第14話 敗北者と勝者の明日

 決闘に敗北したヘンリーは、“禁則”の魔術によりマリーベルらに近づく事を禁じられたうえで、冒険者の店の自分が借りている部屋に運びこまれていた。

 治療については最低限の応急処置しかなされていない。

 死ぬことはないだろうが、かなり酷い有様だ。

 その彼の部屋にパーティメンバー達全員が訪れた。少し前に動けるようになったガズンの姿もある。


「ヘンリーさんよ。こんな時に悪いんだが、確認させてくれや」

 ケントがそう話し始める。

「嬢ちゃん達を襲ったマンティコアを見させてもらったんだが、あれは前に俺達が交渉した奴だ。

 やっぱり、あんたがあのマンティコアを使って嬢ちゃん達を襲わせたんじゃあないのか?」

「そんなわけねぇだろうが、証拠でもあるのか」


「証拠っていうか、まあ、もう面倒くせぇからはっきり言うわ。

 俺は前から知っていたんだよ。あんたがあのマンティコアと接触しているのを。

 賢者の学院から何かの情報を手に入れてマンティコアに提供して、見返りとして迷宮の隠し部屋の存在を教えてもらっていたのもな。

 別にそれを咎めるつもりはなかった。マンティコアは存在自体が邪悪ってほどの魔物でもないしな。結託するのもいいだろうよ。

 だが、今回の件は見過ごせねぇ。人を襲わせるなんてことはな。

 嬢ちゃんとあんたの間に何があったか知らねえが、あんたは越えちゃあならねえ一線って奴を越えちまった」


「ふざけんな、だから証拠はあるのかよ!」

「ねえよ。だがそんなもんは必要ない。俺は自分の知っていることを全部この店の親父に伝えるよ。証拠はないって事も含めてな。どう判断するかは親父の自由だ。

 だが、俺個人としては、あんたとはもうやっていけねえ。パーティを抜けさせても貰う。

 他の連中も同じ気持ちらしいぜ」


「なんだと! てめぇら、俺よりこの爺を信じるのかッ」

 ヘンリーはそう怒鳴って他のメンバーを見た。


「当たり前でしょう。あなた自分が信じてもらえると思ってるの?」

 アニスが事も無げにそう言った。

 ガズンも大きく頷いて、ケントとアニスへの賛意を示す。


 グラックスも口を開いた。

「私には客観的な真実を知ることは出来ません。私に出来ることは計算だけです。

 そして計算の結果、ケントさんが正しい可能性の方が高い、それも比べるまでもなく高い、という結論を得ています。よって私も抜けさせてもらいます」


「そういうことなんでな、あばよ」

 ケントが最後にそう言って、4人は次々とヘンリーの部屋から出て行った。

「待て、お前ら、待たねえか!」

 そう叫ぶヘンリーを無視して、4人は別の話しをしていた。


「私の計算だと、効率良く仕事をこなす為には、1人か2人メンバーを増やす方が良いと思いますね」

「私も賛成。新しい仲間は女性にして欲しいわ。こんな男所帯に女が1人なんて、身の危険を感じるわ」

「馬鹿抜かせ。お前みたいな小娘、こっちから願い下げだ」

「私ももっとグラマラスな方が好みです。具体的な数字は……」

「あんたらふざけんじゃあないわよ!」


 最早彼らはヘンリーのことを気にもしていない。

 ヘンリーは1人部屋に取り残されてしまった。




 ヘンリーとの決闘から数日後、街に出て長旅の為の装備品などを見繕っていたマリーベルは、ある人物を見つけて駆け寄った。

 その人物は、かつてマリーベルに野草の採取を依頼した、治療師と名乗る女だった。


 マリーベルは、勇んで“治療師”に声をかけた。

「治療師さん。今日会えてよかった。実は明日にもこの街を出るつもりだったんです。

 その前に、治療師さんにお礼を言いたかったんです」


 マイラ達への悪評はすっかり沈静化していたが、マリーベルたちは結局王都を離れることにした。それも他国に行く予定だった。

 マリーベルが、心機一転離れた場所で活動したいと主張したためだ。

 

 マリーベルからそのことを聞いた“治療師”が言葉を返す。

「そうか。私も弓使い殿にはもっと早くに会いたいと思っていたが……。

 街を出るのか。なるほど。それで、お礼というのは何のことかな?」

「いろいろ助言してもらった事についてです。

 それに、私に野草採取の依頼をしてくれた事も。あれがなければ、多分私は何も変わることは出来なかったと思うんです」


 それは、マリーベルの本心だった。

 “治療師”の依頼を引き受けたことで、人に頼られること、人に感謝される事、そして自分で仕事をして報酬を貰うということへの喜びを経験していなかったならば、マイラ達に手伝いを頼まれた時、自分はそれを断ってしまっただろう。マリーベルはそう思っていた。

 もしそうなったら、今も自分はヘンリーに虐げられるだけの生活をおくっていたはずだ。

 そう考えれば、あの小さな出来事は、彼女の人生にとって途方もなく重大な出来事だった事になる。


 そんな事を考えていた彼女は、ふと思いついたことを口にした。

「こういうのを、運命、っていうんでしょうか?」

 “治療師”が言葉を返す。

「運命なんてものは存在しないさ。あるのは、全ての者の決断と行動、そして多少の運不運。その結果だけだ。

 運命というものは、その運不運の中にかけら程度のものがあるだけだ」


「そうですね。自分で行動しないと何も変わらないですものね。

 私の弱さについて教えてもらった事にも感謝しています。あれのおかげで私は正しく努力する事が出来ました。

 そして、信頼しあえる本当の仲間に出会えたんです。それも治療師さんのおかげです」

 マリーベルはそう言ってマイラ達と知り合って仲間になった経緯を説明した。


 “治療師”がいつもよりも低い声で問い返した。

「その神官が、光明神ハイファの神託を得たと言ったか?」

「はい、そのようです」

 マリーベルは快活に答えた。彼女は“治療師”が随分と剣呑な気配を帯びている事に気づかずに言葉を続ける。


「これからも、治療師さんに教えてもらった事を忘れずに、努力を怠らないようにします。彼女達の役に立つ自分であり続ける為に」

「ふむ、それはまあ、正しい心掛けだな」

 返答する“治療師”の口調は元に戻っている。


「仲間を待たせているので余り時間がないんです。慌しくてすみませんが、これで失礼します。

 本当に感謝しています。ありがとうございました」

「そうか。私も弓使い殿に幸多からん事を祈っているよ」

 最後にもう一度頭をさげると、マリーベルは名残惜しそうにしながらも、“治療師”の下から去って行った。


 マリーベルが去った後、“治療師”が小さな声を発した。その声色には好意的な響きは微塵もない。むしろ強い敵意や憎しみのようなものさえ感じられる。

「この私のおかげで、信頼しあえる本当の仲間に出会えた、か」


 “治療師”はマリーベルの去って行った方をしばらく見ていた。そして、また口を開いた。

「まあ良い。そういうこともある。

 ハイファに神託を下されては、後手に回るのもやむを得まい。

 次へ行くとしよう」

 “治療師”はそう呟くと、マリーベルが去ったのとは別の方向を向いて、その場から歩み去ったのだった。

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