嘘つき

 一人で飲みたい夜もある。私はバーのカウンターに腰を下ろした。

「バーボンをロックで」

 バーテンダーがグラスに氷を落とす。やがてそれは琥珀色に満ちていく。私はそのさまを無言で見つめる。

「お待たせしました。今日は風が強かったみたいですね」バーテンダーが穏やかな口調で語りかける。

「ああ、木枯らし1号らしい」私はグラスを受け取り答える。

「木枯らしというと冬の訪れを知らせる風速8メートル以上の風ですね。どうりで風の音も気になるわけだ」

 バーテンダーの穏やかな口調につい私は悩みを吐露してしまう。

「自分の恥を晒すようで言いにくいんだが、私のグチに付き合って貰えないかな?」

「お付き合いしますよ」

「私には中学三年の娘がいてね、以前は私の事を慕っていて、将来はお父さんのお嫁さんになるなんて言ってたんだよ。それなのに」

 私はバーボンを一口飲む。

「いつからか私を露骨に避けるようになってしまった」

 私は深いため息をつく。

「思春期ですね。難しい年頃です」バーテンダーが言う。

「ある日娘は私のことを嘘つきだと言った」

「そうですか、私からも言いにくい事があるのですが」バーテンダーは一旦言葉を切った。


「カツラがズレてます」

「そういえば、あの日は春一番が吹いていたな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る