第20話 リリスとともだち
「それでですね、ジャスティス仮面様は光の剣をもってドラゴンすらも真っ二つに斬ってしまわれたのですよ」
友人とお茶を楽しんでいるリリスはいつものように愛しの義兄の活躍を皆に自慢する。もちろん話の内容はこの前のドラゴン退治である。
「こほ……こほ……ブラッディ……じゃなかった。ジャスティス仮面様はかっこいいね」
「しかも、あの白いマントの格好は子供のころリリスちゃんが、読んでいた絵本のヒーローそのものなのよね? リリスちゃんは愛されているわね」
それに咳をしながら相槌を打つのは細身で儚げな金髪の少女である。彼女はこのアンダーソン領の令嬢であるニア=アンダーソンといい、ちょっとからかうように笑いかけている活発そうなショートカットの少女マレイ=スコットはアンダーソン領のとなりのスコット領の令嬢である。
彼女たちはブラッディ領の近隣の領主の令嬢であり、同年代ということでパーティーで意気投合し三人で仲良くしているのだ。
「えへへ、やっぱりそうでしょうか?」
しあわせそうに笑うリリス。これは本来ならばありえない未来だった。ブラッディが母との仲を修復し、普通の貴族令嬢としての幸せを得ることができたからこその友人でもあるのだ。
リリスもそれをわかっているので彼には感謝しかない。
「でも、そんな素敵な人だったら誰かと結婚話とかもそろそろでそうだよね」
「お義兄様が結婚……ですか……?」
マレイの何気なく振った言葉にリリスの目のハイライトがすーーっと消えていく。それに二人が気づく前にノックの音と共に扉が開く。
「ご歓談中失礼します。すこしよろしいでしょうか?」
「失礼するぜぇ」
入ってきたのは法衣を被った笑顔を浮かべた眼鏡のやさしそうな男と、対照的に鋭い眼光の男である。貴族令嬢の部屋に入って似つかわしくない二人組にリリスは眉をひそめる。
そして、なによりも胸がざわつく。
「こほ……こほ……この方々は私の病の治療方法をしてくださっているという神父様なの。とっても優しいんだよ」
ニアが突然の乱入者に怪訝な顔をする二人に、小さな声で説明する。
「ふぅん、でもレディの部屋にずかずか入るのはちょっと失礼じゃないかな? ねえ、リリスちゃん」
「ええ……そうですね」
二人の明らかなマナー違反に不服そうな顔をするマレイがリリスに声をかけるが、リリスは心あらずである。なぜならば彼らを……彼らの中にある力を感じてから胸のもやもやが晴れないのである。
なんだろう……この二人とはかかわってはいけないと本能が訴えているのだ。
「こほ……こほ……神父様。もう、お薬の時間でしたか? 今はお客様がいるので使用人に言ってくだされば私の方から……」
ニアがせき込みながら立ち上がり、入ってきた二人組に話しかける。だが、なぜか眼鏡の男はニアではなくリリスをみつめており……それまでの人好きのする笑顔ではなく、まるで獲物を見つけた獣のような獰猛な笑みを浮かべた。
「ふはははは、なんたる行幸、なんたる数奇!! この魔力は我らが女神のもので間違いないでしょう!」
「はは、もう見つかるとはなぁ!! まちがいじゃないだろうなぁ?」
「当然です!! 我が神のお与えくださった『鑑定』の加護に違いはありませんよ」
「こほこほ……神父様どうされたのですか?」
「あんたたちなんなのよ!!」
問いかけるニアを無視し、リリスを凝視し狂笑しながらこちらに向かってくるルックの前にマレイが震えながら立ちふさがろうとするも、鋭い目つきの男タルタロスが取り押さえる。
「ちょっと、何よ、痛いじゃないの!!」
「はは、よくわからねーけど、お目当ての器が見つかったってわけか!! これでもう貴族たちに媚を売らなくてもいいなぁ」
「はははは、これで、ヘラ様がご復活成される!! さあ、あなた様のそのお力を私にお見せください!!」
まるで二人の令嬢など眼中にないとでもいうようにリリスを凝視する男たち。そんな中騒ぎを聞きつけてきたのか、荒々しい足音がやってくる。
