コントラクト・スプラウト ~ 個人勢配信者が実在合法美少女エルフになったので副業で世界救うことにしました ~

えう

第0話 【情報記録】とある日のわたしの副業




 粘度の高い体液にまみれた肉の蔓が醜くうごめき、にちゃにちゃとかぬちゅぬちゅとか粘着質で生理的に不快な水音を響かせる。

 生物の内臓のような色彩をもち、とした質感を纏う、。この世のモノとは思えぬほどに醜悪かつ不気味で名状しがたい物体が、おれの目の前で今なおぐにゅぐにゅと蠢いており……ぶっちゃけ非常にキモい。


 現在の時刻は……恐らくは、真夜中。場所は浪越なみこ市中央区繁華街の裏通りから更に路地を入った、二棟の薄汚れたテナントビルの隙間。


 この場に居合わせた登場人物は――に気付いていない人々と、気付かせないよう奮闘してくれてるキリちゃんを除けば――四名。

 と、おれの相棒と、あのキモい肉蔓を操る触手男と……制服を乱され随所に粘液を塗りたくられ――しかし幸いなことに――小柄で可愛らしい女の子。


 眼前の男は憎々しげに、背後の少女は戸惑いと安堵を浮かべ、異様極まりないと相棒の姿を凝視している。




「……良かっ、た……なんとか間に合って」


「そうだね、よく頑張った。……まぁボクとしては、このコが引きずり込まれる前に抑えたかったトコなんだけど……」


「そら解ってるけど……しょうがないだろ、おれもキリちゃんもひ弱な美少女なんだから」



 冷静かつ的確なの指摘に、おれは思わず唇を尖らせる。

 今でこそあんな姿――蜻蛉とんぼのような四枚羽根を背から生やした手のひらサイズの小さな少女――ではあるが……の性格そのものは以前と変わらない。平穏に暮らす一般人に被害が出ることを良しとしない、厳しくも優しい少女なのだ。


 それは解っている。おれだって充分理解しているのだが……それでもやっぱり誉めてもらった方が嬉しいし、やる気も出るに決まっている。




『グ……ゥ、グゥゥウ! …………な、何しヤガる……! 何なんだオマエら!!』


「……、来るよ。構えて」


「大丈夫だよ。おれは絶対触手なんかに負けたりしない」


『っ、クソッ!! ナメやがッて!!』



 微塵も怖がらないおれの発言が気に障ったのだろうか……あっさりと激昂する男の怒気に呼応するように、男の周囲に蠢く肉蔓が暴れ回る。それぞれが弓を引き絞るようにその身をたわまわせ筋肉に力を溜め、直後その力を解放して一直線に伸びてくる。

 速度はそれこそ放たれた矢のごとく、先端は尖りつつも太さは手首くらいはある。


 おれを殺さずつもりなのだろう、狙いは急所こそ外しているようだが……そんな肉矢に襲われ穿たれれば、普通の人間は当然只じゃ済まない。人知を越えた非常識な脅威の前には、ただの人間など成す術なく打ち倒されることだろう。




、だったらね」


『な……ッ!!?』



 高速で視線を巡らせ排除すべきモノを認識すると、小さく柔らかな指を『ぱちん』と鳴らす。

 おれに襲い掛かってきた触手は当然として。どさくさ紛れに女の子へ伸ばされていた触手までもが、指弾とともにひとつ残らず斬り飛ばされる。



『なア゛……ッ!? 痛ェェ!! 畜生ォォオオオ!!』


「うわまだ動いてる……キショ……見事なまでにソレする気満々な異能じゃんね」


「そうだね。恐らくが彼の『願い』だったんだろう」



 潤沢な魔力にモノを言わせた【切断シュナイデ】の多重発現であったが、この程度では相棒曰く『非常識』なおれの魔力量は微塵も揺るがない。


 せっかくの隙なので、お返しとばかりにこちらも動く。踊るように手指を運び、式を選び魔力を練り……お得意の【草木ヴァグナシオ】に、今回は【拘束ツァルカル】の条文を付与して、発現。

 コンクリートの地面やテナントビルの外壁から深緑の蔦が勢い良く飛び出し、アイデンティティかつ頼みの綱である触手を惨めに斬り飛ばされた『・触手男』の身体を捉える。手首や足首に絡みついた蔦はおれの命令に忠実に従い、男の身体を這い上がり雁字絡めに縛り上げる。



『グぁ……っ!? なんっ……クソッ!! 離せ! 畜生!!』


「いや普通離さんでしょ。仮に立場逆だったらアンタも離さんでしょ」


「いいからノワ、早く『スプラウト』を」


「はいはい解ってるって」


「『はい』は一回」


「はぁーい」




 最後のを行おうと振り向いたところで……なんと、これにはちょっとばかり驚いた。触手を失ったはずの『元・触手男』が新たに触手を纏い『触手男』に返り咲き、こともあろうにおれの蔦を引きちぎっていくではないか。

