第50話 紅蓮双姫 参

 陰陽寮に入ってから異変に気が付くには、そこまで時間がかからなかった。


「(……なんか、じたばたしてんなぁ)」


 行き交う人の多さ、値踏みされているような視線、ごちゃごちゃと混ざりあった声が雑音となって耳に伝わる。


「それでは私はここなので」


「おう、またな。もしも何かあったら呼んでくれ」


「大丈夫だよ。陰陽寮ここでは何もないから……お姉ちゃんも、さっきのことは気にしなくていいからね?」


「あぁ……わかってる」


 陰陽寮に入ってから最初の扉、三級クラスの扉を通って常世かくりょへと向かって行った祈を見送って、二人は四つに並ぶ扉の最奥にある特級クラスの扉を通りクラスに入った。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 七つの空席と閑散とした空間。


「なんか、人いなくね? 今日って休みだったりする?」


「それはない、陰陽師に基本的に休みなどないからな。理由は……まぁ、十中八九お前だろう。ここに来て一日二日の注目すらしていなかった陰陽師が、一級呪体を祓伐ふつばつし第一区を守ったんだ。どこもかしこも大忙しだろうな」


「大忙し……確かに今日の廊下は騒がしかったな」


「まぁそれに、基本的に特級クラスはこんなものだ。一応学生だがほとんどが役職持ち、影の世界の巡回、遠征、やることが多い――――」


 と、言っている内に願の懐から機械音が鳴った。


「――言ってるそばから……お父様から?」


 送られてきたメッセージを見る願の表情はあまり良くはない。

 いつも以上に眉を寄せ、腰に携えている刀の鯉口を開いたり閉じたりしている。


「……どうしてか私と祈がお父様から呼ばれた。第三区の陰陽寮本部に来いとのことだ」


「んじゃ俺一人か」


「そうなるな。それに午前の授業は自由行動に変わったらしい、何やらどこも人が来れていないようだ」


「それじゃ、俺は勝手に鍛錬してるわ。左の鳥居に入れば修練所に行けるんだろ?」


「一人で大丈夫か?」


「大丈夫だよ。知らねぇ場所行かねぇし」


「そういうことを言ってるんじゃないが……まぁいい。私たちは急がないといけない。くれぐれも変なことをするなよ」


 そう言って、クラスに入って来て数秒で願がいなくなった。

 来た道を戻っていく願の姿を追って数秒、改めて誰もいない特級クラスを見渡してどうするか考える。

 朝に準備運動的な鍛錬は終わらせた、興味を持った記事も見た、呪いについても昨日で二回目の戦闘だが何となく感覚は掴めた。問題があるとすれば対人戦闘とは全く違うことだが、それも数をこなせば問題なくなっていくだろう。


