第5話 セバスの更迭


 盗賊団を殲滅してから4日経つ……


 村のみんなは荼毘に付した。遺灰は慰霊碑を建てそこに埋葬する運びとなった。


 それを取り決めてそのあとすぐにでも王都に向かいたいところだったが、団長おやじたちを送り出さないといけないし、アーニャのこともある。それにアルから、


「親父たちに会って行ってくれ……てか会ってください。お前が一時的にとはいえ公爵家の人間に戻るのに、なんの歓待もしなかったなんて知られたら社交界でなんて言われるか」


 と懇願されたので、バルス伯爵家の歓待を受けなきゃいけなくなった。そうなると向こうのスケジュールも調整しなければならなくなるので多少時間が掛かる。    

こっちの方が優先されるとはいえぶっちゃけ面倒くさい……だから貴族なんて嫌なんだ。


「ステイル様こちらにいらっしゃいましたか!坊ちゃまがお呼びでございます!」


 そして目下のところの懸念材料の1つがこれだ……


「セバスさん様付けはしないように言ったはずだが?」


「しかし、ステイル様は公「セバスさん」申し訳ございません!」


 この人は善良で正直で根本的には良い人なのだろう、だが貴族の側仕えとしては落第だな。この程度の腹芸も出来ないようでは貴族に仕えることは出来ない。自分の失敗で自分が失墜するだけならまだいいが、主にまで累が及ぶような事になれば洒落にならない。

 バルス伯爵家の人間に俺の事情が知られるのはこの際しかたない、だがこっちの身内にまで知られることを俺は望んでいない。それを察してこっちが何も言わずとも対応するのが出来た使用人だ。そこまでこの人には望んでいないが、言葉にして要請したことも満足に出来ないようではいつバレるか分かったものではない。そんな従者を側には置けない。


「アルが呼んでいるのだろう?行こうか」


「はいステイルさんこちらです」


 アルの居室にしている部屋に通されるとアルが机に向かって書類仕事をしている。


「大変そうだな総大将は」


「お前のことも多少あるんだよ!手伝ってくれ」


「嫌だね、やっと書類仕事から解放されたんだ、しばらくは数字と文字を見たくない」


 傭兵団の事務地獄から逃げられたのに好き好んで領主軍の事務仕事をやりたいとは思わない。


「それで何の用だ?」


「ステイル様を我が家にお迎えする日が決まった」


「はぁ……気が滅入るな、それでいつだ?」


「3日後だ、バルス伯爵家一同でお待ちしておりますとの事だ」


「以前行ったときは門前払いされたんだけどな……」


 まああの時はただの「ステイル」としてだったからな。貴族家としては入らせるわけにはいかなかっただろう。


「それで話は変わるが、ソシオ殿たちはこれからどうされると言ってた?」


「聞いてもはぐらかしやがる、ありゃあ碌でもないことを考えてるんだ。そうに決まってる……」


 それで大概ゴンゾの兄貴か俺に迷惑がかかるんだ。今は兄貴が居ないから俺一択だけどな。


「何気にお前も大変だな?」 


 遠い目をした俺を憐れんだ目で見る。やめろ、悲しくなってくる。


「最悪、団長おやじ達とはここで別れて、お前の家に行ったあと直接王都に発つ事になる」


「お前が発つまでにアーニャちゃんの目が覚めればいいがな……」


「ウチのマードックじいさんもお前のとこの軍医も、身体的には異常なしと言ってるんだ、あとは精神的なものだろう。あんなところを見たんだ、目覚めるのを無意識に嫌がっても無理はない」


 意識を失ってからアーニャは1度も目を覚ますこと無く眠り続けている。

 ここまで目を覚まさないと、身体的には大丈夫だし無理もない事だと分かっていても心配になってくる。


「置いていくしかないから頼んで良いか?」


「それは構わないが、目覚めたときにお前が居なかったら悲しむだろうな……もうあの子には身寄りがない。生き残った村の人間は全員戻りたくないと言ってる、まあ無理もないけど領主的には困ったことだ。せっかく軌道に乗ってた開拓村なのにこのままでは廃村になっちまう」


