第58話 【途中退出】狩り物競争だオラァ!



 大紋百貨店、歳末グランドバザール開催中。日頃より大紋百貨店をご愛顧頂いている皆様に、感謝の気持ちを込めたスペシャルプライスでご案内。気になるあの商品も、欲しかったあの商品も。あれもこれも、この機会に是非お買い求めください。


 ……何度目かわからないのんびりとした宣伝文句に、貯まる一方だったフラストレーションがついに限界を迎えてしまう。




「『苗』の保持者を探せる探知機が欲しいんですが売ってますかね。お買い求めしたいです。ド◯ゴンレーダーみたいなやつ」


龍種探知機ドラ◯ンレーダー? すごいね、そんな代物があるの?』


「え、えっと……いや……無いから…………欲しいな、って……」


『あぁ…………気持ちは解るけど現実を見て』


「さっきから必死に見てるよう!」




 幾度となく耳に入ってくる店内放送にみっともなく当たり散らしながら、魔素由来の現象を知覚できる固有視覚エルヴン・アイを四方八方へ巡らせる。

 更には視覚だけでなく鋭敏な固有聴覚エルヴン・イヤーも並行して活用し、館内に残っている人間――恐らくは『苗』の保持者――を探すべく一階から上へと駆け上がっているのだが……何にせよこの大紋百貨店、百年以上の歴史があるだけあってか建物そのものが超巨大なのだ。


 地上七階地下二階建ての本館のほかに、お隣と道向うにはそれぞれ渡り廊下で繋がる別館がある。火災対策用の防火扉のお陰もあって『葉』は本館エリアに留められているようだが……そもそも『苗』をどうにかしないと根本的な解決にはならない。

 魔素イーサを吸わせて新たな『葉』をばら蒔かれんとも限らないし、それほどまでに魔素イーサを使わせればさらに生育を促してしまい……『花』を咲かせてしまう恐れがある。


 そうなれば勿論、宿主にされた人とて只では済まないだろう。




「最初の『葉』はほぼ駆逐したから……新しく沸いたところがあれば『苗』の場所も推測できるんだけど……」


『ここまで探したのに見つからないとはね……もっと上なのか、立ち入れない場所に隠れているのか……あるいは既に逃げ仰せたのか』


「バックヤードもしっかり探してるのに! これ正体バレたら不法侵入でお縄タイーホだよ!」


『おあつらえ向きの衣装があって良かったね。ほら、盗賊シーフ的な』


「嬉しいような嬉しくないような!!」



 今現在おれが纏っている装備の数々は、フォトスタジオの更衣室で借りた『影飛鼬シャルフプータ脚衣タイツ』を始め、白谷さんの私物――つまりは異世界産の戦闘用装備――がその殆んどを占めている。

 敏捷性を優先した靴と、隠密性を優先したフード付外套、極めつけは銃刀法に抵触しそうな『聖命樹のリグナムバイタ霊象弓ショートボウ』。これらの非常識な装備と『若芽ちゃん』の性能設定により、姿を陽炎で隠したまま常人とは比較にならない俊敏さで駆けずり回っているのだが……その成果は芳しくない。


 自分自身の視覚と聴覚だけでなく、ちゃんと白谷さんの生体感知魔法でも探ってもらっているので見落としは無いはず。本館は今や屋上以外の出入りを完全に遮断されており、しかしながらこの逃げ場の無い館内において三階以下は空振りだったのだ。

 連絡通路や一階の出入口は防火シャッターで閉ざされているはずだし、もっと上層階に隠れているのだろうか。でもなければそれこそ窓ガラスでもブチ破るか、屋上から飛び降りでもしない限りは逃れようがないハズだが……百貨店の周囲全方向を警備員に囲まれている状況で、そんな派手なことが出来るハズがない。一瞬で見咎められて拘束されるだろう。





(………………ん? 周囲?)



