第9話 好転

 暫らくして、マリーベルと、もらい泣きを始めてしまったレミの様子がおさまってから、4人は今後のことについての話し合いを始めた。


「どうする? 面倒だから、さっさとどっか他に行っちゃう?」

 レミがそう言った。


「いや、それは止めた方がいい」

 マイラはその意見に反対だった。

「今私達がこの街を去ると、逃げたことになって噂を肯定したようになってしまう。それは拙い。

 プライドとかの問題じゃあない。一時とはいえここまで広まった悪評が事実と思われて固定すると、思いもよらないところで悪影響を受けるかもしれない。

 ここは、せめてもう少し噂が下火になるまで踏ん張るべきだ」


 エイシアもマイラの意見に賛成だった。

「そうですね。それに、それほど長く噂は続かないと思います。

 気にする人が調べ始めれば、根拠がないということは直ぐに分かるんですから」


「ですが、あの男は根拠の捏造くらいするかも知れません」

 マリーベルがそう意見を述べる。

「それを予防して、更に今の噂に対処する為にも、皆さんに紹介状を書いてくれたという貴族の方と接触を図ることは出来ないでしょうか?

 紹介状を書いた相手がここまで悪し様に言われることは、その貴族の方の対面を傷つけることにもなります。

 面倒だと思われて切り捨てられてしまう可能性もありますが、私達は直接噂をまいている者達を把握しているんですから、その者たちが貴族の方の悪評につながることをしていると告げれば、その者達を罰するように動いてくれるのではないでしょうか」


「そうだな。あの方はこのくらいのことで私達切り捨てないだろう。その方向で動いてみよう。

 それから当面の活動は妖魔狩りだな。

 妖魔を退治すれば日銭稼ぎにはなるし、4人での戦闘訓練にも最適だろう。

 まあさすがに王都の近くで妖魔を見つけるのは難しいだろうが、探すだけは探してみよう」

 マイラがそう当面の活動方針を述べた。


 マリーベルがもうひとつ自分が考えていることを告げた。

「それと、今まで確証がなかったので言わないでいたんですが、ひょっとすると私は精霊の声を聞くことが出来るのかも知れません。

 今も確証はないんですが、可能性だけでも言っておくべきだと思うのでお伝えします。

 もっとも、私はマナが極端に少ないと言われているので、精霊の声を聞いても結局は魔法を使えないかも知れませんが……」


「そうか。それはすごいな。マリーベルは今もままでも十分力になってくれるが、出来ることが増えるにこしたことはない。声が聞こえるだけでも大したことだよ。

 まあ、精霊魔法は感覚的なところが多くて、他人から教わるのも難しいと聞いた事がある。焦らず、様子を見ていこう。

 いずれにしても、早速あの方と連絡を取ってみる。

 それから、マリーベルの冒険者登録のやり直しだな。前の店との調整も必要だが、あの店主の様子なら面倒なことは言わないだろう。それから、妖魔狩りの算段も始めよう」

 マイラがそう告げて、残る3人が次々と同意の言葉を口にした。


 こうして、新たに4人組みの女冒険者となったマリーベル達の活動が始まった。




 その後、状況は好転する様子を見せ始めた。

 マイラが言ったとおり、彼女達に紹介状を渡していた貴族は彼女達を見捨てるつもりはなく、むしろ酷く立腹していた。

 マリーベル達から事情を聞いたその貴族は、噂を流している者達を捕らえるように動いた。

 具体的には、何か嘘であることを証明できる噂を流していた者をとにかく1人でも捕まえて、嘘の情報を流して世を惑わせた罪で訴えてしまうことにした。


 そして、貴族の手の者がヘンリーの取り巻き達の動向を探り早々に1人の男を捕らえた。

 その男が流していたのは、マイラたちが闇の神々を信仰しているという噂だった。

 これに対して、光明神の神殿がエイシアは間違いなく光明神の神官にして神聖術師であり、闇の神を信仰しているなど事実無根だと表明し、男の罪を確定させた。


 男はヘンリーに頼まれてやったと証言し、これによってヘンリーも官憲に呼び出されることになる。

 だが、ヘンリーは男に依頼した事実などない、男が勝手にやったことで自分は関係ないと言い切った。

 結局ヘンリーは証拠不十分で罪に問われることはなかった。


 このような結果になったのは、マリーベルの献策の結果だった。

 彼女はこの一件だけでは、ヘンリーを罪に問うだけの証拠を集めるのは難しいと判断し、無理に罪に問おうとするよりも、ヘンリーが実行犯の男を見捨てて自分だけ助かったという事実を、さっさと確定させてしまおうとしたのだ。

 そうすれば、噂を流している他の者達に冷や水を浴びせかけることが出来るだろう。


 マリーベルのこの予想はあたった。いざとなれば、自分達は簡単に見捨てられるということを目の当たりにしたヘンリーの取り巻き達は、ほとんど一斉に噂を振りまくのを止めた。

 そして、ヘンリーの周りから去って行った。

 それでも、又聞きの噂を流してしまう者などもいたのでマイラたちの悪評が直ぐになくなることはなかったが、状況が静まる方向に動き始めたのは間違いない。


 これに対してヘンリーを取り巻く状況は悪化した。

 証拠不十分だったとはいえ、官憲に呼び出されただけでも彼の評判を落とす理由にはなった。それに、事情を多少知っている者が見れば彼がかなり怪しいというのも明らかだ。

 前回の冒険の失敗という結果もあいまって、彼の評判は急速に下がり始めてしまった。


 そのヘンリーは酒場の一角で荒れていた。パーティの仲間達とも疎遠になり取り巻き連中にも離れられてしまった彼は、今は1人だけだ。

「ふざけやがって。糞共が。マリーは俺のものだ。俺だけがマリーを守れるんだ。その事をよく分からせてやる。分からせてやらないといけない。どんな手を使ってでも……」

 そう呟くヘンリーの瞳にはどす黒い光が宿っていた。

(……あいつにまた連絡をとろう。若い女を3人も食わせてやると言えば、乗ってくるはずだ。邪魔な女共を殺して、マリーは俺のものだ……)

 ヘンリーは黙って、そんな事を考えていた。

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