式神物語

豚肉の加工品

羅生回鬼

第1話 序

 どんな人がモテると思う?

 そんなことを聞かれた時に大体の人が答えるのは何だと思う?

 内面、外見、金銭面、優しい人、など様々なものがあると思う。答えは人それぞれだろう。


 だからまずは家族に聞いてみた。


「お父さんみたいな人よ、それ以外に選択肢はないわ」


 母はそう言った、相変わらず親父が好きらしい。家族として、大人として見習わないといけないな。やはり母は偉大である。


「母さんのような……いや、母さんが……大好きだ」


 父はそう言った、いや別に母さんのような人で良かったのでは?

 待てよ……母さんから何やら圧を感じる。やはり隣に母さんがいた時に聞くものではなかったようだ。残念なことに親父には選択肢はなかった。


「強い男、それ以外にある?」


 姉はそう言った、なるほど一理ある。

 確かにどんな場面でも強い男に惹かれるものがあるのだろう。男でもカッコいいと思うのだから女も変わらないのだろう。


「優しい人……かな。物凄く平凡な回答になっちゃうけどね」


 兄はそう言った、だがお兄ちゃん……それが真理だと思う。

 やはり男同士。気が合うな。


 と、まぁ家族四人からはこんな感じの回答だった。

 両親を除けば真っ当な意見だと思う。それぞれの主観を抜けばな。

 つまるところ、強くて優しい人がモテるというわけだ。

 確かに親父は強いし、母は優しい。母が酔っ払うと親父との青春時代の話しをよくするが親父は喧嘩が強いらしい。それに体つきも屈強だ、脱いだら鋼のような肉体が露わになる。


 よし、決めたぞ。

 モテるためにまずは体を鍛えることからだ。優しさについては……まぁ、家族が優しいのだから俺も優しさの遺伝子があるだろう。多分優しいはずだ。


「よし、それじゃ鍛えるか」


 来年には高校生。

 男子高校生になるわけだ。そりゃ誰だってモテたい。

 単純思考で何が悪い、俺は高校生になった瞬間には既に女子から「キャーキャー」言われる存在になって隣には超絶スーパー彼女がいる予定なんだ。

 この心意気を舐めるなよ。

 と、こんな不純な動機なのにも関わらず鍛えまくった。

 地元の道場「神木古武術」という実践的戦闘術を学べると有名な場所に通って〝武〟を学び、二十四時間空いているジムへ通って体を鍛え、ランニング途中に困っていそうな人を助け……とそんな中学三年の一年間。


それなに……


「あれ? どうしてこうなった?」


 ランニング途中、公園で少し休んでいると急に人気がなくなったと思いきや突然人が襲いかかってきた。

 服装はシンプルなスーツ姿。それにグラサンをかけており何だか逃走中のハンターのような格好をしている。

 いや、明らかにおかしい。体が反射するかのように無意識に近い感覚で反撃したものの一人ではなく少なくとも三人はいた。

 もう意識が飛んで動かなくなっているが、どうして俺は襲われたのだろうか?

 そもそも襲われたとは言え、普通に反撃しているし相手は気を失っている。正当防衛は成立するだろうか。


「……母さんと親父にどう説明したものか」


 一応、まだ意識を失っているだけで回復したらまた襲いかかってくるだろう。

 だがここから逃げるのも気が引ける。せめて救急車と警察くらい呼ぼうか、そう考えジャージのポケットからスマホを取り出そうとした時のことだった。


「おうあんちゃん、こいつは……お前さんがやったのか?」


 声のした方へ視線を向けると、公園の入口からこちらへ歩いてきた人物が一人。

 カジュアルスーツを着こなした無精髭の男性だ。年齢は三十代くらいだろう、二十代ではなさそうだ。それに服の上からでも分かるほど体を鍛えており、咥えた紙タバコからは一本の紫煙が立ち上がっている――――……イケてるな。

 この人はモテそうだ。まずもってイケメンだし。

 ただ、ここに倒れている人たちと雰囲気は似てる。当然同年代にはいそうにもない雰囲気、かなり殺伐とした感じだ。


「……突然襲われたので、反射的にやってしまいました」


「ほぉ、そうかそうか。すげぇなその歳で、相手は大人だし三人もいたんだぞ? それに外傷少なく気を失ってるだけに見える……相当やるな?」


「大人も子供も……まぁ大差ないかと」


 ま、一応素人ではないし。


「はははっ! やべぇなお前!」


 高笑いしているところ申し訳ないが、誰ですか?

