地よりもギリッギリ外側に、わざわいの反応が見られたのだという。




「それって……ちょっと、やばいんじゃ……」


「やばいね。以前話した通り僕たち『鶴城』の神使は、この『神域結界』の中だからこそその権能チカラを十全に振るえる。……その一方で結界の外では、ロクに動くことさえ儘ならない。厄介な敵がすぐそこに居るって云うのに、指を咥えて見ていることしか出来ないんだ」


「…………その『苗』の……いえ、わざわいの数って、わかりますか?」


「ちょっ、ノワ…………まさか」


「仕方無いよ、戦えるのがおれだけなんだから。はおれの仕事だし。SNSつぶやいたーで告知したの時間まで、まだ時間あるでしょ? パパッと片付けちゃおう」



 幾つもの同族タネを滅されたことで、あの『苗』どもも多少なり学習したということなのだろうか。奴らにコミュニケーションを図る知能があるかは謎だが……保持者の人間どうしであれば、そりゃあ言葉も交わせるだろう。

 リョウエイさんたちのキルゾーンである鶴城神宮境内に侵入すること無く、安全地帯をウロウロと徘徊するばかり。こちらを明確に『敵地』と認識したような、これまでに見られない行動パターンだが……かといって調査に赴くことも難しいという。


 ならば……たかが口約束のみとはいえ、協力関係にあるおれが対処にあたるべきだろう。

 心強い味方も居るし、強力な異世界装備だってある。あの『葉』や『苗』保持者の数人程度、よほど無茶をしない限りは勝てるだろう。



「……済まない、恩に着る。此方で捉えたわざわいの数は……四つ。周囲の目を気にして居ては、如何に君とて簡単には行かないだろう。……よって、君たちが存分に力を振るえるよう、此方で場を整えよう」


「それは…………すごい。すごく、助かります」


「……結界【隔世カクリヨ】を、接敵と同時に展開する。……この結界内に、部外者は存在しない。幾らかは戦い易い筈だが……地形への被害は極力避けてくれ。多少はことわりの適応修繕で対処出来るが……現世と齟齬が出過ぎると、結界が破綻する恐れが有る」


「は、はひ…………気を付けましゅ」


「大規模に地を抉ったり、建物を破砕し尽くさなければ……ある程度は大丈夫だろう。それと……これくらいしか出来ないが、貰ってくれ」


「あっ、ありがとうございます。……おお、お守り? 『五穀豊穣』だって。……あんま見たこと無いやつだ」


「『豊穣』の護符。神力……君たちの云う『魔力』の消耗を、幾らか軽減出来る筈だ。……済まない、この程度しか力に成れず」


「いえ、大丈夫です。おれ……わたしたちが、なんとかして見せます」



 申し訳無い申し訳無いを連呼するリョウエイさんだが、現状提示された条件だけでも充分に力を尽くしてくれている。

 第三者の介入を防ぐという『カクリヨ』の結界と、魔力消費軽減の護符……この二つの条件が加わるだけでも、おれたちの取れる戦術の幅は大きく広がるのだ。


 先方は、好条件を提示してくれた。

 ならば当方は……その好意に応えるまでだ。




「それじゃ行ってくるね、シロちゃん」


「っ、…………どうか、お早いお帰りを」


「どうか、武運を。……我々も動いてみよう。…………シロ、話がある」


「えっ? は、はいっ!」




 そのまま込み入った話を始めようとする二人を後にし、隣室に待機していたらしいマガラさんに『俗界』へと還して貰い、人目を避けて鶴城さんの敷地から飛び出し……


 神宮東門駅周辺でを察知したのと、ほぼ同時。



 空気が冷えきり、

 周囲の光が減じ、

 数多の生命が瞬く間に消え失せ、


 おれたちと奴らとの戦いの場……『この世ならざるものの世界』へと、一瞬で切り替わった。


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