第51話 紅蓮双姫 肆

 第三区陰陽寮本部 総括館。

 第一区の陰陽寮とは違い、基本的に特別な許可がない限り学生は一人も出入りすることが許されず、本来自由な出入りが許されている者は許可書を持っている者か、一等級以上の陰陽師だと認められた者のみだけ。

 それだけこの第三区陰陽寮本部は、三つに分かれた陰陽寮の中重要性と機密性が高い場所であった。


「お父様、ただいま到着しました」


「お、早かったね。二人とも」


 そんな場所に呼び出された二人、願と祈は端から見ても体が強張っていた。

 本来、自分たちが出入りすることが許されていない禁足地。真面目な二人だからこそ、こういう格式高い場所では緊張してしまうだろうと出口で待っていた誓は朗らかに笑って応えた。


「第三区に呼ばれたということで急ぎましたが……要件とは? それに祈まで呼ばれるなんて……」


 祈を見れば、ここの雰囲気に飲まれて明らかに体調が悪くなっている。

 未だ三級であり呪力の吸収量も低い祈にとって、この場所から放たれる呪力はいつでも自分を飲み込める化け物の口の中と同じ。

 自分ですら、ここ呼ばれた状況と雰囲気に当てられて緊張しているのだ。世界で一番可愛い妹がどうしてこんな場所に連れて来られないといけないのかと少し苛立ち眉間に皺が寄った。


「私も少し思うところがある……けどまぁ、とにかく中に入ろう。もう皆を待たせているからね」


「皆……とは?」


「陰陽市のお偉いさんたちさ」



 誓の呪力を感知して自動で開く扉を通る。

 中の空間は無臭無音、大理石で埋め尽くすされておりシャンデリアなどで明るくされてはいるが、どこか葬儀場のような暗さがある。

 そして、何より扉を通った先にある三メートルほどの高さがある檜の扉。

 存在感と奥から溢れ出している呪力が相まって異様な空気を発していた。


「この扉の向こうに皆いるけど、その前に先に言っておくことがある」


「「はい」」


「今回、どうしてここに呼ばれたか……それは仁くんが昨夜祓った一級呪体に関しての報告会がきっかけだ。第一区 情報部隊隊長 沙羅月さらつき 竹々しし三等級陰陽師を筆頭に報告が挙げられたんだけど、そこで紫医院長から興味を持たれてしまって……――――それが、加護のについてなんだ」


 加護の共鳴――――

 春休み、それも沖ノ連島での修行期間。そして鏑木 仁と癸 祈ののときに起こった不思議な現象。


「あの時、仁くんの心境に共鳴をしていた祈を紫医院長に見られてしまっただろう? それがずっと頭を悩ませていたらしくてね――――」


「つまり今回呼ばれた理由というのは……」


「私……ですか」


 あの場にいた人物で仁と共鳴したのは祈だけ。

 姉である願も同じく左肩に【朱雀の加護】を刻まれており仁と共鳴を起こす。

 実を言えば、紫医院にいる時に願も仁と共鳴を起こしていたのだが、あの場でより強く目立っていたのは祈だった。

 未だかつてなかった現象……それを引き起こしてしまったという事実が、本来三級ごときの陰陽師が踏み入ることが出来ない第三区陰陽寮へと呼び込まれたというわけであった。


「そういうことになる。だけど安心して自分が思ったことを言ってほしい、万が一のことがあっても二人のことは私がからね」


「それに、中には……見知った顔もいるだろう、だが今回は味方ではない。それでも祈は臆することなく言いたいことだけ言えばいい。今日は陰陽師としてではなく姉として、全力で私も守らせてもらう」


「……ありがとうございます」


「よし、では――――」


 木目が際立つ檜の大扉に誓が手を翳すと、青い呪力が木目に沿って流れ出す。

 その呪力が認証されることによって扉がゆっくりと開くと、常世かくりょの入口が現れた。


「行こうか」


 常世かくりょを抜けた先に待ち構えている存在は陰陽師の中でも非常に重要な人物たちだった。


「待ってたぜ、遅かったなぁ」


 重い空気の中、待ってましたと言わんばかりの明るい口調で声を上げたのは陰陽市の中で〝青龍〟という二つ名を授けられ、七十を超えた引退間際の年齢にも関わらず陰陽師最強と名高い特級陰陽師――右龍 燐。

 その隣には、第一区の代表で陰陽市から現世への外交を担当している結界術と封印術の使い手〝玄武〟の二つ名を授かる特級陰陽師――上蛇亀あだき 神良こうらが静かに座る。


「まぁまぁ、座れや。紫が確認した加護の共鳴ってやつの説明、しっかり頼むぜ……お嬢ちゃん?」


「はい」


 誓に促されるままに席に座り、改めて周りを見渡すと物凄い重圧が集中した。

 〝青龍〟と〝玄武〟が呼び寄せている呪力、そしてこちらを静かに見つめるこの議題を上げた張本人でもある紫 美麗。

 そして何より――――


「(安倍星蘭様……お姉ちゃんや仁くんから聞いていた人柄とは随分と違う。何回か会ったことはあるけど、陰陽階級で格上の彼女とは話したことはない……こんなに冷たい目をしてたんだ)」


