第92話 【告知動画】パチモン女子の身繕い




 既に告知してある通り、今日の夜は重大発表を大いに含んだ生配信を予定している。

 ……にもかかわらず、いきなりこんなカメラを回して『モーニングルーティーン』なんて動画を撮っているのは、なぜか。

 まあ単純なことなんですけどね。ずばり『夜の配信に向けての燃料投下』でありまして。


 先日公開したお料理動画から、謎の声こと白谷さんに対する視聴者の興味は膨らむ一方であるらしい。動画のコメントにも、SNSつぶやいたーのコメントリプライにも、それは如実に現れている。

 ……サキちゃん(仮名)メグちゃん(仮名)からダイレクトにREIN届くのまでは、さすがに予想してなかったけど。


 まあそんなわけで。白谷さんの可愛いお声を本公表前に堪能できて、しかし白谷さんのお姿はまだ伏せたままで、なおかつ編集の手間が掛からなさそうな、そんな都合の良い案は無いかなぁと昨晩考えていたところ……見つけました。

 それがこの『モーニングルーティーン』というわけなのだ。


 動画を撮って前後をトリミングして内容を一通りチェックしたら、すぐにでも投稿する作戦だ。

 SNSつぶやいたーの投稿告知と併せれば、夜の配信開始まで良い感じに話題を保ってくれるだろう……と思いたい。




 さてさて。それじゃ撮影に戻りますか。


 烏森かすもり宅とは異なり、おれの部屋の浴室は……まあ、そこまできれいに整理整頓されているわけではない。

 一応清掃は(便利な魔法のおかげもあって)きっちりと行き届いており、ちらっと覗かれても大丈夫なレベルには片付いているのだが……おれは前世男だった頃からなにかと買い置きをしたがるタチだったので、洗剤やら石鹸やらシャンプーやらのストック類や畳まれたバスタオルなんかが棚にぎゅう詰めになっており、ちょっと見映えが悪い。


 なのでそれらを映さないように、脱衣場に置かれた洗濯機の上へと、レンズを天井に向けて置いておく。

 この配置とこのゴップロカメラの画角なら周囲の壁面やら……おれの平坦なセンシティブな部分やらを映してしまう危険性も、まぁ少ないだろう。

 ……まっ平らじゃないし。ちょっと膨らんでるし。



「えっと……角度、大丈夫だよね? 変なの映ってないよね? ……まぁたぶん大丈夫でしょ。じゃあえっと…………今からシャワーをですね、浴びてきます。……んー、十分くらい……かな? 爆速で済ませるつもりですけど、多分ずっと画面変わんないし、トークとかも出来ないので……十分後くらい目指して、シークバーをずずいっと動かしちゃっていいですよ。……じゃ、ちょっと失礼しますね」



 天井を映すカメラに、画面下からひょこっと顔だけを出すイメージで……注意事項を述べ終えたおれは、画面からフェードアウトするとするするぽいぽい着衣を脱いでいく。

 とはいっても、部屋着兼寝間着であるモコモコあったかパジャマの上下と肌着と、鶴城つるぎ神宮で支給された純白の紐パンツのみ。あれよあれよという間に素っ裸すっぽんぽんとなったおれは、天井を映し続けるカメラを尻目に浴室へと移動したのだった。


 映像は一切動かず、全くもって変わり映えしないだろうが……これもモーニングルーティーン動画における『やらせ』『演技してる』感を払拭するための、おれなりの解決案だ。

 これから続く水音のみの十分間を、どうか堪え忍んでほしい。本当にすまないと思っている。

 ……もしくはいっそ、ずずいっと飛ばしてほしい。





 はい飛んだー!





