遺影

チナミさんの実家の近所に、小さな駄菓子屋がある。優しいおばあちゃんが1人でやっていて、学校が終わると近所の子供たちがいつも集まってきて、笑いが絶えない。


チナミさんも小さい頃、毎日のようにその駄菓子屋に通っていて、おばあちゃんに可愛がってもらったそうだ。


「ジュースでも飲んでくか?」


そう言われて時々、奥の部屋に上がらせてもらう事があった。その部屋の壁の上の方に、おばあちゃんによく似た年配で和装の女の人の遺影が飾ってあった。


「おばあちゃん、あの人は誰?」


「あれはね、おばあちゃんのお母さんだよ」


タバコ屋と駄菓子屋をしながら女手一つでおばあちゃんを育ててくれた人なのだそうだ。おばあちゃんと同じように静かに微笑んでいる、穏やかな遺影だった。



それからしばらくしたある日、いつものように駄菓子屋に行くと、出かけているのか、おばあちゃんが見当たらない。


すぐに帰ってくるだろう、そう思ってチナミさんはしばらく奥の部屋で待つことにした。


おばあちゃんのいない部屋は、昼だというのに夕方のように薄暗い。電気のスイッチが何処にあるかわからなかったチナミさんは、薄暗さに少し怖さを感じながらも、その部屋でおばあちゃんの帰りを待っていた。


「おばあちゃん、まだかなぁー」


10分ほど待っていたが、おばあちゃんは帰ってこない。部屋の中をキョロキョロしていると、おばあちゃんのお母さんの遺影が目に入った。


「あれ?」


チナミさんは違和感を覚えた。


遺影のおばあちゃんが歯を見せて笑っているのだ。


「なんで?写真が動いてる?」


いつもとは違う遺影の表情にチナミさんは怖くなってしまい、おばあちゃんが戻ってくる前に家に帰ってしまった。



そんな事があって駄菓子屋に行くのがちょっと怖かったチナミさんだったが、お菓子の魔力に勝てる子どもはいない。次の日もやっぱりいつものように駄菓子屋に行ってしまった。


駄菓子屋に着いてみると、前日とは違い、おばあちゃんは店先にいた。昨日の事が気になっていたチナミさんは、お菓子を買ってから奥の部屋に入り、遺影を見上げた。


そこにあったのは、穏やかに微笑む、おばあちゃんのお母さんの遺影、いつもの遺影があった。


「なんだ、昨日のは見間違いかー」とチナミさんは安心した。



それから1ヶ月ほどして、そんな事があった事もすっかり忘れていたチナミさんがいつものように駄菓子を買いに行くと、おばあちゃんがいない。


少し待っていようと薄暗い部屋に入った所で、前に遺影が笑っていた事を思い出した。部屋から出ようと思ったが、無性に遺影が気になったチナミさんは恐る恐る遺影の方を見上げてしまった。


遺影のおばあちゃんのお母さんは泣いていた。


怖くなったチナミさんは、その日もおばあちゃんが戻ってくる前に家に帰ってしまった。


そして次の日、また駄菓子屋に行くと遺影は元の微笑みの表情に戻っていた。



それから何度か同じような事があった。ある日はいつもの穏やかな遺影からは想像できないくらいの怒った表情をしていたり、また別の日には帯の後ろの花柄が見えるくらいに後ろを向いていていたり。


さすがにこれは何かあると思ったチナミさんは、ある時、思い切って駄菓子屋のおばあちゃんに聞いてみた。


「おばあちゃんのお母さんの写真、勝手に動くのを見ちゃった」


すると、おばあちゃんは「あーはっはっはーっ」と大きな口を開けて笑いだした。


「ごめんごめん、怖がらせてしまったねー」


と、遺影について話してくれた。


おばあちゃんのお母さんは生前、自分が死んだ時のためにと事前に遺影を撮っておいたのだそうだ。その時に「普通に撮ったんじゃ面白くない」と、真面目な顔のものとは別に喜怒哀楽の顔の写真も撮った。そして、それを遺影にしてくれとおばあちゃんに言ったのだそうだ。


そして、その遺言通りにおばあちゃんは月命日には別の遺影にして弔っているのだという。


「ちょっとこっち来なね」


部屋にいるおばあちゃんに言われて中に入ると、おばあちゃんは棚から額に入った遺影を取り出してきた。


「チナミちゃんが見たのはこれだろう」


そこには、歯を出して笑っているおばあちゃんのお母さんの遺影があった。他にも泣いているものや怒っているものなどもあった。


「なーんだ、オバケじゃなかったのかー、良かったー」


種明かしを聞いて、チナミさんはすっかり安心した。


それからおばあちゃんにジュースをもらって、飲みながらいくつもある遺影を見ていた。いろんな表情の遺影が10枚ほどあり、「おばあちゃんのお母さんって変わった人だったんだなー」と思ったそうだ。


そんなふうに眺めていると、ふと、ある事に気付いた。


「おばあちゃん、写真ってこれで全部?後ろ向きの写真ってないの?」


いくつもある遺影の中に、あの時見た、おばあちゃんのお母さんが後ろを向いている遺影が見当たらないのだ。


「いんや、そんな写真は見た事ないねー、全部顔が見える写真ばっかりだよ」


「そんなはずないよー、後ろ向きで顔が見えてなかったもん」


そう言って、あの時に見た写真について「後ろ向きで、和服の後ろの柄がこうで、帯にお花の柄がついてて」と説明する。すると、おばあちゃんが「あ、もしかしてこれかい?」と奥の棚から帯を持ってきてくれた。


見ると、後ろ向きの遺影がつけていたものと同じ花柄の帯だった。それは藤の花の柄なのだという。


生前、おばあちゃんのお母さんは藤の花が好きで、遺影の写真を撮るためにとわざわざ藤の花の柄の帯を買ったそうだ。


「この写真を撮ってからこの帯は出した事がなかったんだけどねえ」


と、おばあちゃんは不思議そうに言っていた。



この駄菓子屋さんは今も営業しているそうで、チナミさんも実家に帰ると必ず立ち寄っている。駄菓子を買って奥の部屋に上がり、おばあちゃんと「あれは一体何だったんだろうねぇ」と遺影の話をしているそうだ。

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