 ちょっと待って。何か引っ掛かる。落ち着いて考えてみよう。


 まず、一階部分でたむろしていた『葉』。これらは恐らく全部駆逐した。

 出入口は連絡通路も含めて全て封鎖済、一階から外へ出ることは不可能。

 本館館内の一階から三階。売り場にもバックヤードにも、誰もいなかった。

 つまりは……居るとしたら四階より上か。


 …………それとも。



「白谷さん!!」


『おっとぉ!? びっくりした……どうしたのノワ』


「白谷さんは……『苗』の保持者、遠くからでも見ればわかる?」


『……うん。感知することは出来る』


「わかった。ちょっと頼みがある」


『了解、何でも言ってくれ』



 焦りのあまり視野狭窄に陥っていたのだろうか。ちょっと落ち着けば解ることだ。

 エレベーターホール兼階段ホールに辿り着き、『上』ボタンを押し込んでエレベーターを呼び寄せる。……しかし自分で階段を上がった方が早いことに気づき、階段の吹き抜けを【浮遊シュイルベ】でかっ飛んでいく。


 目標は最上階、つい先程侵入してきたその出入り口。緑化が進められた屋上庭園へと飛び出し、改めて自分の身体全身に【陽炎ミルエルジュ】を纏っておく。

 ……案の定というか、聞き覚えのあるローター音。そりゃあそうだろう、全国規模で臨時ニュースが組まれるような出来事だ。報道ヘリの一機や二機飛んでこないハズがない。……気を付けないと。



「白谷さんも探すの手伝って! たぶん回りの野次馬の中に!」


『なるほど……これだけ高ければ一目瞭然だね』


「でしょ。見てほら人がゴ……あっ居た!! 白谷さん!!」


『…………うん、間違い無さそうだ』



 そもそもが、この世界の人間は魔素イーサを殆んど持っていないのだ。そこへひときわ禍々しい魔素イーサの反応があれば……これはもう間違えようがないだろう。

 予想通り……というか今更ながら本当に当たり前のことだが、あの『葉』を産み落とした『苗』の保持者は百貨店の外へ誘導された……館内から避難してきた人々の中。完膚なきまでに雑踏のど真ん中である。


 館内の『葉』が駆逐されたことを知っているのかいないのか、ここからだとさすがに表情を窺うことは出来ない。

 このまま大人しく『苗』を刈り取らせてくれれば良いのだけど、万が一あの密集地点で『葉』をばら蒔かれたり、それこそ実力行使に出られでもしたら……さすがに怪我人や大混乱は避けられないだろうう。



「どうやって対処すれば良い……人の数が多すぎる、実力行使して大丈夫なの?」


『いや危ないね、ノワの流れ弾が飛んでかないとも限らないし、『苗』本体の戦闘力が未知数だ。どうにかして人払いが出来れば良いけど……』


「火魔法で爆発でも出してかるぅく脅かすか……ん?」



 陽炎を纏ったままとはいえ……屋上の縁に立ち眼下を凝視する人影に、報道ヘリの一機が気づいたらしい。しきりにおれを探るように周囲を飛び回り、そのローター音が長い耳を刺激するが……その騒音とは別のが、今まさに高速で近付いてきてることに気づく。


 その音の正体に思い当たり周囲に視線を巡らせると……赤い回転灯をともした白黒の車両は既に何台か見られるが、その近くにお目当ての人物は見当たらない。

 先遣隊とは別に十全な準備とともに送り出された、今まさに現場へ到着しようとしている実働部隊……おれの勘が正しければ、その中にが居るハズだ。


 多少は話が解るの思考であれば、強引に協力を取り付け……良いように使うことも可能かもしれない。



「……白谷さん」


『何だい?』


「苗の保持者を孤立させて、おれが対処するとして……周りの人を守る防壁とか結界とかって、張れる? 周りに被害が出ないようにしたい」


『キミの希望と在らば……任されよう』


「ありがとう。好き」


『ボクもだよ、ノワ』



 ……本当に頼りになる。

 おれ以上に修羅場慣れしている白谷さんのおかげで、おれは落ち着いていられる。やっぱり一人じゃないっていうのは、それだけで安心感が桁違いだ。


 しかし……報道カメラに、周りの人たちの携帯カメラ。濃いめに【陽炎ミルエルジュ】を纏うつもりだが、ある程度姿を撮られるのは仕方ないだろう。

 だが、それさえ我慢すればなんとかなりそうだ。あとはあの警察車両が到着し、話がわかるあの人が姿を現すのを待つばかりだ。



 さあ、場面は整った。手早く済ませよう。

 大丈夫……おれは一人じゃない。


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