1-5 100階からの脱出2

「おっもい!」


 火かき棒を差し込んで、てこの原理で岩を持ち上げる。

 岩をどけて穴を覗き込むと、緑の光の正体がわかった。


 紡錘状の、緑色の石。岩の周りに4つ配置され、ふんわりと弱く発光している。


 緑の石はもとからそこにあったのではなく、あとから岩の間にねじ込まれたのだろう。岩には傷がついており、それがなければ岩は外れなかったと思う。


 穴の底にはもう一つ小さめの岩があり、これはつつけば外れそうだ。

 香菜は火かき棒を振りかぶり、ぐさりと岩に突き刺した。



   *     *     *



 深夜。香菜はベッドをがさごそ動かして、岩をどかし、ぽっかりあいた穴から99階に降り立った。100階の床から99階の床までは2メートルほどの高さがあり、かなり怖かったがえいやっと飛び降りる。


 99階の小部屋は物置になっていて、木箱や箒が乱雑に置かれている。部屋は暗く、窓から差し込む月明りでどうにか見える程度だ。鍵のないドアから外に出ると、狭い廊下がずっと向こうに入り組むようにしてつながっていた。

 塔全体の大きさはわからないが、かなり横に広いらしい。


 ついに100階を抜け出してしまった。

 ばくばく落ち着かない心臓の音を感じながら、抜き足差し足で廊下を進む。


 階段はすぐに見つかった。

 手すりがなく、おりるのが少し怖いが、壁にやもりのようにへばりついて一段ずつおりていく。


 99階から98階へと階段を下り、もうすぐ97階に差し掛かろうとしたとき。

 足音が聞こえた。


 タオルだろうか。いや、違う。

 このカツカツという足音、スーザンだ。


(うそでしょ! 見回りに来るなんて)


 香菜は慌てて近くの適当な部屋に飛び込んだ。

 部屋は使われていない居室のようで、マットレスのないベッド枠に、テーブルに木の椅子、姿見が置かれている。


 カツカツという足音はどんどん近づいてくる。

 まずい、戸を開けられたら終わりだ。どこかに隠れなければ!


 姿見の後ろに飛び込んだとき、バチっと音がして足に痛みが走った。


「ぴゃっ」


 喉から変な音が出ると同時に、ドアが開かれる。

 ろうそくの光が隠れた香菜の足元まで差し込んできた。


「ふむ、ネズミかしら」


 スーザンのぼやく声が聞こえる。


「まったく、98階にも出るなんて、こまった生き物だこと」


 ドアが閉められて、光が消える。

 香菜は口をふさいでいた両手をゆっくりと離した。


 足を挟んでいたのは、小型のネズミとりのようだ。

 間違って踏みつけてしまったらしい。


 危ないところだった。姿見の裏から這い出して、ネズミとりを足から外す。

 月が雲間から差し込んで、部屋の中を照らし出した。


 香菜が顔を上げると、鏡面には幻想的な美しい女性が映し出されていた。

 あ、きれいなひと……。


「って、これ私!?」


 ほこりをかぶった鏡に近づいて、顔をじろじろ眺めてみる。

 白い肌、つややかな髪、灰色の瞳。


 カナリア姫がこんなに美人だったなんて。


 すでにスーザンの足音は聞こえなくなっていた。

 香菜はおそるおそる部屋を抜け出して、95階へと向かった。

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