 誓、願、祈、その三人と向かい合うように座る陰陽師の頂点にして、今代の〝安倍晴明〟である陰陽頭 安倍 星蘭。

 彼女が祈に向けている冷淡な眼差しは、とても同じ年齢には見えない真っ暗な瞳だった。


「それじゃ全員が席についたことだ。改めて――――紫、始めてくれ」


「はいよ、星蘭様。まず早速だが……此度、こやつらを呼んだ経緯はここにいる全員が共通の認識としてあるな? それは先の会議で我々が〝加護の共鳴〟という名を付けた現象についてじゃ。改めるが、誓は前から知っておったようだのぉ」


「知ってはいました」


 前回の会議の終わり際、この会話で会議が終了した。

 あの時は一級呪体の件での報告とそれを祓った人物……つまり鏑木 仁の議題だったため深くは追求されなかったが、今回はその続きということで話が始まった。


「何故に報告書に記載がない?」


 紫は手に持った書類を見ながら、誓に疑問を投げかけた。

 それは春休み期間、陰陽師で言えば自分が守護する地域の見回り期間中の情報がまとめられたものだ。

 

「私も初めて聞く現象ではありましたし、その現象への真偽を確かめるには実証されなければなりません。ですが、癸家当主としてこの現象を確認したところ確実に起こるものではありませんでした。そんな不確かな情報で惑わせるべきではない、というのが私が至った結論になります」


 実際のところ、仁と出会ってから不可思議なことの連続だ。

 それに不思議な感覚だった。どれだけ彼が物凄いことをしていようとインパクトが薄い、まるでそのくらいならやってしまうと最初から分かっていたかのようにだ。

 だが、そんな不確かなことを報告書にまとめるわけにもいかず、今に至るというわけだった。


「まぁ、言わんとすることは理解できるわな」


 紫もまた誓と同様に、仁の体を診察しているためよく理解できた。

 陰陽師として医師として幾万の人間を診てきたが、本当に一般人から生まれたのかと疑うほどには異常な呪力蓄積数値だったからだ。

 陰陽師の歴史から鑑みても珍しい【四神印】を持つ者だから、呪力に対して強い耐性を持つ〝鬼〟だから、という言葉で片付けることは難しい。


「わしも一回あやつを診たが、気になるところが多すぎた。そう考えると誓の報告書は逆に出来が良いまであるな。うーん……どうだ? 一回手を合わせてみた者としての意見は?」


「まぁ、あれは本気じゃなかったしな。よく分からんってのが感想だ――――ただ、もしあれがあいつの全力だったら星蘭も紫も誓も俺も、全員まとめて買いかぶってるかもしれんな」


「そんなにか?」


「一方的に俺が仕掛けただけだしな、戦いっていうより稽古って感じだ。それでも俺の予測視と槍術の連携を躱したり受け流してたんだ……余裕ってことたぁねえだろ」


「診察した時に傷だらけだったのはそうのせいか……」


「いや、それは右龍の術による影響だろう。誓の結界で守ったとは言え、仁にほとんど直撃していたからな。外野から見ていたが、仁は普通に攻撃を受け流していたよ」


「……術? 一方的に仕掛けて起きながら、攻撃が当たらないからってぶっ放しおったのかお前は……たちの悪いやつじゃな」


「一発! 一発な? こう……ドンっといっちまっただけよ」


「とは言え、お前の術を喰らってもあの程度の傷で済んだのか……やはり凄まじい肉体だのぉ、ますます調べてみたいわ……っと、いかんいかん。話が脱線してしまうところじゃった、共鳴という現象について改めて説明を頼むわい」


 少し朗らかな空気が一変。

 誓たちを囲むように座った陰陽市の重鎮たちの視線が、一斉に祈に向いた。


「は、はい……それじゃ私が分かっていることだけ説明させていただきます。まず私が初めて仁くんと共鳴という現象が起きたのは沖ノ連島ででした。その時に生まれてから今まで私の呪力では反応することがなかった【朱雀の加護】が浄化の炎を巻き上げて覚醒しました」


