第17話 お利口さん

 翌日。早朝に集まった二人は、すぐに新宿ダンジョンへ入った。

 十階層、二十階層を越えて、前回サイクロプスを大量に狩ったフロアへとたどり着く。


「昨日よりもペースを上げて狩ろうと思う。何かあったらその都度教えてくれ」


「は、はい……」


 前を行く春重の顔は、普段の様子からは想像もできないくらい真剣で、厳しい表情をしていた。ただモンスターを警戒している雰囲気とはまったく違う。これより待ち構える敵に対して、すでに彼は精神を研ぎ澄ませているようだった。


 せめてレベル40はほしい。それが春重の考えだった。特に明確な理由はなく、それが現在目指せるであろう、現実的な数字というだけだ。時間もなく、できることは限りなく少ない。その中で自分を安心させるためには、定めた目標を達成することが一番だと、春重は理解していた。


「よし、見つけた」


 前方にサイクロプスを見つけた春重は、真琴に援護を頼みながら前に出る。『空間跳術』で一気に距離を詰め、サイクロプスの背後へ。


「『断頭』!」


 そして『両手剣』のスキルによって覚えた技『断頭』を発動。敵の背後を取ったときに使える技で、SP消費によって切れ味を増した斬撃が、対象の首を刎ねる。

 一瞬にして絶命したサイクロプスは粒子となり、昨日と同じようにドロップアイテムだけがそこに残った。


 ――――まったく反応できなかった。


 目の前で起きたことへの認識が遅れ、真琴は何度も瞬きを繰り返す。

 春重のレベルは、昨日から変わらない。しかし、明らかに動きのキレが増していた。

 春重本人も、自分の性質について理解していない部分があった。山本春重という男は、窮地に陥れば陥るほど、パフォーマンスが上がる。これもサラリーマン時代に、数多の理不尽な納期に間に合わせるべく鍛え上げられた難儀な特性のひとつだった。


納期・・は二十時か。まあ、なんとかなるだろ」


 春重が首の骨を鳴らす。それは仕事中、PCとにらめっこしているときの、彼のよくない癖だった。


◇◆◇


「……」


 真琴は新宿ダンジョンから少し離れたところにあるカフェで、スマホを眺めていた。時刻は間もなく二十時といったところ。『黒狼の群れ』との約束の時間だ。


「山本さん……」


 カウンター席に面した大きな窓から、真琴は新宿ダンジョンの方角を見つめる。真琴がここにいるのは、春重からの指示だった。やはり共に行くと主張したが、彼はその意見を聞き入れず、結局ひとりで行ってしまった。


 ――――情けない。


 スマホを握る手に、力がこもる。

 悔しいが、足手まといになることは明白だった。実力的な話ではない。精神的な話である。

 彼らに会えば、きっとまた震えが止まらなくなる。家族を守らなければならないのに、体はまったく言うことを聞かない。


「……もっと、強くならなきゃ」


 この恐怖を乗り越えるために、真琴は己をさらに追い詰めなければならない。そして、そのためにも春重という存在は必要不可欠。

 真琴は彼の無事を願うべく、目を閉じた。


◇◆◇


 新宿ダンジョン、第三階層。

 春重は四階層へ続く道を外れ、人気のない行き止まりにいた。やれることはすべてやった。春重は心を落ち着かせながら、そのときを待つ。


「……よお、逃げずによく来たな」


 しばらくして、黒桐が現れる。

 黒桐はその獰猛で残忍な視線を春重に向けながら、口角を上げた。

 彼の後ろには、五人の部下がいる。男たちはすでに武器を抜いており、いつ襲いかかってきてもおかしくない雰囲気を漂わせていた。


「ん? あのガキはどうした」


「ここには来ない。伊達と一悶着あったのは、俺だ。彼女は関係ない」


「……チッ、仕切ってる店に売り飛ばしてやろうと思ったのに」


 黒桐は足元にあった岩を蹴りつける。岩は粉々に砕け、辺りに破片が散らばった。


「まあいいか。ここでテメェを殺して、あとで家族を人質にしてじっくり追い詰めるとするか」


 ――――『鑑定』


 春重は黒桐にスキルを行使する。



名前:黒桐健司

種族:人間

年齢:25

状態:通常

LV:46

所属:黒狼の群れ

 

HP:1422/1422

SP:607/607


スキル:『拳闘術(LV6)』『緊急回避(LV3)』『威圧』『攻撃向上』『防御向上』



 ――――強い……けど。


 想像の範囲内。春重は静かに安堵した。

 後ろの連中は、平均レベル20。人数差は厄介だが、ひとりひとりの実力は大したことないと言える。


「さて、先に言っておくと、テメェにはまだ生き残れる道がある」


 黒桐は、突然ニヒルな笑みを浮かべ、両手を広げた。


「オレたちの奴隷になって、探索で稼いだ金をすべて納めるってんなら、命までは取らねぇでやるよ。テメェが寝る間も惜しんでせこせこ働いているうちは、あのガキにも、テメェの家族にも手は出さないでおいてやる」


 仲間たちと共に、黒桐はゲラゲラと笑う。

 そんな彼らに対して、春重は手をかざした。


「あ……?」


「悪いな。社畜生活は、もうこりごりなんだ」


 ――――『支配テイム

 

 春重がそう呟く。

 その声を聞いた黒桐は、より一層大きな声で笑った。


「ぎゃははははは! 『調教テイム』だとよ! やっぱりテメェは素人だな! そのスキルは人間には通じねんだよ!」


「……」


「一か八かやってみたってやつかァ? 残念だったな、誰もテメェには従わねぇみたいだぞ?」


 黒桐は、身ぶりで仲間に指示を出す。

 男たちは威圧するように春重を取り囲んだ。


「もういいや。そいつぶっ殺せ」


 彼らのうちのひとりが、剣を振り上げた。

 鋭い凶刃が、春重の頭をかち割らんと迫る。


 しかし、その刃が春重に届くことはなかった。


「……跪け」


 春重がそう一言告げるだけで、取り囲んでいた男たちが一斉に膝をつく。何が起きたのか分からないといった表情で、彼らはただ、何もない地面を見つめていた。

  

「なっ……」


「お利口さんだな、あんたの仲間は」


 春重は、黒桐の部下の頭をこれ見よがしにくしゃりと撫でた。



名前:山本春重

種族:人間

年齢:38

状態:通常

LV:44

所属:NO NAME

 

HP:1102/1102

SP:394/1359


スキル:『万物支配ワールドテイム』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV4)』『緊急回避(LV7)』『索敵(LV8)』『闘志』『直感』『両手剣(LV8)』『空間跳術くうかんちょうじゅつ(LV5)』『極限適正』

 

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