「マジでどうすっかな……」


 意味もなくスマホを眺めてみるも、願のように連絡が来ているわけでもない。

 現時点で本当にやることがないため扉の前で立ち尽くしていると、背後の扉が突然開かれた。


「お、ラッキー。目の前にいたぞ。しかも一人じゃん!」


「確かに運はいい」


 現れた二人の女性。

 容姿は似ているが願と祈ほどそっくりではないことから双子ではないようだが、口調、声量の大きさ、態度から見るに姉妹のように見えた。


「えーっと、だれ?」


「おう、初めましてだな。あたしは一級クラスの修羅 雲己うんき、こっちは妹の阿未あみだ。よろしく」


「よろしく頼む」


「お、おぉ……俺は鏑木 仁、よろしく」


 なんかこうやって普通に話しかけられたの陰陽市ここに来て初めてだ。

 というか、中学三年から同級生に避けられてたから久しぶりって感じ。


「てか、今日の特級クラスは人数少ねぇなー。ま、その方が都合良いけど」


 特級クラスの誰もいない空間に雲己うんきの声が響いた。

 仁の隣を通って適当に空いてる席に座わると、雲己うんきに続くように阿未あみも近くの空いている席に座った。

 ちなみ、雲己が隣を通り過ぎて行った時にいい匂いがしたのは内緒だ。


「あぁ、なんか用事があるらしいぞ? ついさっき願も出て行ったばっかりだしな、ここに来る時すれ違ったりしなかったか?」


「あー、そういやいたな。なんか急いでたわ。まっ、あたしたちの目的は仁に会いに来ることだったから気にしてなかったわ」


「俺に?」


「なんだ? 自分が今どうなってんのか知らねぇのか? 昨夜の一級呪体との戦いを知らないやつなんて陰陽市にいねぇぞ。だから朝から騒がしいだろう? 」


 仁が知らないだけで、今の陰陽市は非常に忙しい。

 昨夜に起きた出来事――表の世界現世に呪いが現れる現象、匣影結界きょうえいけっかいについての研究。

 過去に陰陽市を燃やし尽くし、〝青龍〟右龍 燐に完全に祓われたと記録にある一級呪体〝黒炎の化身〟に酷似した呪いの復活。

 そして、一級呪体をほとんど被害を出すことなく祓ってしまった〝鬼神の後継者〟鏑木仁の存在。

 主にこの三つの要因が、太陽が昇る前から陰陽市を働かせている要因であった。


「でも、あたしたちはマジでラッキーだった。この騒がしさの渦中にいるあんたとこうもすんなり会うことができたんだからな。やっぽり〝修羅の末裔〟だからかねぇ~」


「〝修羅の末裔〟? 修羅? あれ……それ――――」


 思い出しているのは、師範と共に鍛錬をした道場にあった三つの掛け軸。

 その一つに『阿修羅道』と呪力が混じる墨で書かれた大きな掛け軸があった。そのことについては深く聞いたことはないが、酒が入った師範から話してもらったことがあるようなないような気がしなくもない。

 鍛錬中や酒盛りに付き合ってる時にも何度も昔話を師範から聞いてはいたが、その話に確か似たような鬼の名前が出ていた気がする……。


「なんだ、知ってたか? 〝鬼神〟榊――またの名を〝酒呑童子〟。その家来であるの名が〝阿修羅〟……つまり、仁のお師匠様である榊様に遥か昔から仕えている鬼の一族の末裔ってことだよ、あたしたちは」


「あっ、そうそう! その名前! 師範から聞いたことあるわ、確かあれだろ? 腕が何本もあるっていう鬼の名前! もう一つの『七星龍金しちせいりゅうごん』とめちゃくちゃ仲が悪かったって話をよく聞いてたわ」


 なんだっけな……確か名前は――――あっ。


「そうそう、阿修羅と帝釈天の大喧嘩だったっけな。いやぁー、危ねぇー! 春休み入ってすぐに話せされたことだったから忘れるところだったぜ。ん? ってことは二人とも鬼なの――――ん? どうした?」


 二人の視線が仁を射抜く。

 しかし、敵意はない。真実を知った時のようなある種の確信的な瞳だった。


「……いやぁ~、参った。こりゃぁガチみてぇだ、あたしも用事あったけどまずは阿未の方からだなぁ――――」


 そして、今まで黙っていた阿未あみが席を立ち上がり前に出た。

 一歩、更に一歩、仁との距離が徐々に縮まっていく。次第に鼻先が掠るくらいにまで距離が縮まり目の目が引き合った。


「今の話で確信した、疑うまでもなく仁が〝鬼神の後継者〟だってことを」


「ち、近くね?」


「修練所に行くぞ、仁。あそこは常世かくりょだから誰にも会話を聞かれることはねぇ、聞きたいことと知りたいことが山程あるんだ」


 答えを聞くことはなく、仁の腕を掴み引きずるように左側の鳥居に連れて行こうとするが、掴まれた腕を解く。


「お、おい。ちょっと待て、俺は戦わねぇぞ?」


「戦う? なんで?」


「なんでって……修練所行くってそういうことだろ? 陰陽師のやつらはなんでそんなに戦いたがんだよ、勘弁してくれ」


 初日に出会った弥勒人夢の勘違いから始まった戦闘。

 特級クラスに来た瞬間に子熊金と鬼一野爛きいちのらん襲われ、更に続くように修練所でも子熊金と戦った。

 次に影の世界での呪いたち、京都御所で定期的に現れる〝皇天こうてんじゅ〟とも戦い、初めてということを経験した。

 それからも〝青龍〟と呼ばれている陰陽師の中でもトップクラスに強い人と手合わせをしたし、その日の内に一級呪体とも戦ってる。

 正直なことを言えば、少し休ませてほしかった。


「あぁ……そう言えば少し話題になってたな。特級クラスに来て早々に金と戦ったんだってな、何があったか知らねぇけど仁の記事に載ってたから知ってる。でも、私はあいつとは違う」


 阿未はもう一度仁の腕を掴み引っ張った。


「あの動画みりゃぁ、戦うだけ無駄だってのは馬鹿でも分かる。私が見て感じてぇのは……私たち修羅家が崇め仕える〝酒呑童子〟の技を継承された仁の力だ。これから仁の右腕になるために知っときたい――――私は見せてもらうならどこでいいけど、修練所の方が全力出せるだろ? そういうことだ」


「あ、そういう――――」


「ちなみに、あたしは手合わせしてぇけどな! 今度修羅家うちの道場で組手をしようぜ」


「……呪力なしの身体能力のみでなら――――」


「はい言質とったぁ!」


 どうやら、金と対峙した時とは雰囲気が違う。

 あの威圧感や殺気を感じない。本当に純粋な好奇心を感じた。

 心の中で「大丈夫かもしれない」とそう思った瞬間、色々と距離が近い阿未の口角が少し上がり、


「それじゃ修練所に行こうぜ、仁」

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