第44話 青龍降臨 参
地面にめり込んだ呪体が、その地面を溶かしながら重々しく起き上がる。
その直後――激しい火柱が立ち上がった。
『未登録の呪力反応感知、未登録の呪力反応感知』
機械音声と共にけたたましいサイレンが陰陽市に鳴り響く。
今この瞬間、陰陽市全体に呪いが発生したことが告げられた。
既に陰陽寮にいる全ての陰陽師たちが出動し、強大な呪力の発生源である第一区に集まり始めている。
既に癸本家付近にいる陰陽師たちは支給されている
「おい、梅。状況はどうなってる?」
偵察部隊部隊長の女性が、隣で連絡機をいじる副隊長の女性に声をかける。
「今はまだ何も……火柱が上がり、汗が吹き出るような呪力が放たれたところです。ドローンを飛ばしていましたが呪力の波動の影響で一瞬で壊れてしまったので、この呪力の波動が収まった時に式神で状況を確認するつもりでした」
「まだ出来ないのか? あまり時間に余裕があるわけじゃない」
「了解しました。すぐ式神創造を始めます、ただ隊長。ドローンの耐久ギリギリの範囲で行いますので上手く動作するか……」
「それで良い。やってくれ」
「了解です」
呪力によって造られた人形が、ドローン内部に侵入することで呪力によって操作することが可能になる。偵察部隊ではよく使われている道具の一つだ。
それが天を貫くような火柱の元まで飛んでいく。
ドローンの耐久が保つギリギリの範囲まで飛ばし、スマホの映像で偵察部隊に共有することで、端末を持っている陰陽師は一気に現場を確認した。
「……っ!!」
しかし、自分の瞳に映った呪いを見て一瞬言葉を失った。
「どうした?」
「こ、黒炎……!? 一級指定された〝黒炎の化身〟と思われる呪体を確認!」
「はぁ? あれは〝青龍〟が祓ったはずだろ!?」
副隊長の端末の画面を見てみると、確かにそこには〝黒炎の化身〟らしき呪いが地面から這い上がる姿が確認できた。
「クソ……とんでもねえのが現れたッ! 陰陽寮本部に連絡!! 出現したのは一級指定の〝黒炎〟だ!! 梅! そこに誰かいるか!?」
「確認できません! ただ……あ、今確認できました!」
「誰だ!?」
癸本家から現れた人影――――。
その正体にここにいる偵察部隊の全員が期待した。
ここは第一区。そしてここを守るのは【玄武の加護】を覚醒させた特級陰陽師である癸誓。それならば、またここが完全に破壊されることはないだろう。
それならば応援が来るまで耐えられる、そう誰もが考えた。
しかし、その期待は裏切られる。
「一昨日、陰陽市に入った鏑木仁という男です!!」
「はぁ!? そいつがどうしてここに……チッ、本部に連絡!! 鏑木仁特級生が〝黒炎〟と交戦中、至急応援を!」
支給された連絡器に怒鳴るように連絡を入れ、すぐさま行動を開始する。
こちらはあくまでも偵察部隊。戦える実力者など一人もいない、恐らく特級クラスの陰陽師の卵にすら勝つことが難しい生粋のサポート部隊。
出来ることと言えば、建物や人に対する被害を出来るだけ最小限に抑える行動をするだけだ。
「クソ……どうすんだよ、この状況」
応援が来るまでの時間は五分と少し。
そのたった五分を、陰陽師になったばかりの青年と
自分の知らないところで、誰かが絶望する。
そんな呪いの前には――既に
「いやぁ、勢い余って家壊しちゃったな~。後で謝らないと」
【朱雀の加護】と【青龍の加護】。その二つの力を発動した状態の仁と対峙した呪体は、呪いであるにも関わらず少し後ずさる。
まるで、自我を持っているように。
だがそれも分からなくはない。
その原因の一つは……人間であるか疑わしいほどの、圧倒的な膂力にあるだろう。
当然、仁も戦闘状態に入っているため〝戦鬼装”を発動している。そのため身体能力が信じられないほど上昇し、〝鬼”と化しているが……それでも、たった一撃の蹴りで呪体が地面に深々とめり込んだのだ。
相手に意思があるかないかは置いといて……後ずさってしまうのも無理はないと思えた。
「まぁ、それは考えなくていいか。今は
修練所に繋がる
「は、無理だな。ここからたった百メートルちょっと運ぶ方が、被害の方が大きそうだし」
身体能力で圧倒しているとは言え、得体の知れない相手を何もさせずにあの鳥居まで連れて行くのは不可能だろう。
その間に起こる被害と背後にいる誓と結の避難を考えれば、なしだ。
「……なら、空――――だな。付き合ってもらうぜ、溶岩野郎」
〝戦鬼装〟の状態だからこそ可能な、超高速接近。
その加速と……仁の本来の
「かってぇ……なぁ!!」
呪いの謎の硬さに苦言をこぼしながら、仁もまた空へと向かって翔ける。
歩式順術――
空気を圧することで、空を飛ぶことができる技。ゲームで言う二段ジャンプのようなものを連続で行うことで加速していき、〝黒炎の化身〟を追撃していく。
「(こいつは見た目的に空を飛べねぇはずだ……羽とかねぇしな)」
人型の呪い。
見た目からの情報では、とても空を飛べるようには見えなかった仁は戦いの場所を空へと移す。
しかし、ここは大江山の内部に作った
大江山連山の標高は約八百。
だが、それだけ地上と離れていれば問題はないだろう。地上に被害があるとは考えにくかった。
「脚式順術――金星・天翔!!」
まるで独楽のように空中で回転し、その反動を利用した地上では出来ない重撃を連続で〝黒炎の化身〟に叩き込むことで、更に高度を上げる。
既に高度は陰陽市全体を見渡せるほどの高さまで来ていた仁は、そろそろ上限が近づいていると判断し真横へ蹴りを叩き込む。
そして、飛んでいった呪体を更に追撃。
「(いい……)」
ドンッ!
