66 動物ショーでドキドキ初デート
俺はシェトランド・シープドッグのナルシスト犬、アフロディーテにもっともっと話を聞きたかったのだが、飼い主同士の会話が終わったらしく、俺は友梨奈ちゃんにリード紐を引かれる。もう帰る時間らしい。
「アフロディーテさん! こんど、またそのご尊顔を拝謁するため遊びにいってもよろしいでしょうか?」
上げとけ上げとけ、褒めちぎっとけ。多分これがこの犬に一番効果的な方法だ。
「まあ、よい心がけね、二の家来モフ。いいわ、いつでも遊びにいらっしゃい。私はすぐそこの家の庭にいるわ」
見ると、ちょっとだけ小高くなったところの家がブロック塀に囲まれて建っているのが見える。
「遊びにきたら、ウチの爺やに一声かけるが良いわ。では、ごきげんよう」
爺やってなんだ? と思う暇もなく優雅に身を翻すと、ナルシスト犬は飼い主とともに立ち去っていった。
「モフ、あの犬綺麗だったね。でも私は、モフの方が可愛いよ!」
「ワン!(当然だワン!)」
いやー、正直疲れがどっと出た。でも、少なくとも敵でないことがわかって良かった。これ以上周囲に敵が増えるのは恐怖だし、まだまだ準備不足だ。
まあ住んでいる場所はわかったし、こんど時間がある時にでも話の続きを聞きにこよう、と俺は思った。
◇◇◇
その数日後の夜。家を抜け出した俺は、女帝チャトランとともにお茶をしていた。いや、例え話ではない。多摩川18地区の動物達の間で、いまお茶が大ブームなのだ。
きっかけは、運送用トラックが落としていった段ボール箱。通りがかった野良犬が自分のねぐらにその箱を引っ張っていき中を開けると、そこには缶飲料が詰まっていた。その飲料のネーミングは「お〜いお茶」。
説明しよう。
令和の世でも人気の伊藤園「お〜いお茶」だが、実はこのネーミングがついたのはこの年、1989年2月のこと。当時はペットボトルではなく缶飲料だったが、ネーミングセンスの良さもあって徐々にヒット商品となったのである。
野良犬は字を読めなかったため、ウシダ師匠が呼ばれて解読。
「これは、いま世の中で流行っておる緑茶じゃな。どれ、薄めてみんなで飲んでみるか」
器用な動物達の手によって缶に穴が開けられ、中身を水で薄めたあと、動物達がかわるがわる舐めてみたらしい。すると、それまで雨水や多摩川の水しか飲んだことがなかった動物達の間で「うまい!」と大人気になり、今では「神の水」と呼ばれ、貴重な飲み物とされているのである。
まあ「神の水」とはずいぶんオーバーだが、当然俺も人間時代以来のお茶だ。動物ように薄めてあるとはいえ、美味しくいただく。
「お前のおかげで、ずいぶん私の配下も強くなった。礼を言うぞ、モフよ」
「いえいえ。まだまだ鍛えなくちゃあ魔王軍には敵いませんよ」
「引き続き頼むぞ。……それはそうと、知っておるか、モフよ。来週、二子玉川の河川敷に、動物ショーがやってくると言う話を」
「動物ショー? なんですか、それ?」
チャトランによると、とある団体が日本の野生動物を連れ、日本全国を巡ってお客さんに見せるショーを行っていて、各地で大人気なんだとか。しかも観覧料金はすべて無料! そのショーが来週、二子の河川敷で行われるらしい。
「へぇ〜。どんな動物がいるんですかね?」
「日本の野生動物だ。カモシカとか、ツキノワグマとか、タヌキとか、そういうのらしいぞ。多分野生で捕まえてきたんだろうな」
「それにしても無料って、太っ腹ですねぇ!」
「ああ。きっと主催する団体の人は、動物が好きなんだろうな」
俺が経営者なら、最低でも大人300円こども100円は徴収したい。じゃなきゃ人件費も運搬するトラックのガソリン代も出やしないしね。ま、ポメラニアンの俺には関係ない話か。
「どうだ? 一緒に見に行ってみないか?」
「いいっすね〜! 連れてってくださいよ」
「いいぞ。私も勇者とのデート、楽しみにしておる」
そう言うなり、フイっとチャトランは体を捻って駆け出して行った。
あれ、いま『デート』って言葉が聞こえたような……
猫が犬に恋するとか、そんなことあるんだ?
