第38話 スカウト

 春重はずっと、二人の戦いを歯痒い思いで見つめていた。

 彼女たちが痛々しい姿になっても、目を逸らしてはいけないと何度も言い聞かせ、ひたすらエルヴァーナに意識を向け続けた。


 桜子と真琴の命がけの時間稼ぎ、そして、春重の驚異的な集中。

 彼らの努力が、今実る。


「う……動けん……」


「ようやく、支配完了だ」



名前:エルヴァーナ

種族:白銀竜

年齢:

状態:命令実行中

LV:241

 

HP:8940/10710

SP:12755/14033


スキル:『変身(LVMAX)』『気配探知(LVMAX)』『硬質化(LVMAX)』『加速(LVMAX)』『ブレス(LVMAX)』『精神耐性』『魔術無効』『飛翔(LVMAX)』『爪撃(LVMAX)』



 エルヴァーナは、春重から出された『動くな』という命令に従わされている。

 そんな哀れなモンスターの前に、桜子たちは集まってきた。


「奇跡だな……このバケモノを前に二分間も持ちこたえられたなんて」


「私もそう思います」


 戦いが終わり、冷静になった途端、彼らは自分たちが置かれていた状況に肝を冷やした。


「二人のおかげだ。本当にありがとう」


「ふっ……それはこっちのセリフだ。春重がいたから、私たちはお前に賭けて全力を出せた」


 そう言いながら、桜子はその場に崩れ落ちる。同時に、真琴も地面に倒れこんだ。


「あ、あれ……」


「くっ……今更体が動かん」


 慌ててポーションを取り出した春重は、なんとかそれを二人に飲ませる。

 二人とも、一本程度では到底全快できないほどのダメージを負っている。傷が治っても、しばらくは動かないほうがよさそうだと、春重は判断した。


「……その間に、色々訊かないとな」


 春重はエルヴァーナに向き直る。


「白銀竜エルヴァーナ、お前は自分で百階層から上がってきたと言っていた。ということは、お前が百階層のフロアボスということか?」


「きひひっ……フロアボス? 我はその程度の器ではない。このダンジョンの親玉、それが我じゃ」


「ダンジョンボス……!」


 春重は戦慄する。

 聞いていた限りでは、九十層のフロアボス、アシュラオーガはレベル160台。エルヴァーナはそれよりも80もレベルが高い。十層しか違わないのに、このレベル差は初見殺しにもほどがある。


「このダンジョンは、お前が作ったのか?」


「きひっ、さあな」


「〝答えろ〟」


「っ……! このダンジョンを、作った、のは、我……では、ない」


 無理やり答えさせられたエルヴァーナは、屈辱を感じて顔をしかめた。


「ぐっ……⁉ 忌々しい力だな……!」


「じゃあ、誰がダンジョンを作ったんだ?」


「はっ! そんなこと知らん! 我はこのダンジョンで目覚め、本能のままにフロアを守っていただけじゃ!」


「……本当みたいだな」


 支配下に置いていることで、エルヴァーナの感情の一部が春重にも伝わってきている。故に、エルヴァーナが嘘をついても、春重にはそれが分かる。


「戦いの途中で言っていた、支配者とはなんだ」


「……お主じゃよ。他者を支配する、忌々しき力を持つ者よ」


 エルヴァーナが吐き捨てるように言った。


「我は元々意思を持たなかった。しかし、お主が支配者となったとき、我は意思を持つことを許されたのだ」


「っ⁉ どういうことだ……」


「そんなこと分からん。だが、何者かが我の頭の中でこう囁き続けている……」


 支配者のもとへ集い、その身を捧げよ――――。

 頭の中に聞こえてくる声を、エルヴァーナはそのまま口にした。


「我は……誰かの下につくなどまっぴらじゃ。支配者を倒せば、我が王になれる……! ――――そう、考えておったが」


 エルヴァーナは、自身の動けなくなった体を見え、思わず鼻で笑った。


「きひひっ、ひどい様だ。まさに〝ケッコウ〟というやつだな」


「……それを言うなら、滑稽じゃないか?」


「……そうとも言うか」


 奇妙なやり取りを挟んでしまったせいで、二人の間に奇妙な沈黙が訪れる。


「ふ、ふん! そんなことより! 殺すならさっさと殺せ! 誇り高き我は命乞いなぞせん!」


「うーん……」


 さて、どうしたものか。

 春重は顎に手を当てて考える。

 

 ここで当初の予定を確認しておこう。

 春重たちは、アシュラオーガをテイムして護衛にし、八十層から九十層を安全に探索しようとしていた。目的は解呪の腕輪ディスペルリング。それを用いて桜子にかかってしまった支配を解こうと考えていたのだ。

 しかし、肝心なアシュラオーガはエルヴァーナに倒され、死体となって転がっている。そして春重の目の前には、アシュラオーガを片手で捻り殺せる最強の竜が、下僕として跪いている。


 ――――あれ、目的は果たしてないか?


 このダンジョンはエルヴァーナをボスとしている。つまり、彼女よりも強いモンスターは存在しないということだ。それならアシュラオーガを連れ回すより安全だし、人型故に小回りも効くというおまけつき。

 意思がある分、従わせることに罪悪感を覚えるという点がネックだが、そもそもエルヴァーナはモンスターであり、春重の命を狙っている敵。加えて階層を自由に行き来できるため、下手すれば外まで追ってくることも可能かもしれない。


 ――――それは困る。


 一瞬にしてそこまで考え込んだ春重は、討伐するという選択肢を瞬時に追い出した。


「君には、俺たちの護衛をやってもらおうと思う」


「……は?」


 エルヴァーナはきょとんとした表情を浮かべ、首を傾げた。

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