轢死ごっこ

 澄みきった青空でした。雲の代わりに神が広がっているようなまばゆさでした。

「綺麗だなあ」

「そうだね」

 ふたりの幽霊が見惚れたように呟きました。マサシとヤスシ。とっくの昔に死んでしまった、青空のように澄みきって透明な子どもの幽霊たちでした。

 ふたりはいま、寝転がって、空を見上げています。視界いっぱいの青空です。死んでしまっても、空は変わらず綺麗です。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 ふたりのお腹の上を、列車が通りすぎました。ふたりは踏切のなかの、線路の上に寝転がっていたのです。ふたりはだれにも見えない幽霊ですから、列車の運転士もなにも気づかず、つつがなくふたりの子どもたちを轢き殺しました。生者に見えない透明な幽霊たちの、透明な内臓と血液その他が、透明な花火のように散りました。

 もちろんふたりは既に死んでいるので、轢き殺されてもへっちゃらです。バラバラになっても、粉々になっても、幽霊としてよみがえります。一瞬、あられもない死体の姿をさらしたふたりは、ふたたび無傷な子どもの姿に戻って、元いた場所に横たわりました。

 遮断機が上がり、だれも通りすぎない沈黙の数分が経った後、カンカンカンカン、と警報機が正確なリズムで歌い始め、目玉のような警報灯が、いたずらなウインクのように赤く点滅し、ふたたび遮断機が下がる、その一連の踏切の仕草は、まるでふたりの子どもの幽霊に手を振る、老いぼれた道化師のようでした。

「綺麗だなあ」

「そうだね」

 マサシとヤスシは空しか見ていませんでした。列車も、踏切も、自分たちの死も、眼中にありませんでした。きょうは空がとても綺麗で、それ以外はどうでもよかったのです。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 ふたりはまたしても轢かれました。踏切のなかで、幽霊たちが惨たらしく死にました。でも、それだけです。死んだ後の死は、大したことではないのです。ふたりはこの世に存在しないのですから、いくら死んでも存在しない死でしかありません。ふたりは生きている世界とは無関係です。ふたりは生きている世界から外れています。ふたりと生きている世界のあいだには、とっくの昔に遮断機が下りて、それっきりなのです。

 ところが、あたかもそこに仲間入りするかのように、ひとりの生きている人間が、遮断機をくぐって踏切のなかに入ってきました。制服を着た年若い高校生のようです。ふたりの子どもの幽霊たちに気づかず、しかしふたりに倣うかのように、その隣に横たわりました。

 カンカンカンカン、と警報機が歌っています。赤く赤く、警報灯が点滅しています。ガタンゴトン、と列車が迫っています。

「綺麗だなあ」

「そうだね」

 マサシとヤスシは呟きました。隣の高校生も、空を見ていました。ふたりの透明な幽霊と、もうすぐ死んでしまう青白い顔の高校生は、線路の上に並んで横たわって、同じ空を見上げていました。とても綺麗な、澄みきった青空でした。

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