「っぷほーー……」



 ガチャリと浴室のドアを開け、バスタオルで顔の水けをごしごしと拭って、一息。

 普段だったらゆっくりのんびり朝風呂と洒落込みたいところだけど、カメラを回しっぱなしの今日はそういうわけにはいかない。水音だけなんていう誰得映像になってしまうのだ、あまり時間をかけるのは宜しくないだろう。

 相変わらず天井を睨み続けるゴップロカメラの前に、軽く水けを拭った顔と頭をひょっこりと出して、改めてお詫びの言葉を述べておく。



「ごめんなさい、大変お待たせしました。……アレ、ちょっと角度ずれちゃってる? ……大丈夫か。えーっと、すぐに服着ちゃうので……もう少しだけそのままで待ってて下さい! ごめんなさい!」



 再び顔を引っ込め、今度は身体のほうもしっかりと拭いていく。間違いなく女の子だが女らしさに欠ける身体に、てきぱきとバスタオルを走らせて水けを取り除く。……やっぱじゃあ見てもおもしろくないだろうなぁ。

 おれやモリアキや白谷さんにとってはストライクゾーンど真ん中な体型だとしても、世間一般でいうところの需要とは乖離していることだろう。……おれたちがだという自覚はあるのだ。


 二次元の可愛らしい女の子の絵ならまだしも……実在女子となってしまったからには、出るとこ出てる身体の方が需要あるに決まってる。今のおれ(というか若芽ちゃん)は、そりゃもちろん可愛いのは可愛いんだろうけど……なんていうか、おふろシーンとかそっちの需要は無いだろう。

 『無理すんな』『これじゃない』『キッツ』とか言われるのが目に見えてる。


 ああ、もう。今はそんなことどうでもいい。どうせ誰かに見せるわけでもあるまいし。

 横道に逸れた思考を軽く頭を振って追い出し、ライトブルーのキャミとパンツを身に付ける。とりあえずこれでの事態が起こっても、お蔵入りすることだけは避けられるだろう。……無理かな?

 まあどっちにしろ綱渡りであることに変わりはないか。一刻も早く安全圏へと避難するため、残りの着衣もどんどん袖と脚を通していく。

 ヒートテックの長袖インナーとロングタイツを下地に、ホワイトの大きめパーカーとデニムのキュロットを合わせる。


 このパーカーとキュロットの組み合わせは着やすくて動きやすくて好きなので、今着ているやつの他にも何セットか買ってあるのだ。

 ホットパンツも動きやすいし、下着パンツが見えないので安心感あるのだが……あっちは太ももやおしりのラインがばっちり見えてしまうので、シルエットが誤魔化せるこっちキュロットのほうがやや好み。

 パッと見た限りは女の子らしいスカートに見えても、構造的にはズボンに近いからだろうか。……なんかわかんないけど、精神的な抵抗も少なかった。


 というわけで、着るものを全部身に付けたので、今度こそ映っても何も問題無い装いへと進化できた若芽ちゃんおれ

 あとはこの綺麗だけど長い髪にドライヤーを掛け(たふりをしながら低出力の【乾燥トロックラー】をもちい)て乾かせば……カメラに映しても問題無い、可愛らしいエルフの女の子が爆誕するのだ。いぇい!




「はふぅーー……ごめんなさい、大変お待たせしました! カメラ回しっぱなしにするので、手短に済ませようと思ってたんですけど……はい。手短に出来ませんでしたね……ハイ。シークバー弄ってもらっちゃったり時間飛ばしてもらっちゃったりとお手間掛けてしまって、重ねてすみませんでした……」



 しばらくぶりにカメラを手に取り、周りを映さないように天井へ向け、下からアオり気味にカメラを回す。

 実際手早く済ませられなかったことは事実なので、割と本心からの謝罪を述べながら廊下を進み……扉を開いてキッチンスペースへ。


 ここは以前収録した『わかめのおはなしクッキング』の際に、カメラに映っても問題無いレベルにまで整えてあるので……固定してあるホルダーにゴップロカメラをセットして準備万端。動画は次のチャプターに進むのだ!

 ……まあカメラ回しっぱだからチャプターなんてものは無いけど。気持ち的に。次の章へ進みます的な。……『ちゃぷたー』って、可愛いよね。




「えーーと……はいっ! では……木乃若芽のモーニングルーティーン、お送りしています。お風呂場から場所を移しまして……『モーニング』っていうからには、もうおわかりですね! 朝ごはんをつくっていきます!」



 モーニングルーティーン動画の魅せ場の一つである、朝ごはん。先駆者たる女性配信者キャスター達も、それはもう見事な女子力を見せつけていた項目である。


 付け焼き刃の家事力しか持たないパチモン女子であるおれが、果たしてどう乗り切るのか。




 この続きは次週!(※今夜です)

 乞うご期待!!



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