第5話 家族
「結局俺は廃嫡されないので……?」
「当たり前です!! ブラッディちゃんを廃嫡するくらいなら、ノヴァ伯爵たちを焼き払って口止めするわよ!!」
ブラッディの言葉に母が激高する。実に過激である。
結局あのあと、ノヴァ伯爵は散々謝って帰っていった。何か反論しようとするたびにプロミネンスは殴られて、涙目になっていったのはここだけの話である。
息子はあれだったがノヴァ伯爵は話の分かる人物だったようだ。おそらくだが、今まではプロミネンスが権力をかさにして口止めをしていたのだろう。
そして、この出来事によってリリスの運命が変わった。
「父上、リリスの婚約話が白紙になったというのは本当でしょうか?」
「あ、ああ。そもそも今回のは単なる顔合わせだったからね。お互いが気に入ればという話だったが、リリスがされたことはみんな知っている。ノヴァ伯爵からは今回はいろいろと迷惑をかけてしまったと慰謝料をいただくことになったよ」
ブラッディの言葉に父が申し訳なさそうに言った。正式に婚約が決まった後だったらノヴァ伯爵の顔もつぶれるが、まだ口約束程度だったから問題にならないということだろう。そして慰謝料は……プロミネンスの失態の口止め料もふくまれているのだろうとブラッディは思う。
これで破滅フラグの一つであるプロミネンスとの婚約からの婚約破棄はなくなった。だが、まだまだ問題は山積みである。
「父上。リリスの婚約者ですが、自由に選ばせてあげられないでしょうか?」
「ブラッディ……それは……」
渋い顔をする父。それもむりはないだろう。この世界の貴族は魔法をかなり重要視する。だからこそ、強力な魔力を持つものはリリスのように平民であっても養子としてもむかえられて政治の道具にされることは珍しくないのである。
だが、ブラッディも譲る気はない。
そもそもがだ……今回のリリスの破滅フラグの経緯はくそみたいな婚約者に迫害されてストレスをためて、その挙句婚約破棄されてうちに帰ってきたらうちの家族たちにぼろくそ言われるという事が引き金になったのだ。
シナリオの強制力がある以上プロミネンスとの婚約こそなくなったが、つぎもまた同じようなことがおきないとはかぎらない。
だからこそ、彼女の為にもちゃんとした婚約者を用意してあげたいと思うのだ。
にらみ合う二人。話は平行線をたどると思いきや、意外なところから援護が飛んできた。
「ブラッディちゃんの言う通りしばらくはリリスの婚約の話は置いておきましょう」
「母上!?」
「何を言っているんだ。お前もこの話には賛成していたんじゃ……」
「おだまりなさい!! ブラッディちゃんは剣を向けられたのよ!!」
母に睨まれて、父が押し黙る。
「それに最近のブラッディちゃんは魔法も一生懸命勉強してるし、使用人たちからもしっかりしてきたと評判よ。リリスという妹ができたから、お兄ちゃんとしてよいところをみせようとしているんでしょう? だったら、一緒にいさせた方がお互い良いと思うの。それにリリスもうちの家族よ。ろくでもないやつにあげるのは認められないわ」
「母上……」
申し訳なさそうに、だけどどこか嬉しそうに微笑む母の言葉にブラッディは驚いて目を見開いた。
「あの子ね……メイドにクッキーの作り方をおしえてくださいって聞いてきたらしいのよ。優しくしてくれた私たちにお礼をしたいんですって……こっちは衣食住を与えただけでたいしたことなんかしてないのにね……自分がはずかしくなったわ」
母は元々ゲームでもブラッディを溺愛していた結果、彼の嫉妬に満ちた言葉を鵜吞みにしてリリスに悪いイメージを持ってしまったのだろう。
本来は愛情深くちょっと厳しいところもあるが良い母なのである。
そして、本人は気付いていないがリリスを変えたのはブラッディのやさしさである。ゲーム本編ではただ、嫌われまいとだけしていた彼女だったが、ブラッディがリリスに構っていろいろと世話を焼いたおかげで彼女にも余裕が生まれて、好かれるための行動をしようと考えられるようになったのである。
