第13話 決着

 開始の声が響くと同時に、ヘンリーが全速でマリーベルに向かって走る。

「ジェンナお願い!」

 マリーベルの声に応えてヴァルキリーのジェンナが顕現し、ヘンリーの前に立ちふさがった。そしてたちまち激しい剣戟が始まった。


 ヘンリーには余裕があった。

(俺はこの決闘に勝てる。マリー、お前にもそれが分かっていて決闘なんて手段を選んだんだろう?

 俺が勝ってお前は俺のところに戻る。それがお前の望みなんだ! お前は今でも俺の事が好きなんだ!)

 ヘンリーは本気でそう信じていた。

 だが、彼の考えは満更荒唐無稽なものではない。

 彼が優れた戦士であるのは事実だったからだ。


 ヘンリーはヴァルキリーの加護を得ていた頃に比べると、確かに精彩を欠いていた。

 だがヴァルキリーの加護は、本人の実力に若干の上乗せをするものであり、実力を何倍にするほどの劇的なものではない。

 ヴァルキリーの加護を失ってもなお、ヘンリーが優秀な戦士であることに変わりはなかった。


 事実、ヘンリーは上位精霊ヴァルキリーに対してさえ優勢に戦いを進めている。

 彼も無傷ではない。だが自分が受けた以上のダメージをヴァルキリーに与えた実感が、彼にはあった。


 ジェンナの鋭い突きをいなし、代わりに剣の一撃を叩き込んだヘンリーは、勝利への実感を持ち、心中で叫んだ。

(このままこのヴァルキリーとかいう精霊に勝って、お前を俺の物にしてやる! お前は俺の物なんだ、マリー!)


 だが彼は、ひとつ思い違いをしていた。

 この戦いはヴァルキリーとヘンリーとの戦いではない。マリーベルとヘンリーの戦いなのだ。


 唐突にジェンナの姿が掻き消えた。

 次の瞬間、ヘンリーは強烈な殺気を感じた。

 殺気を放つ方を向いたヘンリーが目にしたのは、弓を構えヘンリーに狙いを定めるマリーベルの姿だった。


 マリーベルの弓につがえられた矢は、間違いなくヘンリーの心臓を狙っている。

 その矢が放たれた。

 その瞬間、矢尻が光り輝くのを、ヘンリーは確かに目にしていた。


 マリーベルは、ジェンナとヘンリーが戦い始めてから、ずっとヘンリーを狙い、その動きを観察していた。

 ここぞという時に一撃を加えるためだ。

 そしてその瞬間、ジェンナを自分の身に宿らせた。


 マリーベルの弓の腕では、本来はヘンリーに当てるのは難しい。

 だが、ヴァルキリーの加護を得れば、その差を埋めることも不可能ではない。

 事実、その矢はヘンリーの体に届いた。


 ヘンリーは辛うじて心臓への直撃を避けた。

 しかし、マリーベルの矢はヘンリーの左肩を深々と刺し貫いている。無視できないダメージだ。

 そしてそのダメージ以上に、ヘンリーはマリーベルから強烈な殺意のこもった一撃を受けたことにショックを受けていた。


 そのヘンリーを2の矢が襲う。それは彼の腹を貫いた。

 次はまた心臓が狙われ、とっさに庇った右腕にあたった。


「そこまでッ! 勝者マリーベル!」

 審判がそう叫ぶ。

 ヘンリーの受けたダメージが、既に相当深刻なものになっていたのも間違いない。だが、それ以上に戦意を喪失したと思われた事が敗北を決定的にした。

 ヘンリーはマリーベルに対して、攻撃する為に向かっていく意思を示せていなかった。


 マリーベルの勝利が確定すると、レミが駆け寄って来てマリーベルに飛びつきながら叫ぶ。

「やった! マリーさん」


 マイラとエイシアもマリーベルの近くまでやってくる。

「見事だったマリーベル。最後は想定したよりもあっけなかったな」

 マイラがそう声をかけた。


 ヘンリーがマリーベルの方に向かって来たなら、再度ジェンナによって足止めをし、マリーベルは距離をとってもう一度弓矢でヘンリーを狙う予定だった。

 戦士としての地力に勝るヘンリーによって、そのような事をする余裕もなくジェンナが倒されてしまう可能性もある。

 だが、マリーベルの勝算もないとは言えない。そう判断したことも、マイラ達がマリーベルの決闘に同意した理由のひとつだった。

「ありがとう。みんなのおかげよ」

 マリーベルがそう応える。


 マイラは、膝をつき座り込んでしまったヘンリーの様子を確認していたが、マリーベルは、最早ヘンリーを一瞥もしなかった。


 勝利を喜び合うマリーベルたちに、審判が告げる。

「勝者は、費用を負担するならば、魔法によって敗者に条件を強制することが出来るが、どうするね?」

「もちろんお願いします」

 マリーベルは即答した。それが彼女の目的だ。

 今更ヘンリーの口約束を信じるなど、全くありえない。

 審判は頷くと、今後の手続きの説明を始めた。


「ま、待ってくれマリー」

 そんな声が発せられた。ヘンリーだった。

 彼はマリーベルの方に向かって這いずって来ようとしている。

 彼が受けたダメージはやはり深刻で、一度座り込んでしまえばもはや立つことも出来ないようだ。

 そんな状況でも彼は、マリーベルに向かって語りかけ続けた。

「行かないでくれ。俺はお前を愛しているんだ。俺を見捨てないでくれマリー」


 そのヘンリーの告白を聞き、その姿を見てしまったマリーベルは、嫌悪感と恐怖の余り背筋が震えるのを感じた。

 その恐怖は、自分では全く理解ができない得体の知れない存在を見てしまった者が本能的に感じる恐怖だった。


 マリーベルは審判に向かって言った。

「早く手続きをお願いします」

「ああ、速やかに行うから安心してくれ」


 その回答を聞いたマリーベルは、「よろしくお願いいたします」と告げると、仲間たちと共にその場を去った。

 ヘンリーには声もかけなかったし、一瞥もしなかった。

 マリーベルは、最早ヘンリーの事を声をかけるべき相手と認識していなかった。

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