第72話 伝承される悪意

『次、僕と勝負だよ!』


 キャンキャン! と威勢よく吠えるプロフェン。


 おとなしいプロフェンがいつになく敵愾心をむき出しにしている。


 そんなにトラネを取られたショックが大きいのか、ニャンゾウさんに対して格の違いを見せつけてやるとばかりに睨んでいる。


 仕草に対してまだまだ可愛さが目立つので、威嚇か誘惑かわからない。


 甘え足りないんだろうと抱っこして撫でてやるとすぐにほっこりグデッとした。


「と、この子が勝負したがってますけどどうします?」


 ロキとの勝負を不戦敗したニャンゾウさんは、僕の抱えた双頭の子犬を不審げに見やって「この生物は何でござるにゃん?」と聞いてきた。


 まぁ見慣れないのは確かだからね。


「正式名称はツインヘッドベヒーモスって奴かな。古代遺跡の門番をしてたんだって。ロキがしつけて子分にしたって息巻いてたから、僕は詳しく知らないんだ」


 分体のロキが『凄いだろう?』と胸を張る。


 ソニンと協力して5日くらいかけての死闘だったよね?


 傷だらけのロキとソニンを癒して世話して僕も大変だった事を思い出す。


「ツインヘッドベヒーモスだって!? 文献に載ってる創生時代の魔獣じゃないか!」


「知ってるんですか、ルテインさん?」


 ルテインさんが名前を聞いて驚愕に目を見開く。


 やっぱり名前が知られてたか。

 兄さんでも知ってるからね。


「ああ、私が生まれた国の伝承に残された【約束の地】を守る門番として記されている。古代遺跡としてそれなりに探索はされたが、何も発掘できずに放置された場所でな。だが強力な門番が居る部屋だけは何年経っても攻略できずにいたんだ。今はどうなったのかは知らんが、そうか、その門番すら手懐けてしまうのか」


 兄さん曰く、最奥にいるキングベヒーモスの情報まで出ているので攻略はされてるんだと思う。


 プロフェンも一回心臓で運ばれてきてる時点で死んでた様なものだし。


「ルテインさんの時代にもあったとなると相当前から門番してたんだねぇ、この子は」


 首元をくすぐるとプロフェンがくすぐったそうに前足をばたつかせる。


 ほれほれ、ここが良いのかー? 

 だなんてついつい世話を焼いてしまう。


「私の代で国は潰えてしまったが、当時の教科書には350年前からある遺跡だとされていた。今から換算しておおよそ500年も前のことだ」


「で、あるならばギリギリ某の世代でござるか」


 そう言えば500年生きてるんだっけ? ニャンゾウさん。


 尻尾が6本もあるニャンジャーは立派な武人だそうだ。


 先ほど見せた爪の魔法。

 実は尻尾の数だけ爪の本数が伸びるらしい。


 ロキ相手に三本で圧倒して見せた先ほどの戦い。


 いかに強靭な体毛を持つロキでも、良い勝負しそうだなぁと思う。


 それはそうと大昔換算でもその時代を知る人物の登場で事態は急速に収束することになる。


「ルテインさん、キッカさん時代の記憶を思い出せます?」


「すまない、記憶自体は非常に曖昧なんだ。でもそうだな、ニャンジャーの間で謎の失踪事件が頻発していたと言う噂はあった様に思う。キッカ姫はその勇猛な性格で7歳にして悪しき人間の元に駆け出そうとしていたのだ」


「それを某が必死になって止めたのだ」


 その頃から脳筋だったんだ、ルテインさん。


 ニャンゾウさんの気苦労が痛いほどにわかってしまう。


 現在進行形で脳筋に振り回されてるストックさんが力強く同意する。


 分かります、お辛いですよね。

 と謎の共感を覚えてしまっている。


 当事者達はどこ吹く風でニャンジャーの世話に夢中だ。


「なぁ、この浮遊大陸にはかつて人類もいたのか?」


 当事者の一人であるアスター兄さんがじゃれつくニャンジャーをモフりながら聞いてくる。


「居ましたよ。他にもたくさんの種族が上層大陸に住んでました。今は離別して暮らしています」


「上層? ここは浮遊大陸ではないと?」


 兄さんの指摘に、ルテインさんははっきりと否定する。


 上層と下層。そう定義づけている理由。


 ではなぜこの大陸を見つけるまで記憶が曖昧だったのか。

 そこも合わせて不明な点があまりにも多い。


「私もここに来るまでの記憶が曖昧でうまく説明できないが、ニャンゾウの顔を見てキッカ姫の記憶が強く思い出されたことで補完された認識だ」


「それが上層と下層か」


「ああ。空気の層と言うのかな? 謎の浮力が大陸を二つに分断して存在する。最初は上層だなんて分けずに平和に暮らしていたんだが、その世界に穴が穿たれてから世界は様子を変えた」


