24 夜の女帝
俺が佐藤家にやってきて数日。リビングにあるテレビのニュース番組では「明日は大晦日」と言っていたが、昭和63年もあと1日というタイミングで、俺は家から抜け出すチャンスを得た。
この日、佐藤家の夜は早かった。
パパさんが何の仕事をしているのか今のところ不明だが、小中学生がいるためか、夜7時には夕ご飯が始まり、9時には俺に「おやすみー!」と挨拶し、全員が2階の寝室に登って行った。
俺はというと、リビングの片隅にあるケージの中で寂しくひとり、いや1匹。
でも、逆にこれは好都合だ。誰かの部屋で寝ることになったら、夜に抜け出すことはできないからね。
というわけで、俺はまずケージから脱走を図る。ペットショップのケージから逃げ出したような、突進するような真似はもうしない。音がデカすぎるし、ケージが壊れたらもっと丈夫なものに買い替えられてしまう。
幸いにも家のケージの鍵はチョロかった。俺は後ろ足で立ち上がって、前足で掛け金をずらす。すると簡単にケージのドアを開けることができた。
続いてリビングから廊下へ。幸いにも、この日はドアがちゃんと閉まっていなかったため、これもすぐに通り抜けることができた。
今後の課題は、このドアだ。もしきっちり閉まっていたら、リビングから脱出できない。うーん、これはよく考えなければならんな。
そして外への脱出だが、猫ドアがあるので余裕だ。これも一つ問題があって、俺はいま子犬だから余裕で通り抜けられるが、俺が成犬になったら結構ギリギリのサイズだろう。
こればっかりは俺の意思とは関係ない、犬の成長の問題だから、今は考えても仕方ない。
とにかく俺は飼い犬生活初日の夜から家を抜け出し、多摩川の『ウシダ師匠』の元へ向かった。
ポメラニアンの子犬が走るスピードでおよそ5分。俺はこの日の昼間にウシダ師匠と出会った場所へと到着した。
多摩川沿いの道路から階段を登り、土手を下ったところにある葦の茂った草っぱらで、俺はウシダ師匠を呼び出す。
「ワン、ワワワン!(ウシダ師匠、ポメラニアンのモフです)」
呼びかけてみたが、俺の声は誰もいない多摩川の土手沿いに響くばかりだった。あれ? ウシダ師匠いないのかな?
と、俺の周りに音もせずたくさんの影が不意に現れた。その数は5、いや10、違う、もっといる。
その影のひとつが、俺の方に迫ってきた。俺は大声を低く、警戒の唸り声をあげて……と心では思っていたが、実際は尻尾を丸めてビビって突っ立っていた。相変わらず弱いな、俺!
「お前が、モフとかいう犬なのか?」
俺は驚いた。声の主が『茶色のトラ柄の大猫』だったことにも驚いたが、その声が「ニャー、二ャ?」という猫の鳴き声だったからだ。
何これ、犬って猫の言葉もわかるのか? まあカエルの声もわかるんだから、当然と言えば当然か。
「はい、俺はポメラニアンのモフです。あなたは?」
トラ柄の大猫は、お座りの体制になった後、俺に向かって言った。
「私は、ウシダ師匠の片腕をつとめる『チャトラン』。この辺りの猫をすべて束ねているわ」
この辺りの猫のボス……なんかカッコイイ。しかも女帝か。こりゃ仲良くしておいた方が良さそうだ。
「お前の話はウシダ師匠から聞いている。師匠は今、緊急の会議で不在だ。だから私が相手をするように言われている」
緊急の会議……カエルの世界で臨時国会でも招集されたのだろうか。
「では、今夜は戻られないのですか?」
「そうだ。で、私からお前に確認しておきたいことがある」
「なんでしょうか?」
チャトランは右手を舐め、顔をふた擦りして顔を洗った仕草をしたあと、何気なく言った。
「お前、やはり魔王の眷属となんらかの関係があるな? 嘘をつくとためにならん。正直に答えよ」
気づくと、周りにいた数十匹の猫がすべて戦闘体制になって俺を取り囲んでいた。
フーッ、フミャー、グルグルグル……皆、怒りの形相だ。
まじヤバい、チビりそうだ。いや、すでに俺はチビっていた。
これ、絶対無事に帰してもらえないよ……
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