第44話 【表現秘策】どうも!エルフです!!




 ここ数日のおれは、『いかに人目を掻い潜るか』を念頭に置いて生活してきた。


 買い物も可能な限りネット通販と宅配ボックスを利用し、移動は烏森の車で送って貰い……髪色も誤魔化せていると思い込んでいたスーパーの一件を除き、外出の際はフードつきコートを手放せず、隠れるように生活を送ってきた。


 何しろ……この現代・この日本においては、おれのような容姿の者は他に存在し得ない。緑色の瞳はまだしも、緑髪の人間なんてほぼほぼ存在しないだろう。ヘアカラーやウィッグでのコーディネートも有り得なくは無いが、天然の緑髪なんていうものは……恐らく存在しない。緑色の頭髪という時点で、衆目を引くことは明らかだろう。

 それに加えて……言い逃れが出来ない唯一無二の特徴が、この耳だ。百歩……いや千を飛び越して万歩譲って、緑髪の人間がこの国この都市に存在したとして。彼ないしは彼女が人間である以上、その耳の形も当然人間のものだろう。当たり前だ。



 しかしながら。

 おれは人間に近い容姿でありながら……耳という一点においては、明らかに人間とは異なる。


 人間にはあり得ないほど長く、尖った耳。

 色素の薄い肌と稀少な色彩の髪と併せて、とあるひとつの幻想種族の想起に行き着くのは……そう難くないだろう。



 妖精族。耳長族。小神族。媒体によってその表現こそ幾つかあれど……総じて共通する種族名。

 特にこの国では、ゲームや小説・漫画作品等でお馴染みの、現実には空想上の種族。



 それが…………エルフ。


 今現在の、おれの種族。




「エルフが街中闊歩してたら……大騒ぎになるじゃん。捕まって実験台にされちゃうじゃん」


「実験台、ってそんな極端な……でも先輩、これからずーっと人目につかず生きてくつもりっすか?」


「…………ずーっと……?」


「買い物は……まぁ、アポロン使えば良いにしても。たとえば病院掛かるときとか」


「魔法で治療できるし……」


「うぐッ……ぎ、銀行使いたいときとか」


「ネットバンキングあるし……」


「…………旅行とかお出掛けとか、行きたくなったら」


「それも魔法で。姿隠してこっそり。ぶっちゃけおれ空飛べるし」


「………………ワガママ言うんじゃありません!!」


「えええええ!?」




 突如声を荒立て、烏森は押しきるように持論を展開する。

 ……恐らくは白谷さんと話し合った上での、おれの今後についての提言を。



「先輩がエルフバレ気にしてるのは、よーくわかります。……でもですよ先輩、確かにこの国この世界には魔法もエルフも存在しなかったっすけど……代わりに色んな『技術』が進歩してるじゃないっすか」


「カメラとか電化製品とかネットとか? いや、だからこそバレたらヤバイんじゃ」


「それもあるっすけど…………例えば、コレ。コレなんかスゴいと思うんすよ」


「ふあ…………すげえ、酒呑童子……まるでホンモノじゃん」



 烏森が手元のタブレットで見せてきたのは、近々執り行われるサブカルの祭典……通称『冬の陣』へ向けて活動している、とあるレイヤーさんのSNSつぶやいたーアカウント。

 彼女のプロフィールページには過去イベントの参加経歴と、その際の作品が――日本の伝承上の存在『鬼』をモチーフにしたキャラクターの、ぱっと見ホンモノにしか見えないクオリティのコスプレ写真が――様々なアングルから何枚も掲載されていた。

 衣装や化粧の再現度もさることながら、特筆すべきはその。どちらも人間のものとは異なる造形ながら、大きな齟齬もなく現実に落とし込んでいる。


 当然、この時代この国に『鬼』なんて存在しない。そもそも彼女が表現したものはその『鬼』をモチーフとした某ゲームのキャラクターであり、なおのこと実在するハズが無い。

 であるにもかかわらず……特徴的な二本のつのの造形や生え際に『作り物』っぽさは無く、先端の尖った耳においても同様に『被せもの』っぽさは見られない。このクオリティはまるでホンモノだが……当然、ホンモノであるわけがない。