「(マジで調子がいい……)」
ドンッ!!
空で鳴る衝撃音が徐々に強くなり、空気を震わせる。
その轟音は地上にまで届いていた。
癸本家周辺にいる偵察部隊。
第一区から応援要請を受けた第二区と第三区からの戦闘部隊。
第一区の紫医院。
第一区の陰陽寮に通う同年代の陰陽師生徒。
全ての陰陽師が空を見上げる――――
ドンッ!!!
そこには赤い呪力を纏った拳を〝黒炎の化身〟叩き込む仁の姿があった。
夕焼けから夜になる時間。いつも通りであれば、今の時間に空に浮かぶ存在など薄く明るくなった月と、その月の光に照らされて青白く光る雲のみ。
しかし、今回は違う。
「……凄まじいな。彼のデータを送ってくれ、梅」
「はい、今……端末に送信しました」
夜を切り裂く朱色の一閃が、空で縦横無尽に飛び回る。
「ふん……――特級クラスに転入、約二ヶ月前に舎鬼の儀によって鬼となる。〝鬼神〟酒呑童子の一人弟子にして、〝鬼神の後継者〟……か」
まさに圧倒的な攻撃力。相手が人間ならば呼吸すらする間もないほどの連撃。
もはや誰も相手にならないんじゃないか、とまで思えてしまうほどの戦闘。
確かに、この様は〝鬼神の後継者〟だ。過言はない。
「とてもじゃないですが、信じられない内容ですよね……」
「まぁ、そうだな。出鱈目な存在だっていうのはこのデータを見れば分かる、しかしよく荒れなかったな……生徒たちはそう簡単に納得しないだろう」
「少なからず反感は買ってそうですよね――でも、この光景を見たら……」
「全員が手のひらを返して納得するだろうな……」
再び、空を見上げると凄まじい打撃音が地上にまで響く。
砂埃、窓ガラス、鼓膜……それらの震動がその打撃が尋常ではないことを伝えてくれている。
それを何秒、何分……もしかしたら相手が倒れるまで、この攻撃をやめるつもりはないのだろう。そのくらいの余裕さと気迫を感じる衝撃的な光景だ。
「しかも男ですよ? もしもこれで〝黒炎の化身〟を祓ったりなんかしたら……陰陽市は、また違う意味で荒れそうですよね」
「……本当にな、頼むから鏑木仁が遊び人で絶倫であることを祈るばかりだ。偵察部隊が探偵部隊になるなんてことがあったら――――ああ、考えたくもない」
「あはは、男少ないですから仕方ないんじゃないですか?」
「笑い事じゃないぞ…ったく。でも――あの様子じゃ厳しいだろう」
ずっと行われている空中戦。
誰がどう見ても、仁が一方的に攻撃を繰り返しているように見えるその光景に苦言を呈する。
「そう……かもしれませんね」
仁が空中戦を選択していることによって、現在地上からの応援は見込めない。
現在応援に来ている部隊には空中戦を得意としている陰陽師がいないからだ。それに並の陰陽師では、あの距離まで術が届かないだろう。
加えて、あの高速戦闘を邪魔することなく術を当てられる者もいない。
何よりも――――
「あれだけ攻撃を叩き込んでも……相手から呪力が剥がれている様子がない。本当に純粋な打撃のみなんだろう。あれでは……呪いは祓えない」
濃い呪い。つまり様々な恨み辛みが重なる強力な呪いに生半可な攻撃は通じない。攻撃を押し通そうとするには、それ相応の呪力が必要だ。
もちろん、鏑木仁は〝鬼〟だ。可能性が全くないわけではない。
しかし……呪力の扱いが浅い。
恐らく攻撃が通じることはないだろう。
「まぁ、呪色を見る限りでは【朱雀】の才能が――――」
あるんだろうがな。
そんな言葉を払拭するように、空が赤く染まるほどの膨大な呪力が爆発した。
「……ッ!!?」
「え?」
呪力の爆発に黙らされた直後、二人の目の前に――〝黒炎の化身〟がギリギリ視認できる速度で墜落した。
髪が風圧によってかきあがり、石の破片が飛び散るのを体で防ぐ。
「こ、〝黒炎〟!!?」
副隊長の梅が再び驚きの声を上げた時、もう一つ空から飛来してきたものが着地し地面を少し震えさせた。