 なるほど、見た目はあんなにグロくて気色悪くても、さすがは筋肉の塊である。男の身体と蔦との間に無理矢理その身を捩じ込ませ、力任せに蔦の拘束を押し広げ……顔を真赤に染めて歯を食いしばる男の唸り声とともに膨張する赤黒い肉蔓によって、ついには青々とした蔦がぶちぶちと引きちぎられてしまった。



『……はっ、……はぁッ、クソっ、クソッ!! 許さねぇぞナメやがっテ! まずはテメェからヤッてヤル!!』


「ほら見なよ急がないから。貞操の危機だよ、ノワ」


「ヤダわたしこわーい」


「遊んでないで。早くしなきゃでしょ、みんな待ってるよ」


「はいはい」


「『はい』は一回」


「はぁーい」


『ッッ!! クソガァァァァァ!!!』



 おれ達の気の抜けたやり取りが、どうやら更に気に障ってしまったらしい。粘液に濡れ光るイヤらしい触手を次々に伸ばし、それらの鎌首は揃いも揃って迷いなくおれを指向している。……完全におれをとして認識したようだ。

 まあ尤も……この場合の捕食とは生命維持のためにムシャムシャするやつではなく、間違いなく身体中の穴という穴をグショグショにされるほうのヤツだろうが。


 冗談じゃない。この身体が極めて愛らしいことは承知の上だが、人間年齢で換算すればまだ10歳の年端も行かぬ少女なのだ。そんなに小さい女の子に考えるのは……本当よくないと思う。ロリにすら至らぬ幼子アリスだぞ。

 要するに『ごめんなさい』『生理的に無理』ってやつだ。おれ自身されたい趣味なんか無いし、そもそもビジュアルからしてお近づきになりたくない。


 それに……ほら見ろ。せっかく平静を取り戻した背後の女の子も、かわいそうに再び怯え始めてしまった。



「それは良くないよなぁ、怖がらせるのは。……さっさと終わらせよう」


『クッッソガキがァァァァアアアア!!!』



 華奢で小柄で可愛らしいおれの身体目掛けて、卑猥な触手の群れが雪崩のごとく押し寄せる。足元のアスファルトを蹴り軽くニメートルほど飛び上がったおれの足元へ、粘着質な水音を立てて触手の群れが殺到する。

 その衝撃で粘液が飛び散り、その不気味な雫の一つが女の子の方へと飛んで行くが……相棒の発現させた光の防壁によって弾かれ、跡形もなく消滅する。ナイスフォロー。


 などと余所見よそみしている暇は無さそう……というわけでも無いようだ。【浮遊シュイルベ】を発現させて空中で体勢を整え、この身体よりも背の高い触手男を余裕綽々と見下す。

 なかなか落下してこないおれに痺れを切らしたのか、触手の群れは進路修正を計り上方へと飛んできた。


 上方。つまり……おれの方へ。

 暗がりの中で男が嫌らしい笑みを浮かべるのが解るが、生憎とこの子の身体はそんなに安くない。



「……【氷結フルリーゼ】」



 宙に揺蕩うおれの爪先まで『あと一歩』というところまで迫った肉蔓が、ほんの一瞬で動きを止めて表面の粘液ごとカッチコチに凍結する。

 明確に卑猥な目的で放たれた触手の群れは全ての動きを強制的に停止させられ、その『停止』の侵食は触手の先端から始まり……ピキピキと音を立てながらみるみるうちに進んでいく。



『な……グ、ギ、なん……ッ!?』


「さすがにもう動けないよね?」



 触手の全てを氷結させられ、接点である腰後ろのあたりから徐々に凍り始める触手男の背後へ、宙をふわりとひとっ飛びして飛んでいく。今や腹から下の動きを封じられた男は充分に振り向くことも出来ず、おれの目の前で無防備に首筋を晒している。


 両の肩甲骨のちょうど間あたり。背骨のある一部分から生えた、不気味な黒い『スプラウト』が……為す術なく晒されている。



「ちょっとごめんね……よいしょっと」


『グギャあああああああアアアアアあ゛あ゛!!!?!』



 むんずと掴んで、ブチッと引き抜く。身体の半分以上を凍らせた男が断末魔のような悲鳴を上げ、見開かれた瞳はぐるんと上を向き、唯一動かせる上半身はビクンビクンと何度も跳ねる。

 『スプラウト』の伸ばした根と、そこから滲み出た魔力によって改竄されていた身体が急速に『巻き戻り』始め、恐らくは身体中を蚯蚓ミミズが這い回るような不快感に苛まれているのだろうが……こればっかりはどうしようもない。死ぬよりはマシだろうと我慢してもらうしか無い。



「いや、早く解凍してあげないと……死んじゃうよ? 彼……」


「あっ」



 相棒の助言に助けられた。『スプラウト』を引っこ抜いても【氷結】の侵食は止まらない。なにせ他ならぬおれ自身が掛けた魔法だからだ。

 危なかった。さすがに肺や心臓が凍ったら死んでしまう。いくら現行犯とはいえ、彼には情状酌量の余地がある。命を奪われる程のわれは無いはずだ。

 とりあえず……これで今度こそ、もう大丈夫だろう。『スプラウト』は引っこ抜いて処分したし、ちぎれて残った『根』もすぐに消える。アフターフォローに【回復クリーレン】も掛けておいたので、しばらく放っておけば目を覚ますハズだ。