とにかく、モテる男はつらいよ。なあ、寅さん。
◇◇◇
一週間後の平日午前。この日は風太くんの授業参観があるため、佐藤家には珍しく誰もいない状態だった。
俺は久々に昼間から抜け出し、チャトランとの待ち合わせ場所である児童公園に向かう。
いた。児童公園の滑り台の上で、チャトランが毛繕いをしている。入念に、舌を器用に使って毛並みを整えている。あれ、人間で言うとメイクしていることになるのかなぁ?
「チャトランさーん!」
俺が呼びかけると、ハッとしたように毛繕いをやめ、滑り台の上から飛び降りてくるチャトラン。表情はいつもどおりキリッとしているが、どことなく顔が上気しているようにも見えるな。
「待っていたぞ。では、行くか。で、デートに」
「……はい!」
何かツッコミを入れた方が良いのかと迷ったが、こんな態度をしている時の女性を揶揄うのはやめておいた方が良い。俺は元人間のおっさんなりの経験でそれを知っているのでやめておいた。
犬と猫の走りでおよそ10分。簡易的なテントが連なった動物ショーの会場が見えてきた。
平日午前だと言うのに、思いのほか人がいる。近所の幼稚園の子達が先生に連れられて20人くらいいるし、近所の老人も数人見に来ている。
「けっこういるな。少し待つか」
「そうですね、チャトラン」
「モフ。おやつ、食べるか?」
どこに隠していたのか、チャトランは犬用のクッキーを出してくれた。普段ドッグフードしか食べない俺にとってはご馳走のひとつだ!
「うわっ、いいの? いただきまーす!」
「ああ、食べるがいい」
我を忘れ、俺は犬用クッキーにかぶりついた。甘さが控えめで、美味い。一個、二個、三個まで食べたところで俺は一息ついた。
「あれ? チャトランさんは食べないの?」
「私は猫だからいい。サバ缶でも持って来れたら最高だったけどな」
「なるほど。こんどウチのママさんからくすねてきますね!」
「ああ、それは嬉しい……モフ、お前、口の周りにクッキーのカスがついてるぞ」
言うなり、チャトランは俺の口元に顔を近づけ、クッキーのカスをペロリと舐めとった。そりゃ、犬猫では自然な動作かもしれない。けど元人間の俺にとっては、いきなり女性に顔を舐められたような、そんな小っ恥ずかしい気分になる。
「……あ、すまない」
チャトランは猫のくせになぜか顔を真っ赤にして顔を背ける。鏡があったら、きっと俺も犬のくせに顔が真っ赤になっているだろう。
チャトランのことを異性として意識したことはなかったけど……そもそも、犬と猫って恋できるのかな? さすがに子供はできないと思うんだけど。
しばらく無言の時が過ぎた。
なんとなく居心地が悪くて、俺は不意に立ち上がる。すると、動物ショーの方から大きな音が聞こえてきた。
「ガアアア!」
キャア! という子供達の歓声が上がる。喜んでいる子供もいれば、怖がって泣いている子供もいる。だが、俺の関心はそこにはなかった。
俺の目はただ一点、大きな音を出した檻に向けられていた。
先ほど聞こえた「ガアアア!」という音。人間にはただの吠え声に聞こえるが、動物である俺たちにとっては、意味のある言葉だったからだ。
「ガアアア!(そこの白犬、こっちに来い)」
俺に向けられた、敵意ある言葉。その動物は、本州各地に住むツキノワグマだ。いったいツキノワグマが、俺に何の用があるというのだ?
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