走る理由

青樹空良

走る理由

 走る。

 走れ!

 生きるために。

 もっと!

 もっと速く!

 そうしなければ、生きられない。


「待て! このクソガキ-!」


 後ろから怒鳴り声が聞こえる。

 捕まるわけにはいかない。

 捕まってたまるか!

 走れ!

 走れ!

 路地裏に逃げ込んで息をひそめる。


「どこへ行きやがった!」


 イライラとした声が遠ざかっていく。

 ほっと息をつく。




 ◇ ◇ ◇




「お待たせ」


 わっと群がってくる、俺より小さい子どもたち。

 俺の仲間。

 家族みたいなものだ。

 ゴミの山の中。

 その中に、俺たちは住んでいる。

 捨てられて重なり合った家具やらなんやらで雨はしのげるんだから、俺たちにとっては立派な家だ。


「今日はこれだけしか持って来れなかったけど、わけて食べような」


 手に持った少ない食料を見て、それでも仲間たちは目を輝かせる。

 いつも盗みなんかやっているわけじゃない。

 仕事をして金をもらうことだってある。

 だけど、俺は世間で言えばまだ子どもだ。

 ろくな仕事がもらえるわけじゃない。

 どんなに一生懸命働いたって、もらえる金なんてたいしたもんじゃない。

 時には盗みだってやらないわけにはいかない。

 この中では俺が一番、逃げ足が速い。

 だから、俺がやるんだ。

 俺がやらなければ、仲間たちを守れない。

 それでも守れないときもある。

 飢えと寒さで、死んでしまった小さな子どももいる。

 そんなのは何度も見てきた。

 俺よりも年上だった兄ちゃんは、いつの間にかどこかへ行って帰ってこない。

 死んだのか、それとも、もっとマシなところへ行ったのか。

 わからない。

 みんな、今日を生きるのに必死だから。




 ◇ ◇ ◇




 そんな日々に終わりが来た。

 いつものように俺は走った。

 大人だって追いつけない。

 何もくれなかった神様が、たった一つだけくれた俺の足。

 それなのに。

 今日は違った。


「捕まえたぞ」


 あっさりと、捕まった。

 これまで誰にも追いつかれたことなんかなかったのに。

 やけにガタイがいい見たことのない男に、地面に押さえつけられる。


「くそっ!」


 俺が食い物を持って行けなかったら、あいつらはどうなる?

 俺の仲間たちはどうなる?


「離しやがれっ!」


 もがいても振りほどけない。

 俺はこれからどうなる?

 前にも捕まったことはある。

 半殺しにされてツバを吐きかけられた。

 あの時よりはマシだったらいい。

 生きてさえいられれば。




 ◇ ◇ ◇




 On your mark


 あの日、俺は訳のわらないまま連れて行かれた。

 どんどん遠くに連れて行かれて、もしかしたらこれで終わりなのかと思った。

 けれど、違った。

 もう、あのゴミの山の中へ帰らないでいいのだと。

 俺は選ばれたのだと言われた。

 歓声が聞こえる。

 怒号ではなく。


 Set


 ピストルの音。

 走り出す。

 自分の意思で。

 逃げるのではなく、ゴールを目指して。

 あの日、俺を連れて行ったのは短距離走の選手にスカウトするためだった。

 ストリートチルドレンだった俺の走りを見て、見いだしてくれた人がいたのだと後になって聞いた。

 生きるために走る。

 それは変わらない。

 だけど、今の俺は、それをやりたいことだからやっている。

 走りたい。

 走りたい。

 逃げるのではなく。

 どこまでも。

 俺をここまで連れてきてくれた、この足で。

 歓声が聞こえる。

 その中には、あの仲間たちがいる。

 俺がここまでこれたからこそ、あの中から救い出せた。

 俺のことを希望だと言ってくれた、仲間たち。

 ゴールテープを切る。

 走り抜ける。

 ここで終わりじゃない。

 どこまでも走るんだ。

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走る理由 青樹空良 @aoki-akira

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