七月二十五日

「じゃあ~今日の整備はこの一機全部翔太クンに任せちゃおうかな」

 そんな言葉が人の少ない整備場にこだまする。

「えっ な、名取さん⁉」

「だいじょーぶだよ僕も後ろから見ておくから。」

 それならまぁ大丈夫か…?

「あっ、でも…」

 でも? でもなんなんだ。

「今日は乗り手の意見を取り入れる為に七二一海軍航空隊の佐久間忠臣中尉に来ていただいております。」

「現役で桜花の操縦士やっています。佐久間です。」

 名取さんの後ろから出てきたのは、顔こそ若いものの、いかにも頑固で真面目そうで威厳さえ感じられる風貌の男だった。名取さんの顔の広さは凄いな等と考えていると、声がかかった。

「ほらほら翔太クンやるよ」

 やるよっつったって実際やるのは僕一人だけの癖に。心の中で悪態をつきながら僕は作業に取り掛かった。

 名取さんの補助がなかったせいでいつもの倍近い時間がかかってしまった。でもその時間分の出来にはできたと思った。

「よく頑張ったね翔太クン」

 ほんとだよ、まったく

「いや、ちょっと待て。自分は意見を言って良いんだよな?」

「も、もちろん」

 名取さんがひきっつた笑顔で答えた。そんな顔するなら呼ばなければいいのに。

「まずここ、」

「それにここも」

「ここもだな」

 佐久間さんの意見が的を得ているせいで何も言い返せず、僕はただ心をすり減らすことしかできなかった。横を見ると名取さんの顔もだいぶしおれていた。なんでだよ。

 でもどうせやるならうまくなりたい。僕はそんな気持ちでメモを取っていた。

「まぁこんなもんかな」

 おぉ、やっと終わったか?

「でも、大部分は丁寧に作業がなされているし、メモも取っている。あとはコツや工夫を覚えると完璧だと思う。頑張ってな」

「あ、ありがとうございます!頑張ります‼」

 悪い人じゃないんだな、しっかりした人なんだと思った。


「翔太クンおつかれ~」

佐久間さんが整備所を出て張り詰めた空気感が壊れた瞬間、名取さんからそんな腑抜けた声が出た。

「お疲れ様です…」

「でも彼、勉強になるでしょ」

「はい、とても」

「じゃあ今日はもう帰ってい~よ。僕もしんどいし…」

 そういわれたので僕は挨拶をして食堂に戻った。

「あら、早かったわね」

 そういって今日もハルさんは笑顔で迎えてくれる。僕は少し早めの夕飯を食べながらハルさんに今日のこと… 佐久間さんのことを話した。

「あー、佐久間さんに会ったんや!

あの人は優しいからねぇ」

 へぇそんなに知名度のある人なのか?

「この食堂にも来たことがあるんですか?」

「あるよ。前なんかしょっちゅう来てはってねー、私の体調も良く心配してくださってたのよ。」

 そんなに優しい人なのか。職業にはストイックなタイプなのか?

にしてもいまだに未来に帰る方法は見つからない。これから僕は一体何台の機体を整備していくのだろうと考えると気が遠くなりそうになる。

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