第57話 【途中退出】撮影の途中ですが



 浪越なみこ市中央区の繁華街……位置的にはお昼に訪れた伊養町いようちょうの北方向、高層ビルや大型商業施設が建ち並ぶエリアの一画。

 だだっ広い片側四車線の道路に面した、老舗しにせ百貨店の一階部分。

 新年を迎えるにあたって、あるいは年の瀬に贅沢するため……各地の名店の品々を求める多くの人々で賑わっているの、ここは大紋百貨店の名品館。


 果物ゼリーの詰め合わせや、和洋の各種生菓子や、老舗の煎餅を扱うお店等々、目移りしてしまうような品揃えをのんびり眺め……る余裕なんかあるはずも無く。




「おれFPS苦手なんだけど!!」


『大丈夫なんとかなってる! スゴいよノワ!』


「アッ本当だ! チクショウまじかよスゲェなおれの身体!!」


『落ち着いてやれば大丈夫! ボクが守るから!!』


「ありがと白谷さん! 好き!!」




 現代日本においてはあり得ない光景……全ての人が逃げ去り無人と化した百貨店内にて徘徊する異形の敵を片っ端から射抜き続ける、エルフの狩人の大立回りが繰り広げられていた。



「動き遅いのがせめてもの救いだけど!」


『ヒトを襲う気も薄いみたい……不気味だね』


「不気味なのは格好だけにしてほしい……」



 そいつらを言葉で表現するのは……少々骨が折れそうだ。何せ今まで見たこともないような、それこそゲームやアニメの中でしか有り得ないような存在なのだ。

 それでも、どうにか端的に表すとするならば……『葉っぱが集まって出来たアンバランスなマネキン人形』だろうか。


 しかし『葉っぱ』とは言ったものの、質感や一枚一枚の形状こそ確かに葉っぱなのだが……ふつうの葉っぱが緑色から黄緑色なのに対し、どす黒い赤やらくすんだ赤やら濁った赤やら……言い方は悪いが、とても汚ならしい赤色をした葉っぱなのだ。

 加えて『マネキン人形』とは言ったものの……個体によってまちまちだが、両手が異様に大きいヤツやら頭部が異様に肥大化したヤツやら腕が気持ち悪いくらい長いヤツやら……なんていうかもう、色味と相まってとても気持ち悪い。



「本当こいつら何なの……? 人を襲うでも略奪するでもなく、ただ徘徊してるだけ?」


『コイツらは『葉』だよ。本体から分離した異形の一部。つまり』


「主である『苗』の保持者が近くにいる、ってことか」


『まぁそうだけど……目視できる範囲には居ないみたいだね』


「面倒だ……なッ!」


『同意だよッ!』



 おれの射った矢が『葉』の頭に突き立ち、硬直した『葉』を白谷さんの魔法がバラバラに切り刻む。

 こいつら『葉』は見た目こそややグロテスクだが、実際のところほぼ無抵抗なので一方的に攻撃できるようだ。

 あまりにもひどい見た目に遠距離攻撃を選択したけど、あいつらの緩慢さなら近接攻撃でも良かったかもしれない。……まぁやったこと無いんだけど。



『それはそうと……弓の扱いうまいねノワ。弓術の心得でも?』


「あるわけ無いけどそこはホラ、キャラ設定っていうか?」


『なるほど。初めて触る武器でこれだけれれば大したものだよ』


「あんまりうれしくないなぁ!」



 先程からおれが振り回している短弓は、この騒動の中に乗り込むにあたって白谷さんから提供され借り受けた『聖命樹のリグナムバイタ霊象弓ショートボウ』。だいたい察しがつくと思うけど、白谷さんの【蔵守ラーガホルター】の中に眠っていた装備品のひとつである。

 魔力を一時的に具象化・矢として放つことができるというこの弓は、白谷さんいわく膨大な魔力量を秘めるおれにとって実質無料でちまくれるに等しい。おまけに証拠品を現場に残すことがない優れものだ。気に入った。

 これまで三十年余りを平和な国ニッポンで過ごしてきたおれにとって、武器の扱いがうまいというのは喜ぶべきではないのかもしれないが……しかし今回に限って言えば幸運ラッキーだったのは確かだろう。初めて『エルフでよかった』と思えたかもしれない。



 しかし……手早く済ませなければならないのに、肝心の『苗』の所在がわからない。

 白谷さんは先日『魔素イーサの薄いこの世界では生育が遅い』と言っていたが、しかし現実として『葉』を落とす程までに生育してしまっているのだ。


 急がなければ、このままでは遠くないうちに『花』を付けてしまう恐れがあるし…………



『あんまり時間掛けると……さすがに不審がられるだろうからね』


「何十分もトイレってさすがに不審だよなぁ!」



 抜け出してきたフォトスタジオにいる面々、特に鳥神とりがみさんに……感付かれてしまう恐れがあるのだ。





………………………………




 切っ掛けは……国営放送局の教育番組を垂れ流していた更衣室のテレビが、唐突に臨時ニュースへと切り替わったことだった。


 軽快な歌声がいきなり止み、緊迫したニュースキャスターの声色が流れ始め、『影飛鼬シャルフプータ脚衣タイツ』へ脚を通していたおれは何事かと振り向き……そこで見聞きしたものによって

 白谷さんがすぐ傍に居てくれて非常に助かった。なんでも【繋門フラグスディル】の登録座標マーカーが『喫茶ばびこ』さんの近くに刻印済だったらしく、いつでもとのこと。

 『また来たいって聞こえたからね』とか苦笑してるこの子本当かわいいマジ天使だと思う。

 すぐさまモリアキに現状と希望を伝えるREINメッセージを送り、返事を待つ間もなく白谷さんに【繋門フラグスディル】を繋いでもらい……



「待って待ってノワ、服。上すっぽんぽんだよ」


「あっ!!」



 とりあえず黒の長袖インナーだけ袖を通し、白谷さんに手渡された装備を言われるがままに身に付け、いそいそと『門』へと飛び込んだのだった。



 伊養町の片隅に出現したおれは、幸いなことに誰にも見咎められることなく北進し、事件現場である中央区繁華街に到着した。

 騒動の中心地はすぐにわかった。この時期このタイミングでシャッターを全て下ろした百貨店、多くの警備員達が厳戒体制で取り囲んでいるので間違いないだろう。

 そんな警戒体制は『中から出ようとしているもの』に向けられており、おれのような『外から入ろうとしているもの』しかも空から侵入を企てる存在に対しては、てんで意味を成さない。


 屋上庭園から余裕綽々と侵入を果たし、店内コマーシャル放送のみが不気味に響き続ける無人の百貨店を捜索し始め……一階部分で奴らと対面した、というわけだ。




 あらかたの『葉』は殲滅できただろうが……あまり時間は掛けられない。

 事態を収拾させる方法、つまりは『苗』保持者を探しだす方法を探すべく……おれたちは必死に思考を巡らせ始めた。


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