七月二十九日
今日は佐久間さんの機体が来たから、それから優先的に整備することにした。いつも整備している零戦より小さな機体、桜花。いずれあの人もこれに乗って命を散らしてしまうのだろうか。なんで二十二歳の若者がこんな馬鹿のような死に方をしなければいけないのだろう……
気持ちを切り替えて整備を始めようとコックピットをのぞき込むと、一枚の紙が座席に挟み込まれていた。
『今夜、食堂におじゃましていいか?』
あんな堅物らしい人間でもこんな粋な計らいができるのかと感心しながら紙をぽっけに入れた。
食堂に帰り、ハルさんに事情を説明するとハルさんも一緒に夜まで待つことになった。なんでもまた話がしたいらしい。やっぱり現代で言うと大谷だなとか思いながら、テーブルで暇にしてたら食堂の戸がたたかれた。
「久しぶりだねハルさん、配給で酒が手に入ったんだ。なにかつまみを作ってくれないかい?」
「もちろんさ」
そのまま僕らはたわいのない会話をたっぷり時間を使って話した。佐久間さんは酒が入っているせいかいつもより饒舌だった。途中ハルさんが寝た後は、普段はあまり自分のことを喋らない佐久間さんがよく故郷について話していた。
「自分の故郷の桜が一番だ!」とか「自分の故郷の米が一番うまい」とか、あるいは懐から美しい女性と乳飲み子が写った写真を取り出して「自分は故郷に嫁と子供を残して来た。こんな血なまぐさい戦争と関わるのは自分一人だけでいい。」だとか。眠くて詳しく覚えていないが大体はこんな感じだった筈。
僕は途中で寝てしまったが、朝になるともう佐久間さんは僕の前にはいなかった。
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