「ニアお嬢様、なにがあったのですか!! お前らここで何をやって……」
「今、いい所なんだから邪魔すんなよ、ケルベロスよ、喰らえ」
護衛の騎士がルックたちに文句を言おうとすると、どこに潜んでいたのか、闇を凝縮した犬が騎士の甲冑ごしに喰らいつき、血しぶきが舞う。
「「きゃぁぁぁぁぁ!!」」
「ああもう耳元でうるせえな」
突然の荒事にニアとマレイが悲鳴を上げると、目つきの鋭い男が不快そうな顔をして手を振り上げるのが見え、リリスは震えながらも強い目で彼らをにらみつけると口を開いた。
「こほこほ……リリスちゃん?」
「リリス何を……」
「わ、私はどうなってもいいですから、二人に危害を加えないと誓ってください」
「何たる献身か!! もちろんです。あなた様に私が危害を加えることはないでしょう。さあ、こちらに……」
「ふははは、話がわかるじゃねえか」
制止する二人が安心できるように微笑んでリリスがルックの方に向かおうとした時だった。それまで愉しそうに笑っていたタルタロスが、眉をひそめる。
「あ? 侵入者か、しかも二人か……気配を消してやがるな。ルック、ここは任せたぞ」
「ええ、任せましたよ。タルタロス」
タルタロスが慌てて出て行くのを見たリリスの心からは先ほどまでの恐れはなかった。彼は二人の侵入者だと言っていた。
彼女はその正体を確信していた。いつも自分がピンチな時に助けに来てくれるヒーローで間違いないだろう。
「おや……? 急に落ち着きましたね。我らが加護を感じてくださったのでしょうか?」
「違います。私たちを救ってくれる英雄(ヒーロー)がジャスティス仮面様がやってきてくれたんです」
「ジャスティス仮面……?」
聞きなれない言葉に怪訝な顔をするルックだったが、気を取り直して狂信的な笑みを浮かべる。
「まあいいでしょう。それではあなたの中に眠る力を覚ましてあげましょう。今ここに!! 我らが女神ヘラ様の時代が始まるのです!! ああ、嗚呼、アア、なんたる栄誉!! なんたる恍惚!! さあ、我らが女神よ、そのお姿を我らの前にさらけ出さん!!」
「「リリスちゃん!!」」
二人の少女が悲鳴を上げる中ルックが、リリスの方に手を伸ばし何かを詠唱すると、彼女の意識がうすれ……
『愚かな……せっかく生まれ変わったというのに貴様ごときが余に触れるな』
「ひぃ!!??」
世界が一瞬暗転したかのような錯覚に襲われ、再び目を開けたときにはなぜか、恐ろしいものでもみたような表情で気を失っているルックが視界に入った。
「今の感覚は一体……?」
「この人なんで倒れちゃったのかしら?」
「こほ……こほ……わからないですけど、リリスちゃんが無事でよかった……」
突然のことに困惑しながら、安堵の吐息をもらす三人だったが、再びせまってくる足音にニアとマレイの表情が恐怖に染まる。だけど、リリスだけは違った。
彼女があの人の足音を間違えるはずがない。
「大丈夫ですよ、二人とも……ジャスティス仮面様が助けに来てくださいますから」
まるで英雄譚に登場する姫君のように堂々と助けに来てくれるであろうブラッディを待とうとリリスは姿勢を正す。そして、彼にいつもように感謝の言葉と共にほほむのだ。
だが、その目論見は一瞬で崩れ去る。
「我が名はジャスティス仮面……君たちを助けに……」
「「ジャスティス仮面様ーーこわかったですぅぅぅ」」
扉が開かれるとともに現れたブラッディに恐怖の限界だった二人が安堵の表情で抱き着いたからである。ニアの豊かな胸がブラッディの胸元に押しつぶされ一瞬、彼がにやっとしたのを見逃さなかった。
「流石ジャスティス仮面様、おモテになりますね」
助けに来てくれて嬉しいけれど、本当にうれしいけれど、つい嫉妬してしまうリリスだった。
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