「むぅ……お前がそこまで言うのならばわかった……リリスの婚約の話はしばらくなしにしよう」
そして、母に弱い父もまた、納得してくれた。これでしばらくは大丈夫そうである。
そして、自室にもどると扉の前で緊張した顔のリリスと、にやにやとしているソラがまっていた。
「おに……ブラッディ様、お父様とお母さまに叱られたりしませんでしたか? その殴られたりとか……」
「ああ、大丈夫だよ。母上も父上もそんなことはしない。むしろほめられたくらいだ」
「そうなんですね……本当によかった……」
ブラッディが微笑みかけると、リリスが安心したとばかりに安堵の吐息を漏らす。
「ほーら、言ったじゃないですか。ブラッディ様は愛されていますからね。それに普通の親は子供を理不尽に殴ったりはしないんですよ」
「そんなことよりもリリスは大丈夫か? あいつに怒鳴られて怖かったろ?」
ソラのからかう言葉を無視してリリスの安否を確認しようと話しかけると、彼女はなぜか困惑した顔をした。
「なんでブラッディ様はそんなに私に優しいんですか? 今回だって、他の人は見て見ぬふりをして助けてくれなかったのに、あなただけが助けてくれましたよね。大きな怪我をするかもしれなかったのに……」
「そんなの決まっているだろ、リリスは俺の可愛い義妹だからな。家族を守るのは当たり前のことだ」
「家族……」
リリスはその一言をおうむ返しにすると、じっとブラッディを見つめる。その瞳には涙が今にもあふれ出しそうで……
震える声で問う。
「本当に家族だと思っていいんですか? その……私は魔力目当てでここに引き取られたんじゃ……」
「俺は大人の事情何て知らないよ。だから、義妹らしく甘えていいんだぞ。うぉぉぉぉ!?」
「うわぁぁぁん」
孤児院でどれだけ怖いことを言われていたのか、そして、これまでずっと緊張していたのだろう、心細かったのだろうリリスが泣きながら抱き着いてきた。
そんな彼女をブラッディは自室に招き入れて、座ると頭を優しくなでてやる。今の彼女は冷酷無慈悲なラスボスではなくただの気弱な少女だった。
ゲームでは孤児院で迫害され、ここでも迫害されて歪んでしまったのだろう。俺は改めてそんなふうにはさせないと胸に誓う。
「少しは落ち着いたか?」
「はい……そのすいませんでした。ブラッディ……いえ、お義兄さま」
そういってリリスは恥ずかしそうに微笑む。そう、ほほ笑んだのだ。これまでの張り付いたような笑みではなく、本当の笑顔である。
ブラッディが推しの笑顔だぁ……とにやけそうになっているところに紅茶とカップのおかれたトレイを持ってきたソラが入ってきた
「ほーら、お茶をお持ちいたしましたよ」
「お前、絶対タイミングをみはからってたろ……」
「そりゃあもう、優秀なメイドですので」
ぺろりと舌を出すソラに苦笑しながらもブラッディはリリスとクッキーを楽しむ。
「そういえば、リリス様はブラッディ様に何かしてほしいとかないんですか?」
「え、それは……」
「なんだ、言ってみてくれ」
もじもじとしているリリスだったが、ブラッディがうながすと恥ずかしそうに絵本を取り出した。それは誰かが作った手作りの絵本である。
タイトルは『銀の少女と正義の仮面』と書いてある。
「この本を読んでくれませんか? 昔お母さんが私がよく読んでくれたんです」
「ああ、構わないぞ。昔々、あるところ……」
それは銀色の髪の少女がこまっているといつも助けてくれる仮面の騎士の話だった。ブラッディが朗読しているとリリスは幸せそうに笑う。
しばらくすると、可愛らしい寝息が聞こえてきた。
「リリスさまってば気持ちよさそうに眠っていますね」
「ああ、俺に気を許してくれたってことなんだろうな。ようやくリリスの兄になれたんだな」
「ふふ、ブラッディ様は本当にがんばってましたからね……流石です」
そして、リリスが安心して眠ったのを確認してブラッディとソラは微笑みあうのだった。
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