109 私、ホントに魔王なのかな……?
この牢獄にやってきて、何日経ったんだろう。何ヶ月? もしかしたら、何年?
朝起きて、餌を食べて水を飲んで、寝て。
起きて、人間時代のことを思い出して、ポメくんのことを思い出して、泣いて、寝る。
毎日がこの繰り返しだった。
もう、売れ残りは確定だった。ここの店長らしきおじいさんが、私が売れないと確信した時。その時が、私の最後だ。
そういえば、いつの間にかこの店の先住者だった犬も猫もいなくなっていた。売れたはずはなかった。だって、お客さんがその犬や猫、私の前で立ち止まったことは一度もないんだもん。
ペットショップだと思って入ってくるお客さんは、たまにいる。だけど、あまりの種類の少なさ、そして子犬や子猫とは言えない大きさの汚らしい動物に顔をしかめ、1分もせずに出ていってしまう。はっきり言って、売れるはずがなかった。
病んでいる状態の私も、売れそうな時期がとうに通り過ぎているのを自分でも感じていた。もう、どうなってもいい。毎日が生きているのか死んでいるのか、自分でもわかんない。
私、何か悪いことしたのかな……
あのミニチュアシュナウザー(名前、忘れちゃった)は、私のこと「魔王様」って呼んでたけど、こんな魔王、いるわけないよね。
どこかのうらぶれた街の汚いペットショップで、1日中寝て、泣いて暮らす魔王。ふふ、バカらしいよ。そんな魔王、いるわけないじゃん。
きっと今ごろ、ポメくんは新しい家で楽しく暮らしているんだろうな。彼、可愛いし。いいなぁ、私もポメラニアンに生まれたかったよ。
時代が悪いのかな。こんな時代じゃなきゃ、せめて平成の後期ぐらいに転生していれば、私も人気犬だったかもね。家族に愛されて毎日楽しく暮らす、可愛いペットになれていたのかもね。
神様だかなんだかしらないけど、残酷すぎるよ。動物の心が読めるからって、動物に命令することができるからって、何になるって言うのよ。
「私、ホントに魔王なのかな……?」
動物が周りに1匹もいない状態の今では、魔王だろうがそうでなかろうが、全く関係がない。そもそも私が魔王だったとして、何ができるっていうのよ?
誰か、私を助けて欲しい。私、このまま死ぬのは、やっぱり嫌だ。そう思った瞬間、私は大声で叫んでいた。
「誰か、私を助けて! 私はここにいるの、助けて! 私を、愛して!!」
私は声の限り叫んだ。
あまりの吠え声の大きさと長さに、珍しく店長のおじいさんが一度店に現れたが、ただ私が吠えているだけだとわかると、大きなため息をついて立ち去っていった。
それでも、私は吠えつづけた。
「なんでもするから! 私を助けて! 魔王でも何でもいいから!」
でも、もちろん何も変わることはなかった。吠え続けた私は、喉の急激な痛みと空腹でむせ込み、檻の中でばたりと倒れた。
もう、このまま死んじゃうのかな……嫌だな。
だんだん目の前が暗くなってきた……
もうわたし、ダメかもしんないね。
◇◇◇
ガチャリ。その音がしたのは、私が倒れ込んだ翌日のことだった。
ゆっくりと目を開けた私は、店内にお客さんが入ってきたのを認めた。でも、私は体を起こすこともしなかった。
だってどうせ、すぐにいなくなっちゃうから。お客さんは私を見て、何も言わずに顔をしかめて、黙って出ていってしまうんだ。それがいつものことなんだ。
もう、期待なんか一つもしていないよ。
だけど、そのお客さんはいつもと違う動きを見せたの。良く見ると、そのお客さんは子供だった。しかも、女の子。
「……どうしたの? 元気ないね?」
私はゆっくりと顔を上げ、女の子を見た。小学校の低学年くらいか、長い髪をおさげにしている、可愛い女の子だ。背中にランドセルを背負っているけど、この辺の子供なのかな。でも私、ここがどこの街かも知らないんだけどね。
「餌、食べないの?」
ああ、そうか。もう餌なんて、まともに食べてはいなかった。いつも同じ味だし、運動をしていないからお腹も空いていない。無意識に食べることはあるけど、食事が楽しいと思ったことは、この店に来てから一度もなかった。
「可愛い子だね。くるくるした毛が、すごく可愛い」
にっこりと笑いながら、女の子が言ってくれた。そんなこと、犬に生まれてから初めて言われたよ。でもさ、そう思うんだったら、私のこと飼ってくれないかな? まあ、小学生には無理だと思うけどね。
この時、私の心は完全にやさぐれていたんだ。可愛い、という言葉を素直に受け取れないぐらいに。
期待させた後にガッカリさせるんだったら、早くこの店を立ち去って欲しい。もう、2度とこの店に来ないで欲しい。可愛いなんて、言ってほしくない。
だけどその時、またガチャリという音がして、今度は2人の大人が入ってきたんだ。一人は白い上下の変な服を来た、背の高い男性。もう一人は、変な紫色の服を来た、顔中ヒゲの小さな男性だ。
「あ、パパ!」
「お嬢様、急にいなくなっては困りますよ」
「だって、待ちきれなかったんだもん!」
白い服の男性が言うと、女の子は紫色の男性の元に駆け寄った。
「ねえパパ! この子でしょ? パパが夢で見たワンちゃんって」
「……」
紫色の服を来たひげ面の男は、ムッツリと押し黙ったまま、私の檻に近づいてきた。そのまま顔を近づけ、私をじっと見る。ちょっと、怖いかも……それにしても、私ってこのおじさんの夢に出てきたって言ってた? そんなバカな。初めて見るよ、こんな人。会ったことなんて絶対にないよ。
「……いかがですか?」
白い服の男がひげ面の男に恐る恐る、といった感じで尋ねる。女の子はひげ面の男(こっちがパパってことだよね? 女の子と似てないなぁ)と私を交互に見ている。
やがてひげ面の男は目を閉じ、重々しく頷いた。
「……この犬だ。この犬に間違いない」
女の子はひげ面の男を見て、その体に抱きついた。
「じゃ、このワンちゃん、飼ってもいいの?」
「そうじゃな、ウチにお迎えしよう」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。刈っていいって言った? 私の毛を刈るのかな、なんて見当違いのことを考えていた私に、女の子は言った。
「じゃ、名前つけてもいい?」
「名付けはならん。この子の名前はとうに決まっておる」
「えーー!?」
だんだん、私の頭の回転も元に戻ってきた。
これってもしかして、私、飼ってもらえるってことなんじゃない……?
「パパ、名前は何なの? 可愛くなきゃダメだからね」
膨れっ面をした女の子がひげ面のパパ(なんで紫の服なんだろ? 変なの)に尋ねると、ひげ面男はウオッホン、と咳払いをした後、重々しく話した。
「名前は、真央だ。よいな?」
「マオちゃん……」
一瞬考えた後、女の子は笑顔になる。
「マオちゃん、可愛い! パパ、ありがとう!」
そして私の方を満面の笑顔で見つめ、女の子は言った。
「マオちゃん、はじめまして。私は
マオ、るり、家族……
あまりにも唐突に情報が増えて、ボーッとした私の頭ではまだ理解しきれない。なんだかふわふわして、夢を見ているようで、でも心地よくて……
こうして私は、小学3年生の瑠璃ちゃんの家に飼われることになったんだ。
いま思うと、この日から数ヶ月の間が、私にとって一番幸せだった時期かもしれないね。
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