「それが下層、魔獣の領域からの侵攻だったんにゃ」


 魔獣。それは僕達の世界を脅かす存在。


 座学の授業でも習ったけど、どこからやってくるのかは全くの謎で、気がつけば動植物が汚染され、魔獣に成り果てると聞く。


 しかしルテインさんの中にあるキッカ姫の記憶はまるで別物だと警鐘を鳴らした。


「下層は魔獣の棲家という認識か?」


 兄さんの腕の中のニャンジャーと、僕の腕の中のプロフェンが喧嘩してる。


 引き離すとまだ暴れたりないと首の一つが僕に噛みついた。


 甘噛みだ。

 全然痛くないので気にならない。

 そういうところも含めて可愛いなぁと思う。


「はい。我々は魔獣領域と認定し、忌み嫌いました。居住区もその場所から遠ざける様に移りました」


「けど、一部の人類がその場所も占有しようと言いだしたんにゃ」


 あちゃー、という顔で兄さんが天を仰ぐ。


 僕も同様に嘆いた。

 昔から人類はなにも変わってないんだという失望ばかりが積み重なる。


「結果、下層に人類が溢れた?」


「上層から追放された、のが正しい見識です」


「追放? それは穏やかじゃないな」


 追放と聞いて僕の胸がギュッと痛む。


「人間達は自分の手を汚さずに下層を攻略しようとしたんです。エルフやドワーフ、そして我々ニャンジャーもまた、研究材料として攫われ、実験の成果として下層に送り込まれました」


「は???」


 兄さんが拳を強く握る。

 今まで僕に見せたことのないほどの怒りが、顔から見てとれる。


 僕だってそうだ。

 その話を聞いて顔から火が出るほどに強い感情がこぼれ落ちそうだ。


 そんなの許せない。

 絶対に間違ってる。


 でもその怒りの矛先を向ける相手は自分と同じ人間で、もうとっくにお亡くなりになってる遠い祖先。


 一度振り上げたものの、収める場所を見つけられずに拳に力だけが込められた。


「バウワウ! バウワウ! グルルルル!」


 僕たちの怒りに感化されたのか、プロフェンもまた吠え始める。


「くそ、何だって人間はこうも間違いばかり起こしやがる!」


「リーダー、昔の人に文句言ったってなにも変わんないわよ?」


「そうですよリーダー、落ち着いて。腕の中のニャンジャーちゃんが苦しそうです」


「わるぃ、少し興奮してた」


 助かったにゃーと兄さんの腕から解放されたニャンジャーはストックさんの胸で安らかにゴロニャンと鳴いた。


 誇り高い生物って話じゃなかったっけ?

 すっかり飼い猫だよ。


「くそ、ぶん殴ってやりたいのに当の本人はとっくに墓の中かよ! この怒りをどうにかしてでもぶつけてやりたいぜ!」


「何かその当時の首謀者の特徴とか、名前とか思い出せないんですか?」


「我々ニャンジャーにとって人間の顔はどれも同じに見えます故……」


 あ、手がかり潰えた。


 そんな顔がそこかしこで見られた。


 けど、ニャンジャーでありながら人間の記憶を有したルテインさんの言葉で状況は変わる。


「記憶が曖昧で申し訳ないが、私の記憶と照らし合わせれば、その男は博士と呼ばれて白衣を常に纏っていた」


「いや十分だ。名前や地名とか思い出せないか? 子孫として責任を押し付けられた償いをしたい」


「地名は既に潰えていますので……でも確か人間達の統率者はコローニャと」


「!!」


 兄さんの顔がいつになく真剣みを増す。

 力強く握られた拳が大地を抉った。


「コローニャと、そう言ったな?」


「ええ。まさかお知り合いにいらっしゃるんですか?」


「俺たちの実家は、コロニア王国にある。こんな偶然あるかよ!」


「そういえば厄災の名前もコロニアだったわよね? これも偶然にしては出来すぎね。似通ってるという点だけならこじつけなんていくらでもできるけど」


 フィニアが思出した様に言う。


「ああ、これでようやく合点がいった。俺たちの最終目標は、あの国のやってきた罪を表沙汰にする事だ。そのためにも力が、権力がいるな。取るぞ、Aランク」


「でもさ、リーダー。帝国でAランクをとっても王国には介入出来ないよ?」


 兄さんの決意に、ミキリーさんが水を差す。


「馬鹿野郎、そんな事は百も承知だ。それに、あの国は他国が自国より儲かってるのを看過できねぇ、遅かれ早かれ喧嘩をふっかける。その時の兵隊として堂々とぶん殴れる権利を手に入れられるんだ。それだけでもなる価値はある!」


「気の長い話だねぇ。まぁ、あの国の連中は帝国を忌み嫌ってるので手を出してくるだろうことは予想できるのよね」


 兄さんに続いて、ミキリーさんまで同意する。

 まるでお国事情に精通してるかの様な口ぶりだ。


 まさか兄さん以外にも貴族が?

 そんなまさかね。


「それはそれとして、ここからどうやって元のルートに戻ります?」


 ストックさんが本来のルートから大きく逸れた地上ルートを指して僕たちの目先の問題を提示した。


 足元にはパブロンの街が見えてきた。


 一日半かけた日程がものの数時間で逆戻りしてしまったのである。


 開催期間まではまで余裕はあるが、ニャンジャーへの訪問は完全に道草。


 詳らかにされた過去の悪事に憤りを覚えた僕たちは、目先の問題から片付けるべくとある場所へと向かった。



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