「この『vゆりおv』さんは当然、人間っす。中国在住の女の子っすね。ですがご覧のように……ぶっちゃけホンモノでしょう。酒呑童子が実在するわけ無いのに」


「…………つまり、おれのコレも……コスプレとか、特殊メイクって言い張れば」


「別段問題は無さそうだと思うんすよ。……そりゃあ、イベント会場と街中じゃあ周りの雰囲気も違うでしょうけど、最近はゴシックドレスを普段着にする子も居るらしいですし」


「言い逃れの余地がある分、幾らか安心だろうね。ノワの耳を見られても『エルフを真似ている』で押し通せるわけだ」


「理屈はわかったけど…………うーん、押し通せるかなぁ」




 日常生活を送る中で、おれの容姿(というか特に耳)が露見してしまっても何とかなりそうだ……という目処が立ちつつあるのは、確かに少なからず嬉しい。

 嬉しいのだが……つまりは、今後ずっと『日常的にエルフのコスプレをしている娘』を装う必要があるわけで。


 根がド平民のおれにとっては……それはやっぱりちょっと、敷居が高い。ご近所さんに『痛い子』扱いされないか、それが不安でならないのだ。



「別に四六時中エルフRPロールプレイしろってわけじゃ無いっす。あくまで出先で、髪や耳について指摘されたときだけ応えれば良いんすよ」


「で、でも……そもそもだよ? 実際にエルフが街中にいたらさ、それはそれで問題なような……」


「まぁ、それに関しては……ならう感じで良いんじゃないかと」


「え……閣下? 閣下がどうし…………あー」


「重ねて言いますが、この時代には実在しませ……存在しません。閣下はその数少ない悪魔の一人であり、それはこの国の大多数の人々が知るところです。ぶっちゃけメイクした人間に見えますけど、彼はれっきとした悪魔閣下であらせられるわけです。……言ってる意味、解りますね?」


「うん、まぁ……解るけど……おれ、別に芸能人じゃないし……」




 へヴィメタルやハードロックと日本国技をこよなく愛する悪魔閣下を引き合いに出され、おれは少なからず『なるほど』と感心する。

 要するに『そういうキャラクターである』と頑なに主張し続ければ良いのだ。


 仮に、あくまでも仮に、実際には人間だったとして。

 普段から言動や外見にこだわり、決してブレることなくそのキャラクターを演じ続け、『そういうものである』と周囲が受け入れるようになるまで主張し続ければ……やがて『そういう人物キャラなんだ』と納得されるようになる。……まぁ閣下は悪魔なんだけど。



 この『木乃若芽ちゃん』においても同様、実際の『世を忍ぶ仮の姿』は置いておいて、普段からキャラクターである『木乃若芽ちゃん』を演じ続ければ……いずれはおれも『そういう設定キャラなんだ』と気にされなくなる、と。

 ……そういうことを言いたいのだろう。


 理屈としては、わかる。いちおう理解はできる。だが……



「いや、先輩」「えっと……ノワ」


「え? な、何?」


「確かに『芸能人』では無いっすけど……配信者キャスターっすよね?」


「ノワの姿……『ネット』とやらで、全世界に公開されてるんだよね?」


「…………………………そうじゃん」




 媒体がネットであり、個人的に細々とやっているというだけ、とはいえ……ネットとは公開規模で言えば一般メディアと同等、全世界へ向けてのチャンネルである。


 つい今しがたまで『おれ別に芸能人とか有名人じゃないしw』などと高を括っていたが……そもそも、おれ木乃若芽ちゃんの目的は何だ。

 この身体アバターを用意し、このチャンネル『のわめでぃあ』を立ち上げ、配信者キャスターとして活動し始めた……その目的は、何だ。



「大変言い難いんすけど…………先輩が『配信者』じゃ無いってことは、既にバレ始めてます。検証サイト兼ファンサイトも立ち上がってます。……潮時です」


「……………………だめかー」



 待ち受ける前途は、多難。

 しかし、だからといって……大切な愛娘若芽ちゃんを諦めるハズがない。


 烏森の主張するように、もう隠れてばかりは居られないのだろう。






 …………はぁ。



 外、出てみるか。


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