第1話 【事前準備】仮想配信者計画_01

『モニターの前のみなさん。はじめまして、こんばんわ。仮想UnReal配信者キャスター見習いの『木乃きの若芽わかめ』です! ……あっ、仮名ですよ?』




 さらさらと流れ、きらきらと煌めく若葉色の髪を揺らしながら……右頬に呪学的な紋様を刻み、やや下方向へと伸びる長い耳を持った神秘的な少女が、はにかみながら可愛らしく自己紹介文を読み上げている。

 背丈はさほど高くない。というかぶっちゃけ小さく、幼い。肉付きもそこまで良いわけではない。身に纏うのは丈の長い、しかし身体のラインにフィットするローブ。胸の膨らみも腰のくびれも尻の大きさも控え目なのが着衣の上からでも見て取れ、『華奢で儚げで神秘的なエルフの少女』というキャラクターを解りやすく表現している。……と思う。




『来週金曜日、よるの九時……二十一時、ですね。魔法情報局『のわめでぃあ』、満を持して放送開始です!』




 彼女が身振り手振りを交え、踊るように体を動かすにつれて、要点を纏めた字幕や情報バルーンがぽこぽこと飛び出し、ふわふわと浮かび踊る。

 意のままに『魔法』を操る、幼げな容姿に反した超熟練の魔法使い。見た目と内面のギャップがまた、『木乃・若芽』というキャラクターを魅力的に彩っている、……と思う。




『このわたし、若芽わかめちゃんが直々に集めたさまざまな情報を、みなさんに特別にお教えしていきます! たのしみにしていてくださいね!』




 やや高い位置に設定されたカメラへと目線を向け、若干の上目遣いであざとくも可愛らしくアピールを行う『若芽わかめ』ちゃん。

 その名前はこの世界にありふれた海藻の名前であるとか、国民的アニメーションには同じ名前の女の子が存在するだとか、しかもその子は頻繁に下着が見えてしまうとか、今後視聴者からそういった情報を与えられて赤面するという……大変あざとい設定・予定が仕込まれた、この段階ではまだ随所に『粗さ』が見られる、未完成のキャラクター。



 数週間前に作った告知動画は、入念な広報活動とグラフィックを手掛ける『神』のコネクションで順調に拡散されている。

 幼げでありながら超熟練、あざとくも可愛らしい『木乃・若芽』ちゃんの知名度も、そしてそれに伴う期待値も、どんどんと上がっていった。




 そして……今日がその、告知動画内で告げられた『来週の金曜日』に当たる。


 本放送の開始を間近に控え、魔法情報局『のわめでぃあ』の看板娘メインパーソナリティは――





 …………錯乱、していた。







(む……無理っ! 絶対! 絶対無理!!)




 緊張に震える視界が時計の針を捉え、現在時刻が二十時四十五分を回ったことと……まで残り十五分を切ったことを、無慈悲に告げる。


 二枚あるディスプレイのうち一枚が映し出すのは、『神』の厚意で用意されたポップでキャッチーな広告イラスト。パーソナリティを務める(という設定の)可愛らしい女の子が可愛らしい笑みを浮かべ、彼女の名前をもじった架空の放送局名が記された看板をこれまた可愛らしく抱いている。

 彼女の頭上にふわふわと浮かべられたフキダシには……『本日二十一時、ついに開局!』との文字。



(なにが『ついに開局!』だ……! 畜生め! ふざけやがって……ッ!)



 忌々しげに唇を噛み、大喜びでテキストを挿入した先週の自分に対し吐き捨てる。そんなことをしたところで状況は何一つとして好転しないのだが……そんなことは理解していながらも、この状況を憂いずには居られない。


 カメラもマイクも音源素材も画像素材も、何から何まで準備万端。今更技術的な懸念などあるわけでも無く、台本だって手前味噌だが完璧に仕上がっている。

 なにせ今日に至るまで、動画配信なんて数え切れぬ程にこなしてきたのだ。再生数やチャンネル登録者数はお世辞にも多いとは言い難い成果だったが、場数だけはそれなりに踏んでいる。リアルタイムでの生放送は初めてとはいえ、やること自体は身体に染み付いているのだ。問題無い。


 問題無い……筈だった。




(でもっ……! でも!! これは無理……! 絶対無理!!)




 ディスプレイの中……配信準備の整ったPC画面には、この部屋の内装を背景に可愛らしい女の子の姿が――頭を抱えてうずくまって悲壮な表情を浮かべている様子が――リアルタイムで映し出されている。


 まるでこの世の終わりとでも言わんばかりの、絶望に染まり切った表情の女の子。銀と見紛うほどに艶やかな、長く奇麗な若葉色の髪。右側のみ神秘的な紋様の描かれた、丸みを帯びた柔らかそうな頬。

 やや下向きに伸びる尖った耳とぷっくりとした唇が愛らしい……記念すべき第一回目の配信を間近に控えた、このチャンネルの『看板娘メインパーソナリティ』という設定の、女の子。



 画面へと視線を向けると、モニター上部に設置したカメラを介して、その女の子と目が合う。


 両手で頭を抱え首を振ると、ディスプレイに映るその子もまた……同様にいやいやと頭を振る。



 情報変換を噛ませていない分、ほぼリアルタイムで自分と全く同じ挙動を取る『看板娘ちゃん』。

 この子はここ数日に渡り徹夜に徹夜を重ねて今日の昼過ぎにやっとのことで完成した渾身の3Dモデル……






「なんでっ、……なんでが……っ!」




 カメラ越しでは無くとも、視界の端にさらさらと映り込む若葉色の髪は。

 無残な程に変わり果て、憎たらしい程に可愛らしく変貌してしまった声は。



 この数週間で全面リファインが行われた、自身の技術の粋を注ぎ込んだ渾身のアバター……なんかでは無く。





 紛れも無い、だった。



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