 彼は、もう大丈夫。

 あとは……あの子だ。



「よし。じゃあ……ごめんね。おまたせ」


「……っ、あっ、……あのっ! えっと、あの!」


「【診断ディアグノース】……ふぃぃ、よかった。【回復クリーレン】、【浄化リキュイニーア】、【美容シュルヘニア】、【鎮静ルーフィア】……あっ、服も直さないと。【修繕リペアーレ】」


「ふわ…………魔法……ほんとに……」


「ごめんね、怖い思いさせて。もう大丈夫だから」



 たところ、身体のにケガは無かった。どうやら触手に絡みつかれてこの暗がりに引きずり込まれたところで、ようやくギリギリ割り込めたようだ。

 怖い思いをさせてしまったが……にならなくて、本当に良かった。身体の傷は治せても、精神的な傷は治せない。嫌な記憶を選別して消去する、なんてことも出来ない。


 ……厳密に言うと『できなくはない』のだが……他人の精神に介入して意のままに弄り回すのは、それはある種のに近い。

 鼓舞や鎮静といった表層の扇動だけならともかく……深層まで侵入して弄り回すは、その人の人格に対する冒涜だ。


 ……それは……それだけは、だめだ。



 まあ、傷を治して『はい元通り』で済むとは思っていないが……とにかく大事に至らなくて、本当に良かった。

 あとは……混乱しているであろうこの子に事情を説明し、どうにか心を落ち着けてもらえるように頑張るしか無い。信じられないような非常識な事態に巻き込まれたのだ、一筋縄では行かないだろうが……巻き込んでしまった以上は、気長に誠実に対応していくしかない。


 ……と、思っていたのだが。




「あのっ、あの! 『わかめちゃん』ですよね!?」


「ふぁっ!?!?」


「おお? おー! やったねノワ」



 おれの身元……というかを知っている、目の前の彼女。

 いきなり告げられた。予想だにしていなかった事態に、我ながら面白い声が出るとともに一瞬で

 処理せねばならぬものを処理し終え、やらねばならぬことを片付け終え、余裕の生じていたの心。そこに生じた隙を見逃すこと無く、この身体に込められた『呪い設定』は律儀にその効能を現していく。

 敵性存在相手に立ち回っていたときのような落ち着きはどこかへと姿を消し、顔に血流が集中するのを抑えることが出来ない。


 思いもしなかった……しかも恐らくはとの邂逅。普通に考えれば当然、喜ぶべきことなのだろう。いや実際嬉しいことは間違いない。何せおれのは言うまでもなく、多くの人々に見てもらってナンボのお仕事なのだ。

 喜ぶべき……なの……だが。


 人に知られたいと異なり……このは、なるべく人に知られたくないのが本音なのだ。




「凄い! 本物ホンモノだ! 先週の『踊ってみた』良かったよぉ! わかめちゃんすっごく可愛かった! でも実物も可愛い! もっと可愛い!! …………えっ? 実、物……? えっ!? えっ、待って、待って……ホンモノだ! 凄い! リアルエルフ! 実在美少女エルフだ!! なにこれ可愛い!!」


「ひゅぇ……えっと、えっと、えっと……あ、あり、がとう?」


「きゃあああああ可愛い!! 一緒に写真撮って良い!? ……あっ、ごめんなさい、良いですか!? お願い!!」


「あっ、えっと、あの……は、はい」


「やった!! ありがとう!! わかめちゃん最高!!」


「ははははは……い、いぇーい」


「あー…………まぁ……時間の問題だったし、ね……」



 何かを諦めたような相棒の声が虚しく響くが……その声を完璧に掻き消すほどに、女の子のテンションはものすごかった。

 信じてもらうとか、心のケアだとか、そんなことを考える余裕も無かった。気がついたら女の子と隣り合って肩を並べ、自撮りツーショットをばしばし撮られていた。目を白黒させている間に女の子はものすごい幸せそうな表情になっており、もはやおれが何かを試みるまでも無かった。


 今どきの女の子は……つよかった。










 非実在の容姿をその身に纏い、電脳ネットの世界から夢と希望を与える、見るも鮮やかで華やかな職業。

 ナウなヤングにバカウケの、ホットでイマドキでアルティメットな総合エンターテイナー。


 人呼んで、仮想配信者アンリアルキャスター



 そんな『UR-キャスターユアキャス』ブームが到来し、ネット上で多くの配信者キャスター達が日々己の腕を磨き、互いに切磋琢磨していく時代。




 これは……表では人々に夢と希望を与えながら、裏では人知れず蔓延はびこる絶望と怨恨を取り除くべく活躍する、とある一人の新人仮想配信者UR-キャスターの――


 ……いや、新人仮想配信者UR-キャスター木乃若芽きのわかめ』ちゃんとなってしまったの、努力と涙と奮闘と騒動と……そして笑顔と涙とときどき悲鳴の記録なのである。



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