 そんなことを聞けるはずもなく自然と隣に座った男性の方を見続けた。警戒していると言ってもいい。


「そう警戒すんなって、別にとって食ったりしねぇよ」


「いやそうじゃなくて……」


 怖いんだよ、あんた。普通に〝堅気〟じゃねぇだろ。

 裏社会とまではいかないが普通ではないことが何となく分かる。

 普通に警戒するわ。


「少し話ししよぜ? まずは襲われた経緯から教えてくれよ」


「三十分前くらいにここに到着して、少し休憩してたんですよ。そしたら突然襲われて……今って感じです」


「こいつら以外に誰か見なかったか?」


「いや? 誰も見てないですけど」


「そうか……」


 この男性は周囲を警戒しつつ、何かを探している様子だ。


「誰か探してるんですか?」


 門限まであと一時間を切っている。だが話しの切り方が分からない。

 そんな時の会話デッキならぬ行動デッキはこれ、「困りごとを解決して流れで帰る」だ。これが一番紳士でありモテる……と学校の先生が言っていた。


「そうなんだよ、本当に誰も見てねぇか?」


 いや、本当に誰も見てない。ごめん。

 おっちゃんマジで困ってるけど力になれそうにない。

 でも――――


「本当に誰も見てませんけど、先程からこっちを見てる人が二人ほどいますよ? 入口付近に……気配の軽さから女性でしょうか? 」


 指で示すと、そこには二人組の女子生徒がいた。

 姉妹だろうか? 雰囲気というか、そもそも顔が似ている。


「うおっ、お前やっぱりすげぇな」


「いえ、たった今気が付きました」


 俺の師範なら居場所・性別は勿論のこと、もっと早い段階で気がついていたことだろう。まだまだ鍛錬不足である。


「それでも助かったぜ、お礼と言っちゃ何だが後のことは俺に任せていいぜ」


「本当ですか? そろそろ門限が近いので助かりますが……その、容疑者がそのまま立ち去ってもいいのでしょうか?」


「いや容疑者って、お前さんは若いのにそんなことを気にするのか?」


「若くとも罪は罪。正当防衛を証明できない可能性がありますから……」


「堅いなぁ……俺はお前の将来が心配だぜ」


 なんだって?

 うちのクラスの委員長は頭が良くて丁寧な男がモテるって言ってたぞ?

 「常に敬語の男性って良いよね~」って言ってたぞ?

 

「もう少し柔らかい方がモテますかね? 」


「あたぼうよ。こう言っちゃ何だが、モテるってなら俺くらいちゃらんぽらんの方が女受けがいいんだよ。昔からそりゃモテるってもんよ! ガハハハッ!」


 こう言っちゃ何だがって……イケメンだろ。

 うわ、てかこの人結婚してるじゃん。ちゃらんぽらんなのに大丈夫か? 奥さん、聞こえてないかもしれないですが一言いいでしょうか、この人遊び人というやつですよ。気をつけてください。


「なるほど……見習わせて頂きます」


 でも、見習わせてもらうけどな。

 悪いな、委員長……俺は少しこのおっちゃんを見習ってちょい悪ってやつをいれてみることにするぜ。

 ただ委員長の前では丁寧な方がいいのか? いやまずは人生経験豊富そうなおっちゃんの言葉を信じよう。


「おう! また会う時があったらよろしくな――――あ、そうだ。お前さんの名前はなんてんだ?」


「あぁ、名乗り遅れました。俺の名前は鏑木仁かぶらぎじんと申します」


「鏑木仁……へぇ、名字だ。それじゃまたどっかで会おうぜ、仁。今度は酒でも呑もうや」


「まだ未成年ですから無理ですよ」


「あ、そういやそうだったな!」


「それでは、後のことはお願いします」


 気がつけば門限まで残り三十分を切っている。

 全力で走れば間に合うか? いや、こういう時は間に合わせる男の方がカッコいいんだったか? まぁ、どうせ間に合わないと怒られるし少しショートカットさせてもらうか。あ、吉田さん、少しだけ敷地またがせて頂きますね。





「おい蕪木かぶらき、いつまで話しているんだお前は」


 少年が帰る後ろ姿を眺めていると、入口の方から姉妹が公園に入ってきた。

 己の護衛対象、いずれ組織の頂点に君臨するお方。そんな例えをしなければいけないような姉妹である。

 ただ、普通に少年との会話で忘れていた。

 

「あ、お嬢。いやぁ、すみません。ついだったんで、話しが弾んでしまいましてね」


 本当に忘れかけてしまっていたことを誤魔化せてはいないだろう。

 姉の表情は分かりやすく怒っている。


「お姉ちゃん、蕪木を責めないであげて? 蕪木なら私達が襲われそうになった時点で駆けつけてくれるのだから起こる必要はないわ。それよりもあの方については……」


「名前までは聞くことができましたぜ」


「名前は?」


「鏑木仁、覚え易いでしょう? 俺と一文字違い」


「まぁ! 本当ね」


「名前が分かってるなら話しが早い、当然調査する。お礼も含めてな」


「それなら蕪木、彼の情報に関しては任せても大丈夫?」


「お任せくださいな、早々に調査して伝えさせて頂きますよ。それにどうせ……近いうちにまた会うことになる気がするんでね」


 地面に倒れ、ピクリとも動かない男たちに視線を向けると「うわ、やっぱ面倒だ」なんて呟きスマホを取り出した。


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