「それは突然だなぁ」


「これ、適当な相槌はやめろ爺。続けてくれ祈」


「は、はい。そこから一般で言う春休み期間、縁あって仁くんと共に過ごすことが多くなるにつれて徐々に感情が読み取れるようになりました」


「感情……なぁ、だがあの時のお前さんはあやつと完全に会話をしておったように見えたがな」


「そう……ですね、あの時は特に。〝疲れた〟〝腹減った〟〝掴んだ〟〝もう終わらせよ〟こういったものが聞こえたので近くまで迎えに行ったわけでしたが……」


「その場にあやつはおらず、自宅に帰ったらほとんど裸で帰ってきたと」


「はい」


「ふむ……報告にはないが、共鳴が発動することによって起こる現象はそれだけか? まとめると思いの共有が可能というだけになるが」


「私が感じることはそれだけになります。呪力の許容が増えるや術が強くなるということはなかったです」


 そもそも、共鳴という現象が起きてから日が浅い。

 陰陽師の歴史上では存在しなかった、あるいは存在していたが残されなかった事象。その事象を短い期間で誰よりも深めているのが祈という存在である。

 しかし、折角まとまりつつあった会話に――星蘭の一言が歪みを生んだ。


「〝共鳴〟という現象の力を理解できていのは、君の力が共鳴という不思議な力を引き出しきれていないからじゃないのか? そこはどのように考えている、祈」


「あ、それ俺も思った」


 その星蘭の言葉に便乗して右龍が言葉を被せた。


「それは今、関係ありますか?」


 だが、その星蘭たちの言葉に蟀谷に血管を浮かべた願が一言返す。

 その瞬間、この空間が呪力で一気に満たされ重苦しくなった。


「関係っていうかよ、その共鳴って現象で何が変わるのかを議題にしたのは紫だろ? でも答えは思いの共有って……そんなことありえるか? 普通に考えて、三級クラスにいる程度のやつが共鳴って力を得た結果の話だって思うだろ。もしも共鳴を起こしたのが俺や星蘭だったらって考えるともっと違う結果になってたかもしれない。分かりやすく言うと――――力不足だったんじゃねぇかってことだ」


 力不足、そう言われて祈の視線が少し下がった。

 そう言われることを承知の上でここに現れたというのに、面識がある人らに言われるのは想像上以上に心に効いた。言わないだけで、紫も少し納得気味だったのも追い打ちをかけるように響く。

 一瞬、口を固く結び黙ってしまった祈だったが……


「ならば、共鳴という現象に選ばれてから言え」


 その代わりに強い口調で声を上げたのが願だ。

 分かりやすく怒りが込み上がっているが、冷静。その証拠に怒りに呼応する【朱雀の加護】から放たれる炎は感情と裏腹に恐すぎるほど穏やかだった。


「あぁ? 目上の人間に対しての口の聞き方がなってねぇなぁ? 誓……お前どういう教育してんだ?」


「家族を虐げられたのなら命懸けでも守るようにと、――そういう教育をしていますよ。そもそも共鳴現象について祈の声を聞きたいと言ったのは貴女がたでしょう? 家族を……それも愛娘を悪く言われるいわれなど、私にもありませんが?」


「口の聞き方には気をつけろよ……?」


 右龍も誓も、表情は笑ってはいるが……重苦しい空間と空気は、まさに一触即発。それに願も加勢し始めたとなれば、可視化できるほどの黒い呪力がぶつかりあった。

 そして誓と願、そして右龍の呪力が空間で歪み合わさった時――星蘭が放った呪力によって三人の呪力が霧散した。


「やめろ」


「……ッ!!」


 祈は初めて見る――――星蘭が放つ〝星の呪力〟。

 呪いを無限に飲み込み続ける、代々受け継がれる〝安倍晴明〟の力。


「私の言葉は争いを生むためのものじゃない。単純に、祈にもっと力があれば引き出せるものが増えるのではないのか? という質問だった……聞き方が悪くなって申し訳ないな、祈。その点はどうだ?」


「は、はい。もしも私が一級もしくは特級クラスのような力を持っていたのなら、もっとこの力共鳴を上手く使えていたかもしれません」


「そうか……分かった、ありがとう。――――そうなると、もう一人は共鳴している者を見つけなければいけないな……」


 どうするか、と一人悩み始めてしまった星蘭。そして祈の意見を聞いてタブレットに何かをまとめ始める紫。祈の両脇に座るは、今にも襲いかかって来そうな右龍と視線で牽制しあっている。

 そんな気まずい空間にいたたまれない気持ちを表情に浮かべながら祈が静かに着席した直後――――


〝やっちゃっていいんだよな?〟


〝そこ、危ないからどいとけよ〟


「……?」


 祈の左肩からほんのりと赤く光始めた【朱雀の加護】、そしてその小さな呟きに全員が反応を見せた瞬間。

 常世かくりょである安全かつ機密性の高いこの場所が、強い衝撃に襲われた。


「何事じゃて!?」


 紫からの驚きの声と重なるように誰かのため息も聞こえる。

 その正体は願と祈であったが、それは誰も気がつくことはない。強いて言えば、祈の隣に座る誓が気が付いたくらいだ。


「あの馬鹿者が……大人しくできないのか?」


 陰陽市を包む盛大なサイレンが願の言葉を虚しくもかき消していた。

 

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