25 賢者の救援

 絶体絶命のピンチとは、まさにこの状態。

 可愛らしい白いポメラニアンの子犬を取り囲む、戦闘体制のまま興奮しきった2、30匹の猫たち。仮に俺が大型犬だとしても、この数の猫には敵うまい。


 まして俺は、犬に生まれ変わってからの戦績は2戦2敗(魔王の使徒・シュナウザー戦&ウシダ師匠戦)の最弱ポメラニアン。勝てる要素は万に一つもない。


「ちょ、ちょっと、何か誤解があるようです。話し合いましょうよ」

「では、お前と魔王の眷属との関係についてすべて話すが良い」

「そう言われましても!ウシダ師匠にもお話しましたが、俺は『魔王の使徒』とは戦いましたが、魔王の眷属については何も知らないんです」

「そんな嘘が通ると思っておるのか!」


 フミャー!!とチャトラン女帝が吠える。マジ怖いっす。


「嘘じゃなくて……」

「ならば、なぜお前がこの地に来たのち、魔王の眷属が続々とこの地に現れているのだ? お前はそれを偶然だ、何も知らないと言い張るつもりか?」


 当然ながら、俺には初耳の情報だ。魔王の眷属がこの辺りに続々と現れている、だと?


「チャトランさん、俺は本当に何も知らないですよ」


 だがチャトランの目は月明かりを受け、金色に光ってこちらを睨みつけている。どうやら、話は聞いてもらえないらしい。

 俺は覚悟を決めた。引っ掻かれても目とか喉元とかは防がないと……


 俺は地べたに伏せ、前足の間に顔を入れて頭を防御する体制を取った。

 来る。何十匹もの猫の攻撃が来る。怖い、マジ怖いヤバいちびる。

 だがその時、落ち着いた声が辺りに響き渡った。


「待たれよ、猫の女帝よ」


 落ち着いたテノールボイス。だがその音は「ワン、ワワン」つまり、犬の声がした。俺は前足の間に挟んだ頭から少しだけ目を開け、声のする方を薄目で見る。


 そこには、背筋がピン!と伸びた1匹の子犬が座っていた。

 あれ? こいつどこかで見たような……というか、俺が見た犬はペットショップ「ワンニャン王国」以外ありえない。


 その犬は、真っ白な「フレンチブル」だった。

 会話はしていないし、犬である俺の嗅覚を持ってしてもオスメスの判断がつかなかった犬。なんであのフレンチブルが、ここにいるんだ?


「お前、いったい何者だ?」


 フミャーゴ、と猫の女帝チャトランがフレンチブルに威嚇する。めっちゃ怖い。だがフレンチブルは恐れることもなく言の葉を継いだ。


「我は、賢者ソース。我の名前を聞いたことぐらいはあると思うが、如何?」

「賢者ソース、だと?」


 トラ柄の大猫チャトランの目が見開かれた。フレンチブルドッグの言う通り、どうやら聞き覚えがあるらしい。


「う、嘘をつくでない! こんな東京の端の僻地に、なぜ賢者が現れなければならんのだ? お主、賢者を語るニセモノではないのか?」


 だが賢者ソースと自称する真っ白なフレンチブルは、相変わらず背筋をピンと伸ばしたまま語る。


「なぜと申すか。ならば問う。ここ最近になってこの地に現れた『異物』は、賢者たる我だけではなかろう。『魔王の眷属』しかり、賢すぎる子犬のポメラニアンしかり。これを偶然だとお主は申すのか? お前の主たるウシダがすべて偶然だと言ったのか? 必然だとは考えられぬのか?」


 子犬のフレンチブルはまっすぐな眼差しで大猫をねめつけた。しばらく両者の目線は対峙していたが、やがてグミャー、と猫の女帝は喉を鳴らした。


「……わかった。賢者ソースどの、一旦話を聞かせてもらおうか」


 その言葉を合図に、周囲の猫たちの警戒態勢も解かれ、殺気立っていた空気が柔らかくなった。どうやら助かったようだ。


「賢者ソースどの、そしてモフよ。私に付いてくるが良い」


 言うとチャトランは踵を返し、闇の中を駆けて行った。

 俺と賢者ソース、その後ろに数十匹の猫が後を追って走る。

 走りながら俺はとりあえずフレンチブルに礼を言っておくことにした。


「賢者ソースさん? 助けてもらってありがとう」

「災難だったな、若いの。まあ、話は後ほどじっくり聞こう」


「若いの」って俺に言うけど、あんたも結構な子犬だけどな! そう思ったが、どうやら俺の周りの動物たちは一筋縄ではいかない奴らばかりらしい。

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