第107話 【年末騒動】きょうは遅番です
いきなりだが……今日はいよいよ大晦日。十二月の三十一日だ。
今晩から明日にかけて、激闘が待っている。昨晩はちょっと夜更かしをして、今朝は気合いを入れて遅くに起き、食事と身支度を済ませ……時刻はそろそろ十五時といったところだ。
ここ数日のおれの動きを振り返ると……朝は健全な時間に起きて、午前中は動画の編集をがっつりと行い、お昼を挟んだ午後は
我ながらあくせく動き回った三日間であり、来年に取りかかる新しい動画や実況配信のアイデアもいくらか捻り出すことが出来た。
もちろん先日の配信で宣伝した『
ジャンルごとにそれぞれ特化させた動画は狙い通り、それぞれを好む層へときちんと届いていたらしい。……やっぱりグルメ系は強いな。良いデータがとれた。
そして……そんな中でも堅実に打ち込んできた、巫女さん
ちなみに残念ながら『腰取り』は教えてくれなかった。当たり前か。シロちゃんが無菌清廉すぎたのだ。
「あー緊張してきた……おしっこ出そ」
「今のうちに出しちゃいなよ。ノワどうせ我慢できないんだから」
「ヒトをおもらし娘みたいに言わないでくれますかァー!?」
白谷さんの開いた【門】をくぐる直前になってもよおしたおれに対し、至極真っ当なツッコミが入れられる。
身も蓋もない言い方に少々カチンときたのは確かなのだが……これからおよそ二日間の長丁場なのだ。その間お手洗いのお世話になるのは間違い無いので、ならばとりあえず出勤前に済ませてしまおうというのは非常に理にかなっている。
口では反論を述べつつも身体の方は正直である。やっぱり出そうな感じになってきたので慌てて身を翻し、ドアを開けて自宅のお手洗いへと駆け込んだ。
「うう……仕事中はお水、あんま飲みすぎないようにしないと」
「難しいとこだよね。喋りっぱなしだと喉も乾くから水飲まないわけにはいかないし」
「そうなの……まあ一時間くらいごとに小休憩あるらしいし、そこまで耐えられれば…………コミケよりはマシだ」
「コ、ミ……? まぁ、無理しない程度に頑張って。無事を祈るしかできないけど……精一杯祈るから」
「ありがと……ごめん白谷さん、おまたせ」
「ううん、今来たとこ」
洗浄レバーを押し下げ、通勤用のキュロットを穿き、今度こそ準備は万端である。
小走りでリビングに開かれた【門】へと駆け、貴重品やスマホ等を詰めたショルダーポーチを引っ掴んで……白谷さんと一緒に飛び込む。
足場が無くなり、身体がななめ上方へと引っ張られるような……なんともいえない一瞬の浮遊感。
このあたりの制御は全て白谷さんが担ってくれているので、彼女と離れてしまえば確実に大変なことになるだろう。……こわ、離れんとこ。
「……よっし。はい到着!」
「ありがと白谷さん。こんにちわ、シロちゃん」
「はい。ご機嫌うるわしゅう、ワカメ様。今日もお綺麗でございまする」
「ぐぬぬ」
幼さの残る顔立ちながら非常に上品な笑みを浮かべ、シロちゃんは全く悪びれずにサラッとおれの心をえぐっていく。
……いや、わかってる。これは純度百パーセントで善意から来るものだ。『お綺麗ですね』というのは間違いなく女性に向けるべき褒め言葉であり、シロちゃんがおれに向けて
大丈夫大丈夫……彼女が善意でもって接してくれる以上、彼女に何を言われようとおれが気にする必要はない。彼女はとっても良い子なのだ。
「シラタニ様も、ご機嫌うるわしゅう。本日は何卒、よろしくお願い申し上げまする」
「おはようシロちゃん。今日も可愛いね!」
「っ、そんな……わたくしなど、勿体なきお言葉にございまする」
「いいや! シロちゃんは可愛いね! 顔立ちは整ってるしおめめぱっちりだし鼻筋きれいだし髪きれいだしほっぺやわらかそうだし! マガラさんもそう思うよね!?」
「ッ!? …………む、ゥ……?」
おれたちの
部屋の入り口の襖を開け、浅葱色の袴を履いた年若い男性――
嗅覚だけでなく聴覚も抜きん出ている彼は、入室する前のおれたちの会話も把握しているのだろう。
確かな期待を籠めたおれたちの視線と、困惑と焦燥に染まったシロちゃんの視線……三対の(見た目)女の子の熱い視線に晒された真摯で紳士な神使は……
「……まぁ…………左様、で……ございますな」
「マガラ様ぁ!?」
「……良い機会かも知れぬな。シロも俗界の装束を試してみると良い。
「いいねそれ! ボクも協力するよ! ノワで試すつもりだった良い衣装があるんだ!」
「白谷さんあとで聞きたいことあるから! ……でも実際、シロちゃん着飾りたいなぁ……絶対可愛いもん。現状すでに激かわいいもん」
「…………そんな……わたくしは……」
いちおう取引相手という立場であるおれたちの意をきちんと汲み取り、マガラさんは空気を読みつつ茶目っ気たっぷりに応じてくれた。
おれたちの持ちかけた無駄話に乗りながらも、すべきことはきちんとこなす。軽く目蓋を閉じて、柏手を一拍。社務所の外から聞こえてきた様々な音が綺麗さっぱり『ぴたり』と止み……周囲一帯の空気があからさまに切り替わったのが、おれの素肌でも感じ取れる。ここ数日ですっかりお馴染みになった感覚だ。
「……さて。
「えっ、と? じゃあ……時間まで何をすれば」
「…………折入って相談が在る。座ってくれ。……茶を出そう」
「あっ……ども」
おれは言われるがままに座布団(めちゃくちゃ肌触りが良い)におしりを落とし、何も言われずとも壁際に控えるシロちゃんをしばしガン見する。
おれの視線に気づいたシロちゃんが大変初々しく恥じらう様子を、しあわせな気持ちで堪能しながら待つこと数分……四人分の湯呑みと急須を丸盆に載せたイケメン神使が戻ってくる。
ふらつきも震えも一切見られない、大変綺麗な所作で人数分のお茶を淹れてくれ……壁際のシロちゃんを手招きして座らせ、黙したまま四つの湯飲みをそれぞれの前へ。
なにか言いたげに視線を巡らせ、一旦言い淀み……そして僅かな躊躇の後、意を決したように口を開く。
「…………自分なりに……旨いと思う葉を、見繕ってみた。……相談の前に…………その、感想を……聞かせて貰えると、有難い」
………………いや待て。
待って。何、待って。かわいいかよ。
本当この神使……まじ紳士だわ。
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