「お? これは効いてるみてぇだな!」
その存在は――――今までの会話の的であった、鏑木仁であった。
しかし驚くべきことは〝黒炎の化身 〟ではない。
「(これは…【朱雀の加護】!! こいつ、加護持ってたのか!?)」
呪力を操ることが出来るようになった瞬間から、体に刻まれた加護を少しだけ上手く発動できるようになっていた仁の――覚醒済みの【朱雀】の力。
呪力を燃やし尽くし、灰にする。
呪い殺しの加護が――――
「(近くにいる私たちまでっ……呪力が少し燃やされただと? こいつ――覚醒しているのかっ!!?)」
敵味方関係なく火を吹く。
呪力を燃やすという力の影響は想像以上に大きく、着用していた陰陽衣が焦げ落ちて小さな穴が空いた。
「それじゃ、もう……一回ッ!」
しかし、仁にとってはそんなことは関係ない。
ただ目の前の頑丈な呪いに向かって地面を蹴った。
あっという間に地面にめり込んだ〝黒炎の化身〟まで辿り着き、呪体の足を掴み宙に放り投げ、回し蹴りで空へと吹き飛ばす。
そのまま呪体を追撃するように、仁もまた空へと翔けていった。
「……はっ! 避難だ! ここから離れるぞ、梅!」
「了解!」
空で戦う仁を見ていても少し圧倒されていたというのに、目の前で動く仁を改めて見て体が動かなくなっていた。
実際に〝鬼神〟に会ったことはないが……〝鬼神の後継者〟で体が動かなくなるほど思考停止してしまうなら――――〝鬼神〟を見た瞬間に気を失ってしまうのではないだろうかと自身を嘲笑する。
〝黒炎の化身〟が墜落した場所から半径二百メートルほど距離を取った時、端末が震えた。
「――――こちら第一区偵察部隊部隊長――
『応答感謝します! 癸祈です!』
「ああ、癸の……何の連絡だ?」
『死にたくなければ、出来るだけ素早くそこから離れて下さい! 既に応援に向かっていた陰陽師たちには連絡を済ませました!』
「は? 何を言って――――」
『いいから早く! そこは危――』
その時――空に花火のように火炎が飛び散った。
その影響なのか通信も途絶えてしまう。
「何だ……あれは――――」
既に夕方を越え、夜。時間は十六時を過ぎている。
なのにも関わらず、陰陽市全体を照らすほど強烈な光と熱が覆った。
原因はだた一つ。
「呪体の姿が……変わった?」
舞い上がる火の粉。上昇していく温度。耳に届く強風の低く途切れ途切れの音が、獣の雄叫びのようにも聞こえてきた。
「……ッ!!?」
更に体内を巡っていた呪力が灰となって体外に放出された。
「なっ……!」
特級呪体――という言葉が、脳裏を過る。
それは隣にいる妹――梅も同じなのか口が開いたまま空を見上げていた。
きっと、今の自分の顔も似たようになっていることだろう……。
だが、それは決して綺麗だからではない。
絶望を自然と理解したことによる呆然だ。
もう、ここから動くことすら頭にないかもしれない。
「―――無理だ……」
最近、陰陽師になった子供では。
いくら〝鬼神の後継者〟と言われようと、あれは無理だ。
奇しくも、一瞬二人が考えてたことが合致してしまったことで、二人とも言葉を一言も話せなくなってしまう状態に陥ってしまった。
しかし――――仁は、そんなことで絶望などしていない。
「……んだよ、空飛べるなら最初から飛べっての。落とさないように攻撃するほうが面倒だったっつうのに」
これは、仁が陰陽師の歴史に刻まれることになる序章にすぎない。
「ふぅ……ようやく、俺も普通に飛んでられる」
降りかかる災難を全て振り払い消し去る〝鬼〟として。
酒呑童子を継ぐ、〝鬼神の後継者〟として。
【四神印】を刻まれた者として。
「――よし! それじゃ、改めて第一ラウンド開始だな」
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