走馬灯

死ぬ寸前、過去の思い出が走馬灯のように、という話はよく聞く。死を意識してから完全に死ぬまでのほんの短い時間に長い長い過去の記憶が蘇ってくるのだ。



死後の世界は走馬灯なのだと思う。



本当の死に近付けば近付くほど時間感覚は長くなっていく。走馬灯はそんな時間感覚がおかしくなった中の意識の暴走なのではないか。走馬灯の中の人は神話のアキレスと亀のように死に辿り着けない。永遠に走馬灯の中で生き続けるのだ。



とある人の話だ。


その人は30代の男性で、仕事をしていた途中で突然、原因不明の心臓発作を起こした。その後、心停止する。


それからAEDによる蘇生処置がおこなわれ、無事意識が回復した。意識が戻るまではほんの数分だった。


意識が戻った彼は自分の置かれている状況に驚いたそうだ。それは急に心臓発作で倒れた事ではない。自分が30代である事に対してだった。


自分は本当は70歳の老人のはず。何故こんな若いの。これは本当に自分なのか?


そう話す。詳しく聞くと、その話は彼が4歳の頃の思い出から始まった。希望に満ちた少年期、さまざまな挫折を味わった青年期、妻と3人の子供に恵まれ苦労をしながらも家族で乗り越えやっと妻と2人で静かな余生を過ごしていたそうだ。


彼は、わずか数分の間に見た走馬灯の中で4歳から70歳までを生きていたのだろう。



その後、彼は自ら命を絶った。


命を断つ直前に彼は、また何十年も生きなければいけないなんて耐えられない、そう言っていたそうだ。


果たして彼は死に辿り着けただろうか。

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