「もちろん帰ってきたら俺がアーニャを引き取る、ただちょっと時間がかかるかもしれないのが問題だな。あと村の件は知らんな」


「冷たいやつだな、それに例の件な……」「アル……」


 後方に控えているセバスさんに目を向ける、それを察したアルがセバスさんに目配せするが、セバスさんは力強く頷くだけで動こうとしない……ひとつ溜め息をついたアルが遂に声に出して命じる、


「セバス外に出ていろ」


 命じられたセバスさんはあろう事か反論した。


「坊ちゃま!なにをおっしゃいます!それは出来かねます!」


「外に出ていろと言った……2度言わすな。あと坊ちゃまと呼ぶな、今の俺はバルス伯爵家の名代としてステイル・フォン・アークライト様と話をしている。主に恥をかかせるつもりか?」


「しかし!アルバート様を御一人にするわけにはいきません!」


「つまりお前はステイル様が俺に危害を加える可能性が有ると言いたいのか?」


「ぐぅ……いえ、そんなつもりはありませんが……グハッ!」


 言い終わるのを待たずにセバスさんに歩み寄り、腰に佩いてた剣の鞘で殴り付ける。


「セバス!チャンドラをここに呼びお前は屋敷に帰って蟄居ちっきょしていろ!」


 いきなりの事に呆然としているセバスさんを無視して俺に対して土下座をし、


「ステイル様、従者の犯した非礼は私の非礼です。どう罰せられようと構いません沙汰をお願いします」


 こいつ丸投げしやがった、……まあでもセバスさんには悪いが、彼のことは信用できないしここは退場してもらおう。


「分かった、今回は先程の打擲ちょうちゃくと蟄居の命令、そしてアルバート殿の深謝に免じよう。ただしセバスは今後一切私の前に姿を見せること及び私のことに対して言及する事を禁じる」


「寛大な処置に感謝いたします!」


「え?どういう……?坊ちゃま?」  


 怒涛の勢いで決まった自身の更迭と主であるアルの俺に対する態度が理解できずに、まだ呆然としているセバスさんを無視して簡単な手紙を認めて投げて渡す。


「チャンドラを呼べ、そしてお前は屋敷に帰ってその手紙を親父に渡せ。道中で自分が犯した非礼の意味をよく考えて理解するんだ。お前がこれからもバルス伯爵家に仕えるなら俺が戻るまでに理解しろ」


 呆然としたままふらふらと部屋を出ていくセバスさんを、痛ましそうに眺めたあとに、


「今まであいつはウチより爵位が高い貴族と会ったことが無くてな、自分の行いの報いが主に降りかかるということを理解してない」


「つまりお前らがセバスさんを甘やかしてたということだな?」


「そう取られるよなぁ、言い訳できねぇなぁ」


「言ってみればセバスさんは硬いんだ、鉄と一緒で硬いだけだと脆い。硬さと柔軟性を併せ持たせないとな……そしてそう鍛えるのが主の仕事だ。お前らはそれを怠った。まあでも相手が俺で良かったな?他の貴族相手ならセバスさんの首は飛んでたぞ」


 信用はできなかったが悪い人では無かったから死んでほしくはない、俺とは関係ないところで頑張ってほしいだけだ。


「まあ不幸中の幸いだったな……肝に銘じておく。たくっ、貴族の世界を嫌がってるくせにそういうところはアークライト公爵家だよお前は」


「勘弁してくれ……カイエルが聞いたら狂喜乱舞する」


 公爵家の次男坊の顔を思い出す。そういえばアンナマリーともずいぶん会っていないが俺のことを覚えているだろうか。

 



 それからしばらくグリン家に対する対応を、というかどうやって潰すか、を雑談交じりに協議しているとノックの音がする。アルの応えのあと入室してきた男が、


「セバスさんからこちらに来るようにと言われました」


「チャンドラにはセバスの仕事を引き継いでもらう。まず最初の仕事としてコーヒーを淹れてもらおうか」


「かしこまりました」


 疑問を差し挟まず淡々とした態度で一礼する、


「それから、ステイル様に言伝がございます」


「様はやめてくれ、それで言伝?」


「はい、ソシオ様の遣いの方がいらしてステイルさんに『アーニャちゃんが目覚めた帰ってこい』とのことでした」


「ガタッ!」


 立ち上がった拍子に倒した椅子の床を打つ音が部屋に響いた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る