第8話 取引は突然に…

「ええと……整理させてください」と前置きしてから、今聞いた話を簡単にまとめる。


「公式サイトに載せる学校のPR動画を生徒会で作ることになって、動画で使う映像の撮影は終わったが編集作業はこれから取りかかる。それを俺にやれと?」


 生徒会室の真ん中には、3人掛けの長机が2つ並べてある。


 合コンのように男女で分かれて座った俺たちは、何がどうなって俺に助けを求めるに至ったのか話をすることに。


 1人で出ていける雰囲気ではなかったのか、日高さんも面倒くさそうにパイプ椅子を引きながら、俺とは対角の席に着いてくれた。


 そうして受けた説明をまとめて、俺は確認を取った。この解釈で間違いないのかと。


「そ。ネットでやり方を調べたんだけど、意味わかんなすぎてさーっぱり。そこへ運良く君が来たってわけ」


 運悪くの間違いだろ。


「あのソフトを知ってるみたいだし、これはもう君がやるしかないっしょ?」

「お断りします」

「はあ? なんで?」


 間髪入れずに拒否すれば、生徒会長が苛立ちを突き刺してくる。相手は先輩だからと怯んでいる場合じゃない。


「俺にもやらなきゃいけないことがあるんです。生徒会の手伝いをしてる暇はありません」

「やることって何?」

「え、それは……」


 日高さんとの協力関係を話すわけにはいかない。


 部活で忙しいと逃げようにも部活に入っていないから嘘だとすぐバレるし、授業についていけないから勉強に打ち込みたいと言っても隙をつかれそうだ。


 交換条件として勉強を教えると言われたら、いよいよ逃げ場がなくなる。


 なんと答えるべきか迷う俺は、無意識に日高さんを一瞥していたらしい。その視線を、隣の秋人あきとが見逃さなかった。


「ああ、なるほどね。日高さんとデートか」

「は?」

「え?」


 は?とは俺の声。え?とは俺以外の声。


 俺はどうして秋人と友達になってしまったのだろう。


 すべては健康診断で「なかなかおもしろい自己紹介をしてたよね」と声をかけられて、このクラスではこいつと仲良くすることになるのだろうと思ったのが間違いの始まりだ。


 生徒会長が、いいことを聞いたと言わんばかりに口角を引き上げた。


「そうなんだあ、2人付き合ってるんだ。そっかそっかあ」

「いや付き合って──」

「じゃあさ、交換条件ってのはどう?」


 人の話を聞けよ。


「PR動画の編集を手伝ってくれるなら、この部室を2人のデート部屋に使っていいよ。事前に言ってくれれば空気よむし」


 マジでこの人はアホなんじゃないかと思った。


 生徒会の部屋だからとはいえ学校の施設を「密会に使っていいよ」と勧めるか?


 仮にも生徒の健全なる学校生活を守る立場の人間が、青少年を背徳の道へ後押しするような提案をするってどうよ。教師にバレたら終わり。生徒会ともども破滅だ。


 と、信じられない提案に頭がおかしくなる一方で、その条件に一縷の光を見た。


 デート部屋と聞くとやばい感じがするが、要はプライベートスペースだ。生徒会の活動もあるから自由にとはいかないだろうが、学校にレンタルルームのような個人スペースを持てるのはかなりおいしい話なんじゃないか?


「わかりました。手伝います」


 思案した結果、俺は条件を呑んだ。


 日高さんが前髪の下に鬼のような形相を浮かべているが、見なかったことにしよう。


 ***


「信じられない! なんで条件を呑むの?」


 教室に戻るまでの道中。普通に歩く俺の後を、日高さんが声を荒立てながら小走りでついてくる。


「いい交換条件だと思ったんだよ」

「全然良くないよ! しかも、よくわかんない条件を足してさあ……」


 よくわかんない条件だろうか。わりとそこ重要なんだけどな。


『毎日の昼休みに部屋を貸してください。特に毎週水曜日は必ず』


 PR動画の編集を手伝う代わりに生徒会室を借りることになって、俺はさらに条件を追加させてもらった。


「変な誤解されたし。わたしとかおるくんが付き合ってるって」

「ちゃんと否定したよ」

「あの顔は絶対に信じてない」


 まあ、たしかに。あの後、付き合ってないとちゃんと否定したが、誰の顔も薄ら笑いのようなものを浮かべていた。


「そんなに俺と噂になるのが嫌?」

「誰とも噂になりたくないの。もう恋愛関係の噂はこりごり」


 俺は歩く速度をゆるめた。

 日高さんは小走りをやめる。


「それはごめん」

「もういいよ。話がついちゃったものはしょうがない。これから気をつければいい」


 日高さんが熱愛のデマに振り回されたのを忘れていた。彼女にとって恋愛の噂は、トラウマそのものかもしれない。


 ただ、生徒会の連中はともかく、俺と日高さんが生徒会室で密会しているところを目撃されて噂になる可能性は限りなく低い。というか、絶対にあり得ない。


「生徒会室の件は、俺は使わないよ。日高さんが1人で使えばいい」

「どうして? 馨くんが使いたくて条件を呑んだんじゃないの?」

「違うよ」


 プライベートスペースは魅力的だが、生徒会の手伝いとでは釣り合いが取れない。俺が条件を呑んだのは──。


「いつまでもカウンセラールームで昼休みを過ごすわけにいかないだろ。ほかの生徒も自由に出入りできる場所だし、毎週水曜日にはカウンセラーの先生も来る。隠れたいなら、カウンセラールームより生徒会室のほうがいいと思ったんだ」


 説明しているうちに、気がつけば日高さんは歩みを止めていた。


「わたしのため……?」

「協力するって言ったから」


 日高さんは、なんとも言えない表情を見せた。言葉を飲み込むように唇を結んでいる。


 余程のことがないかぎり、学校生活でマスクを外さないといけない場面シーンは食事時だけ。彼女が昼休みになると教室を出ていくのは、マスクを外した素顔を見られないようにするためだ。


 しかし、カウンセラールームが開いていると公に知られていないとはいえ、出入り自由のそこにいつまでもいるわけにいかない。


 まして毎週水曜日はスクールカウンセラーの先生が来る。カウンセリング中は追いやられるらしい。


 彼女が素顔でいられる居場所があったほうがいい。


 だから、生徒会室を貸してもらえるのはこれ以上ない条件だと思ったのだ。生徒会室なら鍵をかけても怪しまれないし。


「でも、馨くんはそれでいいの?」

「なにが?」

「自分にはなんの得もないのに、動画編集を手伝わないといけなくなって」

「ああ、別にいいよ。大したことない」


 彼女は「そっか」と呟くと、罪悪感を隠しきれていない笑みを作った。


 申し訳なく感じる必要はない。これくらいしないと、協力すると言ったのが口先だけになってしまいそうだから。


 それに映像はもう撮り終わっているみたいだし、編集作業といっても映像をつなぎ合わせるだけだろう。大した労力にもならない。



 ──とまあ、俺は余裕をぶっこいていた。


 これがフラグになってしまったと知るのは、翌日のことだった。

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